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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『古代龍討伐』編
29/93

第二十六話「民を思う怒り」

 ロキス国から遥か東方。

 ゲンキョー・ソウと呼ばれるその地方には田畑や果樹園が広がっており。国内最大の“酒造りの村”として有名であり、『ゾン』と呼ばれる一族が住むことで知られている。

 古代から占いが信じられ、高等魔術師を数多く送り出して行くまさに修行の場であり、この世界でも有数の魔導国家だった。

 国とは言うものの古代から行われた“合併”に参加しなかっただけであり、ゲンキョー・ソウの存在するハクレイ王国は、ロキス国中心街にも劣る面積な最小規模の国家である。

 昔は荒れた国だったらしいが『ゾン』が住むようになり、秩序や内政が整い、今では世界最高の平和国家として有名であった。


 伝説の冒険者アックスはこの地の生まれであり、ゲンキョー・ソウの大地や自然に囲まれて育った。

 アックスは無限迷宮の依頼が終了したことでロキス国に用事がなくなり、数日をかけて生まれ故郷であるこの地へと戻ってきていたのだ。


WRY(ウリヤ)!」


 自慢の大斧を振りかざし大木(たいぼく)を切り落とす。

 アックスにとってこの地は誇りであり故郷(ふるさと)である。

 ロキス国では、大槍使いのレータスや大賢者クリーフとの大切な“出会い”を体験したが、やはり生まれ故郷以上に安心する地は存在しない。

 レータスと出会ったキャベツ畑。

 クリーフと初めて言葉を交わしたゴーストタウン。

 戦いと冒険が生きがいであるアックスには、どれもこれも大切な思い出である。

 だが真の冒険者とは、過ぎたことをクヨクヨ振り返ったりしないものだ。


「アックスさん、一杯いかがですか?」

「おう、すまんな」


 太陽の神だと言われれば信じてしまいそうに立派な口ひげを撫で、(さかずき)に注がれた酒を豪快に飲み干す。

 ゲンキョー・ソウの気候は米やブドウを育てるのに適しており、ゾン一族が極秘に製造している酒は『ゲンソウ酒』と言う名で有名であった。


「しかし、迷宮の事は残念でしたなぁ……」

「そんな事は無いぞ。冒険者にとって一番残念なこととは、怪我をして冒険を断念することだ。結果が失敗だろうとも、(おこな)ったという“過程”は残っておる。生きることに無駄など無いのだ。その経験を次に活かすことができればな」


 ガハハハハと大笑いをして、もう一度盃に酒を()ぐ。

 大酒飲みで有名なアックスも、地元の酒である『ゲンソウ酒』は特に贔屓目にしている。

 冒険に向かう先々で『ゲンソウ酒』を勧め歩き、一時はクリーフに「これでは冒険者では無く、単なる酒売りですなぁ」と言われてしまったこともあった。

 そう言うクリーフも『ゲンソウ酒』をかなり気に入った様子だったが。



「また、冒険をしたいものだ……」


 アックスは遠い目をして空を眺めると、もう一度盃の中を空にした。




 ◇




 秋葉神保は加速していた。

 ロキス国北部のリーゼアリスの家から、直線距離でも数千キロメートル以上の地、ゲンキョー・ソウへと向かっているのだ。


 事の起こりは数分前。

 リーゼアリスと神保の自己紹介を済ませたあと、古代龍エンペラーが神保の持つ魔剣を探しに中心街を狙うという予言を聞き、中心街に兵力が必要だと知らされた。

 リーゼアリスが言うには、ロキス国から見て東側に位置するハクレイ国ゲンキョー・ソウに、『伝説の冒険者アックス』が存在するとのこと。

 700年ぶりの古代龍討伐に、彼は確実に必要だと言われ。エーリンは母からの手紙を持ち、神保の背中にしがみついている。


「なぁ、アックスってどんなやつなんだ?」


 呑気な声で疑問を口にする神保に、エーリンは心地良い声音で優しく答える。


「『巨大斧のアックス』と呼ばれた伝説の冒険者の一人です。正義感が強く『赤き技師タイラー』が作成したという、彼自身しか扱うことができないと言われる『魔轟斧』と呼ばれる巨大な斧を使う戦士ですね」

「アックスは魔術師なのか?」


 エーリンは横に首を振る。


「魔力は持っているようですが、魔法剣士では無く純粋な“剣士”ですね」


 エーリンの口調が堅苦しく丁寧になっているのには理由があった。

 あえて言うことでも無いだろうが、エーリンの心は今不安の渦に巻かれているのだ。

 700年前に死闘を演じた古代龍ブロッコリー――今回はそれをはるかに超える力と魔力を持った古代龍と戦わなければならない。

 トラウマの倍返しだ。

 これで怯えない者はいないだろう。


 そんなエーリンの心情を知ってか知らずか、神保は加速しながら顎に手を当てる。


「とりあえず、その人に頼れば古代龍を討伐できるんだろ?」

「可能性が数%高くなるだけよ。でも、かなりの実力者であることは間違いないわ」


 エーリンの言葉は決してアックスを過小評価しているわけでは無い。

 この世で“伝説”と呼ばれた彼を連れたとしても、古代龍エンペラーに適うかどうか分からないのだ。


「まあ。どんなやつだろうが、俺の拳でぶっ飛ばしてやるよ」


 神保の発した言葉自体は冗談のようであったが、彼の言い方から大真面目であることがはっきりと分かる。

 神保は加速しながらも自身の右手に力を込め、頼もしい拳を一瞥してからボソッと呟いた。


「三番目の兄に教わった、伝説のカミジョー拳法を使うときが来たかもしれないぜ……」




 ◇




「ガッハッハハハハハ! 愉快だ。実に愉快だぁ!」

「アックスよ。少し飲みすぎたのでは無いか?」


 顔中の血管がブチ切れたように真っ赤な顔をして大笑いをするアックスは、片手に持った『ゲンソウ酒』を振り回し、実に楽しそうに踊り始める。


「我の辞書に『飲みすぎ』や『ソ○マック』などと言う言葉は無い! ゲンソウ酒は最高であるぞ! そうだ。今からゾン一族の家にお礼参りにでも行くかぁ!」

「アックス! 一先ず落ち着け、こんな夜遅くに騒ぐな」



 いつの間にか日は落ちており、真っ暗な細道を煌びやかな星空が幻想的に照らしている。

 妖艶な月光は薄い雲に隠れ、おぼろげな月明かりが緩やかに足元を照らし出す。

 田畑に挟まれたあぜ道に大熊のような足跡を作り、アックスは千鳥足でヨタヨタと歩く。

 アックスの肩を支えて一緒に歩く男も、まさに『勇猛』とも呼べる屈強かつ豪胆な男であったが。彼が持つ丸太のように太い腕を(もっ)てしても、アックスを支え歩くことは恐ろしく困難なことだった。

 だが彼は「冒険から帰還したお祝いだ!」などとのたまり、木材調達の仕事中だったアックスに酒を飲ませた張本人であり主原因である。

 こうなってしまったのは彼自身に責任があり、日が落ちれば炎でさえも凍りつきそうな寒冷地と変貌するゲンキョー・ソウ森林付近に、アックスを置いて行くわけにもいかず。

 鉄骨のように思い彼を支え、思い足をぐったりと運んでいた。


「クソぅ……アックスの酒癖の悪さはちっとも変わっちゃいない。このままでは全身の血が凍ってしまう」


 実際にそんなことになることは無いのだが、彼も酔っているので脳の働きがかなり鈍くなっているのだ。

 彼の言葉は流石に大袈裟だとしても、一晩を外で過ごせば凍死仕掛けそうな程の温度ではある。


「ちくしょう! 誰か来てくれ――」


 言い終わるより前に、田んぼが一つ破壊された。






「アックスはどこだぁ!」


 ――光。


 アックスを支え歩く彼の目に見えたのは、眼球を貫かれそうなほど強烈かつ鋭い閃光のみだった。

 幸い収穫時期は終わっており、稲穂が根こそぎなぎ倒されるなどという大惨事にはならなくて済んだが。

 向かい側の畑からは、作物が一つ残らずむしり取られていた。

 突然目の前で起きた自然災害。

 ダイヤモンドよりも堅いはずの彼のメンタルは、まるで枯れ木を踏みつけたようにパキッと折れた。


「あ、あ……」


 まるで、事故を起こした相手側の車の持ち主が大統領だったことに気がついた不幸な一般人のように顔色をコロコロと変え、やがて万力で挟まれたように顔をひしゃげさせ、彼は身体の力がすっぽりと抜け落ちた。

 アックスの身体を地面に落とし、彼は大声で叫びながらゲンキョー・ソウの民家へと全速力で駆け抜ける。


「古代龍だぁぁぁぁぁぁ!」




 ◇




「今、何か聞こえなかったか?」

「気のせいでしょ」


 既にハクレイ国ゲンキョー・ソウの田畑を数百個は殲滅した神保たちは、徐々に加速度を緩めながら森林付近で加速を停止させた。


「魔力は大丈夫?」

「エーリンから受け取った魔力が大分残ってるから大丈夫だけど、古代龍と闘う前に少し回復しておいた方が良いかな」


 神保は目の前に広がる森林を一瞥する。


「ロキス国中心街ギルドにあれだけ寄付したんだし、少しぐらい面倒事起こしてもどうにかなるよね?」

「どこの三○院家ですか……」







「くそ……さみぃな」


 耳が切れそうなほどの寒さに酔いが覚め、あぜ道のド真ん中に放置されたアックスは岩石のようなガチガチに筋肉質な身体を持ち上げ、天に向かって伸びをする。


「あの野郎、俺を凍死させる気か?」


 アックスは、自身を置いて姿を消した友にブツブツと文句を言いながら、重く多少ふらつく頭をもたげて辺りを見渡した。


「何だこれは!」


 地割れでも起きたような大惨事に目を丸くする。

 右側の田んぼは水が完全に巻き上げられカラカラであり、左側の畑には土しか存在しない。

 時を止められる盗賊団でも現れたかと警戒の色を示すが。彼自身が身につけていた金品や防具に何の異常も無いので、人間などの仕業では無いと実感する。


「災害……いや、それにしては被害範囲が狭い。これほど膨大なエネルギーを放出しておきながら、我自身への被害は皆無だ……」


 アックスの頭に一つの単語が思い浮かぶ。


「古代龍か……?」


 アックスは古代龍に会ったことは無い。

 彼が出会った魔物の中で最大級のレベルを持っていたものは、レータスとの出会いの場でもあるキャベツ畑を、一晩で壊滅させた龍神だった。

 だが今回のこれはその時の被害とは比べ物にならない。


 ある一定の範囲を、いともたやすくこのような姿にすることができる物は、竜巻――もしくは古代龍だろう。

 ――実際は、加速魔術を身にまとった異世界人。秋葉神保が犯した行動なのだが。


「古代龍の力は災害で例えられると言う。ならば、今回出現した古代龍とは竜巻の力を……」


 アックスは先ほど伐採した森林を見やる。


「これ以上我がふるさと、『ゲンキョー・ソウ』を傷つけさせはせぬ!」


 ギリギリと音を立てながら伸縮する筋肉。

 苦虫を、いや――苦虫に噛み潰されたような悲痛の表情を浮かべ、アックスは下唇を噛み締める。


 ――雄叫び。


 大気を劈く絶叫のような雄叫びを一発放ち、怒り狂うアックスは無我夢中で森林へと突進した。

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