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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『異世界召喚』編
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第四話「初めての魔術」

 物事を始めるには、まず形から入ろうとするのは良い心がけだと思う。

 スポーツ選手の中にはユニフォームを着ると、気持ちが引き締まったり闘士が湧く人もいるらしい。

 見た感じも良いのだ。ボロボロのジャージ姿で走るより、マラソン用のユニフォームを着て走るほうが良いタイムが出るような気がする。


 故に、魔法少女が可愛らしいコスチュームに変身するという事は、本人の戦意や可愛い女の子が戦うという一種のパフォーマンスも含まれ、素晴らしく理に適っている。

 ヒラヒラと風を受けるスカートに、光り輝くような魔法バトル。全てが絡み合い絶妙な魅力を醸し出す。

 まさにトンカツとソース。刺身に醤油だろう。

 お互いそのままでも素晴らしいが、大胆かつ美しいハーモニー。


 何が言いたいかというと。

 人に何かを教えるときも、形から入ることが重要なのだ。という話である。




「では落ち着いて、最初からお話します」


 純白のシャツに紺色のミニスカート。サーモンピンクなネクタイをキュッと垂らし、上から白衣を羽織る。まさに“家庭教師”な服装をしたアキハは、縁が桃色の伊達メガネをクイッと直し、どこからか持って来たホワイトボードを銀色の指し棒でトントンと叩く。


 二人の異世界人は汚らしい床に座らされ、『楽しいロキス国歴史』と書かれた薄めの本を開いて、彼女のお話を聞いている。

 別に中に書いてあることが重要なのでは無く、家庭教師さんと参考書、とは切っても切れない大切な関係なのだ。


 顔のサイズに合わず、さっきからメガネがずり下がるアキハは、何度もメガネの位置を直しながら「エヘン」と咳払いをする。


「実はこの国――世界では、異世界と貿易をしているのです。そしてニホン国のアニメが流通したのですが、この世界では流行らなくて、逆にアニメオタクは嫌われる対象となってしまったのです」

「それはどこでもそうだろ」


 丁寧な解説を短い一言で一蹴され、アキハは驚愕して後方へ一歩退く。

 彼女は日本のことを調べている途中で、秋葉原王国なるオタクの天国を見つけ出した。

 検索媒体にミスがあったのかと不安になる。


「そ……そんな事無いもん!」

「別に良いけど。それで、アキハは俺らにどうしてほしいの?」


 神保の優しい言葉使いに、アキハの表情がとろけるように温かく緩む。

 事実彼女はもう、最初のお願いはどうでも良くなっていた。

 このまま毎日神保を眺めて一緒に暮らしたい。


「優しいね、神保君」

「えっと……あれ?」


 期待した答えとは全く関係無い答えが神保に帰ってきた。

 アキハはうっとりした視線を神保に向けて時折ニコリと微笑む。


「神保の質問に答えなさいよ」


 般若のような表情を浮かべた萌が、背筋から一瞬で氷つけられそうに冷たい視線で睨みつける。

 腰の辺りにゾクゾクっとする感覚に襲われ、温かく火照っていたアキハの心が一瞬で冷めた。


「ああ……えっとね。オタク文化を大衆に広める世界にしたいの」

「あなたそれ、一歩間違えると独裁者よ」

「ど……独裁者じゃ無いもん!」


 萌の的確な言葉に、アキハは心をグサリと刃物で刺されたような気分に陥る――が、めげずに彼女は自分の意見をさらに続けた。


「人と同じなんてつまらない。型にはまっただけの人生なんて、それだけで世界が無機質な物になっちゃうわ。そんな人生を送って満足できるのは、個性も色も無い哀れで愚かなステレオタイプだけじゃない?」

「まぁ。その考えも悪くは無いかもね」


 一応理解してもらうことはできたらしいが、やはりアキハの心には小さな傷が残る。

 実際彼女自身も気づいてはいた。

 自分だけが望む世界へと変化させることイコール独裁なのでは無いか。

 だが人々が求める世界を作っていくことは独裁では無い。むしろ正しい行いなのだ。


「私一人じゃ無くて、三人の世界だし!」



 アキハの発言で分かることがある。

 萌と神保は巻き込まれたのだ。

 同じ趣味を持った類友同士でクーデターを起こして、世界を改変する。

 確かに年頃の少年少女なら誰しも一度は憧れることではあるが、一応彼女たちには常識も分別もある。無意味な行動や、無駄な争いは避けたい。

 別に彼女自身、世界に自分の趣味を認められようとは思わない。

 ただ自分の趣味を分かってくれる男の子――神保と毎日を楽しく過ごせれば良かった。


 もちろんス○ンド能力は欲しかったけど。

 妄想世界でチートしても逆ハーしてても、萌の妄想内にはいつでも神保がいた。

 だから彼女は妄想が楽しかった。

 神保にニコポとかナデポして甘える妄想をした回数は彼女自身数え切れない回数であり、召喚ホールを踏んだのも、神保が行きたいと言ったからである。


「神保はどうする?」

「へ……? 俺?」


 きょとんとした表情で辺りを見渡す神保。

 まるで自分とは無関係だとばかりの顔。


「神保はこの世界での主人公なんだよ。私はその幼馴染、だから私は神保が決めた通りにする」

「もし神保君が、萌にあんなこととかこんなことしたいって言っても拒まないって~」

「そこまでは言ってないでしょ!」


 萌の照れ隠しによるハイキックがアキハの左腕に直撃する。「メッ!」というレベルで放つ、仲の良い友人の背中を叩くような一種のフレンドシップだ。


 ――のはずだった。

 腕を押さえながらしゃがみこむアキハ。冗談では無く、眉を寄せ額にシワが寄り、苦痛のせいか酷く顔を歪めている。


「あなた……魔力いらないんじゃ無いの?」

「私そんな強く蹴ったつもりは……」


 尋常では無い反応にオロオロとしながら、萌は思わずアキハの腕を撫でる。


「やだ……骨が粉々に砕け散ってる」

「萌……?」

「神保、違うよ? 私そんな怪力女じゃ無い!」



 萌は今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、必死に神保に訴え掛ける。


「私はちょこっと“じゃれた”だけだよ? そんな腕の骨を粉々に粉砕するつもりなんて無かったんだよぉ……。グスッ……」


 ショックの余りか、萌は顔を押さえて崩れ落ちた。

 神保はその様子を眺め、これまでに読んだラノベや漫画から情報を抜き出してみる。

 彼の家には多数の漫画本があった。

 何でも漫画好きは祖父の代からの個性らしく、古いものでは「お○松くん」や「エスパー○美」などの古き日本の文化とも呼べるような物まで揃っている。

 神保はその一瞬で、今までに教え込まれた情報を全て導き出し、今この状況で起きた不可解な事情を分析した。


「萌。さっきアキハと魔力コピーの契約をしてたよな」

「したよ。でも別に何も起きなかったっていうか……」


 神保は萌の両肩の手を置き、顔を近づける。シャボントーンを張ればこれ以上無い雰囲気のキスシーンだ。


「はわ!? 神保……? 近い近いって!」

「魔力が宿ったんじゃ無いのか?」

「ふへ?」


 神保は苦痛に顔を歪めながら倒れているアキハのそばに駆け寄り、彼女の腕を優しく撫でる。

 すると、ありえない方向に折れ曲がっていたアキハの腕が、時間が巻き戻るように、徐々に元通りになっていく。


「神保……?」

「アキハの魔力がやっと俺らの身体に馴染んできたんだ」

「実に! 実によく馴染むぞ!」

「アキハ! 腕は大丈夫か?」

「神保ぉ……、ガン無視(スルー)しないでよ」


 この事が正しいのであれば、確認すべきことがある。

 神保は自分の右手を眺め――有無を言わさず床に向かって拳を振り下ろした。


「ああっ!」


 萌の叫び声と同時に部屋が揺れるほどの衝撃が起こる。

 神保は自分の握り拳を眺め、アキハへと向き直った。


「異世界人に魔力を与えるとどうなるんだ?」

「禁則事項です」

「そんな重大な秘密が……?」


「違うの。異世界から召喚したのも今日が初めてだから、実はどうなるか知らなかったって言うか。普通は人体に体内魔力の限度があるはずなんだけど、神保たちにはそれが無いみたい」


 神保は身体の前で腕を組みながら、難しい表情で何か考え事をする。


「意外とアキハは楽天家だったんだな」

「ノリと勢いで突っ走っちゃうんです。私……」




 ◇




 アキハが淹れたお茶を飲みながら、それぞれ何か思うことがあろう表情を浮かべながら、三人は顔を見合わせる。

 紅茶を若干緑色にしたような温かい飲み物であり、妖艶な香りが鼻腔をくすぐった。

 一口飲み、萌はホッと息を吐く。心温まる優しい味がして、何とも形容し難い幸福感が舞い降りる。


「このお茶美味しいですね」

「庭に生えてた薬草――」

「良いんですか! そんな高価な物を」

「……薬草にそっくりな雑草で作ったお茶なの」


 三人ともティーカップをテーブルに置く。

 神保は口の中をモゴモゴさせ、萌はハンカチで口元を拭う。

 二人とも、流石のアキハでもそこまで常識の欠けた人間だとは思わなかったのだろう。


「それじゃ、魔力の形を作っていきましょうか」


 雑草の絞り汁を客人に飲ませた魔術師は、さっきと同じくホワイトボードの前に立ち、マーカーで何やら図を描き始めた。


「日本の人間さんが私の魔力をコピーして使える生物だっていうのは分かったわ。では次にその魔力の使い方ですよ」


 えへんと小さな胸を張ったアキハは、ホワイトボードの図を指差しながら二人の異世界人に解説を始める。


「魔力とは、その人が体内に持つエネルギーのようなものなのです。治癒魔術だとか転移魔術とか――まぁ、色々な種類があるんだけど根源は全部同じで。一つ二つ尖った魔術が使えれば問題ないわ」


 アキハの教えは単純なことである。


「とりあえず。魔力の放出方法を頭で思い描けば良いのよ」

「全身からビーム出すとかできるのか?」

「穴だらけのホースに勢いよく水を出す情景を想像して――きゃー!」


 神保の全身――毛穴という毛穴から強烈なビームが四方八方に放出された。

 部屋中の物を焼き焦がしながら、神保は耳をつんざくような悲鳴を上げる。


「助けてくれ! 止まらない」

「ホースの穴を塞ぎ終わったと考えるのよ!」


 アキハの助言を聞き、神保は必死になって情景を想像する。


「穴は塞がった。穴は塞がった……」


 神保の全身から放たれた強烈なビームは徐々に威力を消し去り、やがて水道の蛇口を閉めたかのようにピタリと止まった。

 どうやら上手くいったらしい。神保は胸を撫で下ろし、床に座り込んだ。

 まさかあんな酷い事になるとは思うわけが無い。

 部屋中の家具や壁から黒い煙がたち、炭火焼のような香ばしい匂いが、散らかった部屋中に充満する。


「大丈夫? 神保君……」

「なんとか……。はぁ怖かった」

「怖がってる神保君、可愛い」


 ここでもやはり神保の特殊能力である難聴が発動する。


「え、何だって?」

「大丈夫。別に何でも無いわ」


 アキハの純粋な笑顔を見て、萌は同情するようにボソリと呟く。


健気(けなげ)でいい子だわ……可哀想に」





「次は萌、あなたの番よ」

「時を止めたり念写したりとか、そう言う魔法は使えないの?」


 どうやら萌は二次元では老け専らしい。


「難しいけど……やってみる価値はあるわね」

「想像すればいいのよね。よ~し」


 萌はソファーに座っている神保の顔を眺めた。

 両手の指を二本づつ使って四角形を作り、真剣な表情で指で作った窓の中を見つめる。


「念写!」


 カチリと音がして、指の間から小さな写真のような物がハラリと落ちる。

 萌はそれを真っ先に拾い上げ、もう一度神保を眺めてからニヤニヤし始めた。


「怪しいわね。何撮ったか見せなさい」

「やっ! 何すんのよ、これは私が念写したのよ」


 一枚の写真の取り合い。

 だが絶対にこれは他人には見られてはいけない物だった。

 萌が念写したのは神保との甘いキスプリであり、写真嫌いな神保とは一生撮れそうに無いものである。

 心の中では『これは一種の盗撮だ!』とか思ってるけど、神保を愛するが故にやってしまった。

 若気の至りだ。

 高校生とはそういうお年頃なのだよ。



 その後も萌は、魔力を使って身体の回復をさせたり、短距離の瞬間移動や生命探知などの色々な魔術を使っていった。


「私もしかして魔力を使う才能あるんじゃない?」


 萌はそのままでも大きい胸を張り、アキハの前で見せつけるようにふんぞり返る。

 アキハは目をそらしながら黒い笑顔を見せ、クッと笑いながら言った。


「変わった魔術を使えれば使えるほど、その人は妄想力が高い人って事になるのよ」

「……妄想力?」

「そ! 魔力を魔術に変える力こそ妄想力。だから念写とか透視はかなりの妄想力が――」

「神保の前で変な事言わないでよ!」


 萌の強烈な鉄拳が制裁され、アキハは衝撃で後方にブッ飛んだ。

 萌の鉄拳魔術は並大抵のレベルでは無いらしい。

 音速――とまでは行かないが、体験すれば失神しそうな程の威力で吹き飛ぶ。


「きゃっ……」

「おっと……大丈夫か?」


 アキハが吹き飛んだ先にはちょうど神保がいたらしく、優しく微笑む神保の胸の中へとアキハは飛び込んだ。


「神保君……」


 神保は無言でニコッと笑顔を向ける。

 ここでニコポ発動……と言いたいところだが、アキハは彼の笑顔を見る前――自身を優しく受け止めてもらった瞬間からもうメロメロだった。


「しまった……神保の能力『偶然女の子を助ける』が発動しちゃった……」


 何だそれ。と思わず突っ込みたくなるような能力名だが、事実テンプレ系主人公は、ラノベでも漫画でも何故か習得しているスキルである。

 神保の腕の中でネコのように幸せそうな表情を浮かべるアキハ。

 萌はその様子を見たまま。ショックのためか、しばらく身体を動かせなくなってしまった。





「とりあえず魔術は使えるようになった?」


 しばらく訓練を続けていた結果か。神保はビームと魔術の拳。萌は探査、念写、身体回復などの補助魔術を使用できるようになった。


 ここだけ聞くと、萌のほうが神保よりも優れているように見えるが。

 実際使用すると萌の能力は全て平均並であり、唯一尖っているのは先ほど放った鉄拳魔術ぐらいである。

 その魔術も十分使用に耐えうることに違いは無いが。神保の拳魔術と比べると優秀とは言えなかった。


 アキハは白衣を脱ぎ捨てると、部屋にかかっているグレーのカーディガンを着込んで玄関の扉を開けた。


「さて出発するわよ」

「どこにだよ」


 神保の疑問ももっともである。

 何も聞かされず魔術の訓練を続け、使えるようになったら『さあ出かけましょう』とは、何て脈略の無い行動だろうか。


「とりあえず、神保をこの世界の帝王にするのが私の目的になったの」

「なったのって……」


 確かに最初は違った。

 アキハが何故異世界からオタク系男子を召喚したか、それは単に一緒に同じ話題で盛り上がる友達が欲しかったからである。

 別に帝王とかは関係無く、オタクな誰かと一日中大好きな趣味の話ができればそれで良かった。

 だが今のアキハには、神保はそれ以上の関係として映っている。


「だって……神保、格好良いんだもん」

「え、何だって?」


 難聴もここまでくるとウザイものだ。


「カッコイイから大好きなの!」

「?」


 神保は耳に手を当てながら首を傾げる。

 これはひどい。耳元で叫べばご老人でも微かに聞こえるだろう。

 だが神保の耳には難聴壁という非常に厄介な膜が張ってある。

 神保の兄たちの努力と教育のたまものである。

 実際こんな能力が発動しても邪魔であり、迷惑極まりないが。


 アキハの必死の叫びに同情心が芽生えた萌は、チョイチョイとアキハの肩を突っつく。


「無駄よ。神保には愛を込めたセリフは聞こえないから」

「な……、何だってー!」


 萌の純粋な同情心を軽く踏みにじられ、彼女は自身の腕に魔力を溜めて前方へと突き出した。

 萌の放つ渾身の一撃を食らいかけ、アキハは土下座して謝罪する。


「すみませんもうふざけません」

「分かったから頭を上げてよ……」

「てへぺろ」


 萌の鉄拳が再度アキハの顔面に――


「ごめ――」


 必死に謝るはずだったアキハの言葉は、残念なことに最後まで届かなかった。





 粉々に粉砕された顔面も、萌の魔術ですぐに治る。

 萌の罪悪感はこれで消えるのだが、アキハの心の中には小さな傷が残った。


「神保の目の前であんな間抜けな吹っ飛びかたするなんて……」


 恋する乙女とは案外純情なのである。


「ところで俺が帝王になって何が起こるんだ?」


 神保の疑問。

 簡単な事だ。何故この魔術師は自分をこの世界の帝王にしたいのか。

 彼は別に最高のチート能力者でも無ければ、肉体が完璧に鍛え上げられた超人でも無い。

 至って普通とは言えないものの、身体能力はどちらかというと男子高校生の平均以下である。

 文化系オタクの神保は、何故自分をこんなに推すのかが分からないのだ。

 “好き”に関係ある言葉は、全て遮断されるのも原因の一つであるが。


「お答えいたしましょう! 神保君が帝王になれば、この世界に日本文化を広めるためのパイプを作れるのです」

「なるほど。もしかして日本には何か素晴らしい物があるのか?」


 アキハは「えへん」と小さな胸を張りながら華麗に横ピースをする。

 パチコンと可愛らしいウィンク。

 だが残念。

 神保はちょうど目にゴミが入り、ウィンクなのか何なのか分からなかった。


「と、言うのは建前で。日本のオタク文化を広めるためです! たとえアニオタが嫌われる世界でも、帝王がオタクなら速攻で広まるはずですよ!」

「アキハの趣味のためかよ……」


 神保のやる気は完全に削がれたが、アキハは神保の耳元でコショリと囁き。甘ったるいロリ声が神保の耳に絡みつく。


「帝王になる特典はまだまだありますよ? この国も一夫多妻や一妻多夫は法律で禁止されてますが――」


 アキハは若干艶っぽい声を出し、続ける。


「帝王ならハーレムでも何でも作り放題ですよ?」

「ハーレム……うっ、頭が……」



 ――彼の脳裏には、彼自身の昔の思い出が蘇っていた。


 それはかつて二番目の兄にキツく言われていた事。

 物語の主人公を目指すならば、絶対に知っていなければならない重大な事実。


「良いか神保。浮気とハーレムは違うんだ」

「どう違うの?」

「浮気は別の異性に心奪われる事。ハーレムはその場にいるみんなを同じように愛でる事なんだ。ハーレムは楽園だが浮気は絶対にしてはダメだぞ」

「ふーん。分かったー! だからお兄ちゃんは抱き枕全員と一緒に寝てるんだね!」



 難しい事だ。

 まさか女の子からハーレムを勧められるとは、神保自身考えたことも無かった。

 当たり前である。

 大好きな女の子に好きな相手がいると言われてフラレたとして、『じゃあ逆ハーを作ろう!』なんて言う男の子がいるはずが無い。

 いたとすれば天然を通り越したバカか、間違った方向に開き直った単なるバカであり、どっちにしろバカなのだ。


 天才とバカは紙一重という言葉もあるが、ややこしくなるのでここでは触れないでおく。



「ハーレム!?」


 その単語に真っ先に反応したのは萌である。

 完璧に神保の魅力におちたアキハから彼を奪うにはそれしかない。

 萌は略奪愛とか駆け落ちは嫌いだが、神保に放置されるのは、ちょっぴりだったら嫌では無い。

 その後でたっぷり可愛がってもらえるなら、多少の犠牲は払う。

 神保のためだったらそれくらい何だってする。

 それが主人公と幼馴染の関係である。


「その話し乗った!」

「萌……」

「神保が帝王になる手助けは何でもする! だから一緒に異世界で頑張ろう?」


 キラキラした目を見せる女の子の提案を断るわけにはいかなかった。

 神保は幼い頃からそういう事ができないように教育されているからであり、女性にいいように使われると言えば、一種の不幸体質だろう。

 しかし。物語の主人公というのは、少しは不幸でなければ務まらないのだ。

 神保は二人に聞こえないような小さな声でこっそりと呟く。


「やれやれ」

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