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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『古代龍討伐』編
28/93

第二十五話「予言」

 指先をペロリと舐める色っぽい仕草。

 ちょっぴり開いた口から、時折顔を覗かせる艶めかしい舌――

 同性である萌でも思わず舌に目が行ってしまうほど、元魔王リーゼアリスの舌はとろけそうな程にエロかった。

 視線を下ろすと、汗がにじみ独特な色っぽさを醸し出す鎖骨が目に入り――高校では男子生徒の視線を根こそぎ集中させた、萌の柔らかくて大きな膨らみを凌駕する破格のサイズの胸が現れ、思わず嫉妬しそうになるほどの滑らかな“くびれ”が姿を現す。


 ――ここまでで分かるとおり、リーゼアリスは現在全裸である。


 何でも『謎の魔術師』を演技して不気味さを際出せようとしていたらしいのだが、彼女の正体がエーリンの母親かつ淫魔だと言うことがバレたと知った途端、リーゼアリスは黒ローブをバサリと脱ぎ捨て、抜群のボディを部屋の空気へと晒したのだった。


 彼女曰く『身体を包み込む物ほど不快なものは、この世に存在しない』とのことだ。


「ところで何の用かしら、それとも用があったのはあの子?」


 うっとりするほどの萌ボイスとともに、リーゼアリスの細く整った指に差された方向には、未だに意識を失ったまま床に突っ伏す神保の姿があった。


「正確には三人からよ、一応代表者はあの男の子だけどね」


 エーリンは神保を一瞥して脚を組み直す。

 メイド服の裾がピラリとめくれあがり、アニメや漫画などならサービスシーンとして“男の子の夢を包み込んだ何か”が顔を覗かせるシチュエーションなのだが、『穿いてない』エーリンのスカートからは“それ”が見えるなんてオカルトはありえなかった。

 リーゼアリスはエーリンのその言葉に首を傾げ、ドSお嬢様がするような暗黒微笑を携えて自身の指を舐めなおす。


「もしかしてさぁ……」

「期待させてアレだけど、エロい話じゃ無いわよ」


 リーゼアリスはがっくりと大袈裟に肩を落とし、小動物を愛でるような愛らしい口調でうっとりと神保を見つめた。


「でも本当、純情そうで可愛いわぁ……」

「あげないわよ」


 萌から発せられた攻撃的な声。

 突き刺すような鋭い言葉と同時に一瞬だけ、獲物を発見した(たか)のような敵意を丸出しにした視線を向けられ、リーゼアリスは舐めかけた指を元の位置にそっと戻す。

 リーゼアリスの言う『欲しい』はべつにエーリンが言うそれとは違い、淫魔としての本能が持つただの生理的欲求なのであるが。

 事実萌は彼女の娘(エーリン)に神保を奪われかけているので気が気で無かったのだ。


「あら、予約されてるんだ」


 リーゼアリスは微笑むように目を細め、子供の恋愛ごっこを見守るお姉さんのように薄くニヤける。

 そんな微笑ましい空気をぶち壊すように突然、闘争心を含む“邪悪のオーラ”が彼女の隣から発せられた。


「負けないから」


 萌とエーリンの間をバチバチと火花が散る。

 攻撃的な目線を向け合う二人を見て、リーゼアリスは心の中で頭を抱えた。


 淫魔はいわゆる“恋愛感情”を持たない。

 彼女たちの種族にとって、男性とは精力の貯蔵庫であり。女性に関しては、単なる邪魔者以外の何者でも無いのだ。

 本能だけで生活し、生きるために男性を誘惑する。

 それが淫魔であり、この生き方を変えることは生物学的にも不可能なのだ。


 自分の娘が人間の男の子に恋をしている。

 リーゼアリスは倒れたままの神保をもう一度眺めたが、彼に恋愛感情を持つことができるかと聞かれれば、確実に『NO』と答えるだろう。

 純情かつ大人しそうなので誘惑するのは楽そうだが、“その後”に関して何の面白みも感じさせない。

 伊達に数百年淫魔で魔王をやっていただけある。

 どこぞの鑑定スキルのように表面的なステータスなら大体分かるのだ。

 これが『経験の差』というものである。





「ところで私に用って何なの?」


 リーゼアリスはカップに紅茶を注ぎ(アキハと違い、ちゃんとしたお茶)、萌とエーリンに振舞う。

 日本の紅茶とは一味違う甘い香りが立ち込め、萌は幸せそうな表情を浮かべながらカップに口を付けた。


「美味しいですね」

「気に入ってもらえて嬉しいわ、昔中心街にいたときにも振舞ったことがあるんだけど……。その時はこの香りのせいで、『媚薬でも入ってるのか!』とか言われて飲んでもらえなかったんだよね。やっぱ淫魔って誤解されやすくって……」


 彼女はちょっぴり悲しそうに俯く。

 萌が同情の言葉をかけようとすると、向かい側で静かに紅茶を啜っていたエーリンが片手で制した。


「あの時は本当に入れてたじゃない……。本当『トイレの芳香剤でも入れたの?』ってくらい臭ってたし」

「だってぇ……。筋肉質で凛々しい男性がたくさんいたのよ? 精力を集めるまたと無いチャンスだと思うじゃない!」


 エーリンは『やれやれ』と肩をすくめる。


「結局逆効果だったじゃ無いの」

「えへー」


 頭をコツンとして猫のように微笑む。

 いくつなのかは分からないが、エーリンの母親だと言うことはそれなりに歳はとっているはずであり、こんな“ぶりっ子のような行動”が似合うお歳では無い。

 だが何故だかリーゼアリスが行うと『子供好きなお姉さん』な雰囲気を出し、違和感をそれほど感じなかった。


「用はね――」


 エーリンは、神保が古代龍と戦ってみたいことや中心街に宿をとっていること、そして体内に蓄積された膨大な魔力量の話をした。

 リーゼアリスは時折頷いては紅茶を口に含み、長く説明的なお話が終了すると、大人っぽい妖艶な微笑を浮かべる。


「それで、あの子のために古代龍を探して欲しいんだ」

「話が早くて助かるわ」


 リーゼアリスは空になったカップを指先で転がし、勢いを付けてソファーから立ち上がった。

 萌の頭上から、ソフトバレーボールをぶつけたような『ボヨン』と鈍い音が響く。


 ――あれだけ大きいと反動で音が出るんだ。


 なんて事をボサッと考えていると、リーゼアリスは部屋の隅に積まれた古い書籍を数冊持ち出しテーブルに並べると、点字の本を読むようにサーっと手のひらでページを撫でる。


「――・――・――・――」


 常人には理解不能な速度で言葉を発し、リーゼアリスは書籍を撫でる手を不意に停止させた。


「エーリンと――萌ちゃんだったっけ?」


 リーゼアリスは不吉な結果を報告する街頭の占い師のような表情をして、ゆっくりと二人の顔を見渡す。


「数週間――いえ、下手すると数日の間に古代龍エンペラーが来るわ」

「エンペラー!?」


 テーブルを破壊しそうなほどの勢いで「ダン!」と手を着いてエーリンが立ち上がる。

 その表情は普段の冗談交じりな顔では無く、余命二日の宣告をされた重病患者のように絶望的な表情をしていた。


「何? エンペラーって何なの?」


 状況が今一つ掴めない萌に、これから怪談でも始めるのでは無いかと思うほどのおどろおどろしい声色で、エーリンが震える声を発する。


「名称不詳の古代龍よ……。ブロッコリーなんかとは比べ物にならない。大昔に栄えた国を、丸ごと削り取ったという逸話も残っているわ」


 カタカタと震えるエーリンに代わり、リーゼアリスが言葉を次ぐ。


「全身を魔力壁で囲まれていて、砂を巻き上げながら進む“くじら”みたいなやつよ。中心街の端から端まで届くくらい長い牙を持つ、世界最大の古代龍と言われているわ。普段は決して姿を現すことは無いんだけど、地中を徘徊中にこの世界にとって大切な物を奪われると、怒ってそれを取り返しにくるとかいう伝説があるんだけど――」


 萌を含む三人は一斉に神保の腰を見る。

 腰に差されるのは禍々しい雰囲気を醸し出す、宝石のような綺麗な剣。


「もしかして……あれ?」

「世界の中心に仕舞われた“魔剣”とでも言うべきかしら」


 リーゼアリスは、新しいおもちゃを与えられた子供のように嬉しそうに笑い、エーリンと萌に向き直った。


「とにかく、ロキス国南西部の砂漠地帯からエンペラーが地上に姿を現すことに間違いは無いわ。その子が戦いたいって言うなら、良かったんじゃ無いの?」


 この世の終焉を迎えたように怯えるエーリンと、嬉しそうに微笑むリーゼアリス。

 一度古代龍と剣を交わした者なら、エーリンの反応の方が正しい。

 本質的には似たりよったりの親子だったが、エーリンの方がかろうじて常識持ちだと萌は感じた。





「神保、起きて。ねぇ起きて!」


 萌がしばらく神保の身体を揺さぶると、迷惑そうな顔をした神保がゆっくりと身体を起こす。

 ブツブツと声にならない言葉を呟き、前髪に隠れた目をこすりながら神保は、吸い込まれそうなほどの大あくびをした。


「お目覚め?」


 リーゼアリスがにこやかに首を傾げる。

 その顔をしばらく眺めたあと、神保は突然顔を真っ赤に染め上げ俯いた。


「えっと……その」

「大丈夫よ。あれは全部夢なんだからっ」


 人差し指をピッと立て、絶妙な魅力を持つウィンクが放たれる。


 萌はこの情景にデジャブを感じた。


 そう――あれは萌が小学生の頃。

 赤いランドセルを背負って学校から帰宅すると、玄関に見慣れない靴が二足揃えてあった。

 普段から礼儀正しい娘として定評のあった萌は、来客に挨拶をすると可愛がられ褒められることを知っていたので、彼女は普段通りランドセルを背負ったまま階段を駆け上り、姉の部屋へ入ったのだ。


「お姉ちゃん、ただいま!」


 精一杯キラキラした笑顔を作り姉の部屋へ飛び込むと、中には三人の女性がパーマをかける機械のような物をかぶって静かに寝転がっていた。

 今になって思えばあれは“仮想現実体験用ヘッドギア”だったのだろうが、当時の彼女がそんな“ハイテク”な機器を知るはずも無く。

 機械の隙間から見えた彼女たちの表情が――何とも言えぬほど幸せそうに見えたのだ。


 ――実際は『ぐへへ……』とでもニヤけていたのだろうが。


 萌はその機械が非常に気になり、しばらく部屋の外をウロウロしていた。

 数十分待つと、中から溜息や幸せそうな声が聞こえ始め、萌はここぞとばかりに部屋に飛び込んだ。


「お姉ちゃん!」

「うへへ……何かしら?」

「これ借りるねっ!」

「ん~……ん?」


 萌はそばに落ちていたヘッドギアを一つ拝借し、自室に駆け込むとさっきの彼女たちのように頭にかぶり電源を入れた。

 不思議な感覚とともに萌の頭に浮かんだ情景――それは彼女が期待するような幸せな夢物語では無く。

 細マッチョな美少年が甘い言葉を囁くという、健全な小学生女子からしてみれば何が面白いのかさっぱり理解不能な映像だった。


「萌!」


 イケメンな男の子の爽やかな笑顔が接近してきたところで、強制終了させられ頭からヘッドギアを引っこ抜かれる。

 その時の姉の言葉。


『今見たのは全部夢、これは夢よ。夢なんだ。夢々、夢だから忘れていいのよ』


 ゲシュタルト崩壊しかける程に『夢』という言葉を羅列されたことと、親には絶対言うなと念入りに釘を刺されたことだけは憶えている。


 ――と、ここまで思い出したところで、メラメラと燃え上がるエーリンの姿が目に入った。

 これは萌自身の根拠も何もないただの憶測だが。きっと神保は淫魔に噛まれたこ

とで、虚構の世界でリーゼアリスに遊ばれたのだろう。

 伊達に父親がエロゲー原画を描いているだけの事はある。

 催眠プレイだとか、そういうのを好む男性の変態性(ニーズ)は十分熟知しているのだ。



 色々と思うことは多々あったが、萌はこれ以上、この状況に口を出すことは無かった。

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