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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『古代龍討伐』編
26/93

第二十三話「700年前の惨劇」

 ――700年前。


 エーリンの母親である魔王リーゼアリスは、古代龍接近をいち早く観測していた。

 リーゼアリスは森中の悪魔族を集結させ、戦闘能力の低い種族たちを真っ先に逃がし、戦闘能力の高い悪魔族をまとめてその集団の長となったのだ。

 当時1400歳だったエーリンも討伐訓練に参加させられ、亡き父に与えられた膨大な魔力を使い、戦いの才能があったエーリンは最前線組として任命されることとなった。




 悪魔族が討伐訓練を開始した頃。

 当時のギルドマスターであるガルーダも、接近する何者かの気配を感じ取り、国中から勇者やギルドナイト、魔術師などを集結させた。

 闘技場や訓練施設を開いての、勇者やギルドナイトの戦術指南。

 召喚魔術師たちによる異世界からの勇者召喚。

 戦闘術を持たないギルド職員たちは森中から魔石を回収に走り、武器職人や技師などは対古代龍兵器を作成する。

 国中の人間が力を合わせ、世界最大とも言える最高の古代龍討伐チームが作り上げられた。



 森中でも古代龍接近の情報は知らされる。

 当時から生息していたエルフやオークなどの魔物も、種族内での精鋭を集めて中心街ギルドへと集結させられた。


 ――いわゆる出征のようなものである。



 そして作られた古代龍討伐隊最前線組。


 リーゼアリス、エーリンを含む悪魔族の精鋭数十名。

 異世界から召喚させられ、戦闘訓練を積まれた素質のある勇者数十名。

 ギルドナイト数名。

 エルフ、オークによる弓矢射撃隊数千名。

 高等魔術師数百名。


 当時としては破格の人数で作られた最前線組。

 中心街付近の山や森、採掘現場や草原に存在する物を根こそぎ吸い込み『深緑の悪魔』と呼ばれた古代龍ブロッコリーが中心街最南部に接近する。

 近寄るだけで暴風と寒気に襲われる。

 小手調べに、エルフとオークの弓矢隊による雨あられのような矢が一斉に放たれた。


「効いてない――」


 放たれた矢は古代龍を舞う暴風によって破壊され、ブロッコリーのような身体まで届かない。

 全身の堅さを調べるために放った矢が使い物にならず、第二矢が放たれる。


 第二矢には魔力が込められており、暴風や雨天などの物理的抵抗を受けないようになっており。およそ数千発ものの魔力矢が、一斉に古代龍の表面壁に刺さった。



 無数の矢によってハリネズミのようになった古代龍だが、接近速度を落とすこと無く中心街へと向かってくる。

 古代龍は争いを好まない。

 では何故古代龍により人々が被害を(こうむ)るのか。

 理由は簡単だ。


 ――古代龍の通り道に中心街があっただけ。


 ただそれだけである。

 子供が駄菓子屋に行く途中にアリの巣を踏みつけていった。

 古代龍にとって中心街を壊滅させるのは、本能や名声のためなどでは無く、自身が向かう旅路の途中に偶然あっただけ。

 ただそれだけの理由。

 壊滅原因が人々の目に見えるだけで、本質的には竜巻や台風などの災害と同じようなものなのだ。


「魔弾は届くか?」

「撃ってみましょう」


 リーゼアリスの疑問形的な命令により、悪魔族きっての天才遠距離魔術者が紫炎の魔弾を撃ち込む。

 天が裂けるような轟音とともに魔弾が古代龍の身体に激突し、夏の花火のように紫色の魔弾は綺麗に弾け飛んだ。

 独特な色合いを持つ紫煙が立ち込め、古代龍を舞う暴風により煙が消え去ったが――


「無傷だと……」

「今のが最大火力の魔弾です。距離も申し分なく、正確にクリティカルヒットいたしました」


 リーゼアリスは下唇を噛み締めた。


「全員撃ち込めぇ!」


 魔王リーゼアリスの命令によりエーリンを含む最前線組の悪魔族、高等魔術師により一斉に魔弾が放たれる。

 赤や黄色、緑色に輝く魔弾が混ざり合い、七色に輝く光の玉が古代龍のブロッコリーのような表面に衝突した。


 ――効かない。


 古代龍はビクともせず、ウミネコのように悠々と空を駆ける。

 全身を舞う暴風片が辺りの木々を削り取り始め、ようやく中心街付近へと姿を現した。

 今までは視界には入っていたものの、暴風域がまだ最前線組の本拠地までは到達していたかったのだ。

 

 ――めくれ上がる地面。切断される樹木。


 暴風の周りでは極小のつむじ風が発生され、地上の自然をザクザクと無秩序に傷付けて行く。

 理不尽な程規格外なパワー。

 威力だけを見れば、一般人が台風に喧嘩を挑むようなものであり。ここだけ聞けば不合理な人間の集まりにしか見えないだろう。

 だが現実とは不合理かつ理不尽なことばかりだ。

 ここで『無理だ!』と投げ出してしまえば、自分を含む故郷や街を粉々に殲滅さ

せられてしまう。

 そうならないためにも。最前線に集められた人々は、この自然災害ほどにふざけた威力を叩き出す化け物を、自らの生命を賭してでも排除しなければならないのだ。


「撃てぇぇぇ!」


 リーゼアリスの絶叫のような金切り声が響き、弓矢や魔弾、そして魔術による砲撃が繰り出される。


「いっけえぇぇぇ!」

「ティ○・フィナーレ!」

「全力全開!」


 流石の古代龍も数百弾を誇る魔弾に数千発の弓矢の嵐には耐え切れず、防風が若干減少し、古代龍の全身速度が減退した。


「これ以上は限界です、魔王様!」

「駄目だ。これ以上行かせてはならん……。何としてもここで食い止めなければ」


 リーゼアリスは自身の撃ち出せる最大の魔弾を古代龍に向けて発射する。

 空間が破裂するくらいの爆音とともに、今までで最大級の魔弾はブロッコリーの側面に吸い込まれ激突した。


 大爆発とともに起こる世界の振動。

 

 古代龍の身体が少々後退し、つむじ風が完全に消し去られた。


「これまで……か」

「魔王リーゼアリス!」


 リーゼアリスが振り返ると数十人のギルドナイトが『古代龍討伐用戦車砲』と『龍撃矢』を走らせて向かって来る。

 古代龍ブロッコリーは先程までの連続攻撃に怯み、身体を纏う暴風を発現させることもできず。滑空するグライダーのようにグラグラと揺れながら、態勢を整えようとしている。


 ――今ブロッコリーは無防備だ。


 ギルドナイトたちが戦車砲と龍撃矢を設置させ、最前線に立つ戦士たちに後方へと下がるように命じ――


「――!」


 擬音や言葉では形容しきれないほどの巨大な、音と呼べるかどうかも分からない――五感で感じることができるのが不思議なほど鋭い『音』がした。

 その『音』とともに放たれた爆撃砲と矢は、空中を無防備に漂っていた古代龍の身体に激突する。

 眼球が焼き付きそうなほど強烈な光を放ち、耳をつんざくような爆音とともに、古代龍ブロッコリーの姿が消え去った。



 木材を魔術で組み合わせた簡素な兵器であったが、人類の作り上げた武具とは生物が持つ魔力の力を軽く凌駕する。

 体内魔力が他の生物に比べて少ない人間。

 その人間が作った武具の力で世界が救われた。

 魔王リーゼアリスにとってそれは想像を超えた現実であり、今まで下等生物と(ないがし)ろにし続けていた“人間”に自らを含めた悪魔族が守られた。

 その事実に感動したリーゼアリスは、古代龍が残した遺産(素材や魔力)を全て人類に譲り渡し、何事も無かったかのように去っていったという。




 ◇




 エーリンは身震いをした。

 二度とあのようなことがあってはならない。

 もう700年も過去のことであるのに、彼女の精神にはあの時の惨状はしっかりと焼き付けられている。

 生物単体の力では(あらが)うことの出来ない圧倒的力。

 この世の終焉を目の当たりにしたかのような、精気を感じさせない濁った目をするエーリンを見て、神保が心配そうに問いかける。


「エーリン、どうしたんだ?」

「神保……古代龍を討伐したいというのは、本気なのか?」


 微かに震える声。

 普段のハキハキとした元気お姉さんな声は全く感じさせず、初めて幼稚園に連れてこられた少女のようにか細い声で、躊躇うような視線で神保を見やる。

 彼女の心は相反する二つの感情に塗り固められていた。

 愛しい彼の望み通りになって欲しいという感情。

 そしてもう一つは大切な彼の身に危ないことが起こって欲しく無いという心。

 双方の願いを叶えることは容易では無い。

 むしろ不可能な事だ。

 平凡な人生を送ることと、闘争や事件に自ら飛び込む行動は水と油のように反発し合う。


「うん、討伐したいよ」

「そうか……」


 エーリンはスっと立ち上がり「フゥ」と溜息をつくと、萌と神保の顔を交互に眺め、悲しそうに目を細めた。


「神保、萌……二人に合わせたい人がいる。一緒に来てくれるか?」

「誰ですか?」

「それは会えば分かる事だ。二人には……会ってもらったほうがいいだろう」


 いつになく重々しい口調のエーリンに少なからず違和感を感じる。

 二人はアキハとエルフ姉妹に留守を頼み、二階の窓から颯爽と飛び降りたエーリンを追って階段をドタドタと降りていく。




 宿屋の外では物思いにふけるエーリンが遠い目をしていた。

 昔を懐かしむような、それでいて心の内に何かを引っ掛けているような――楽天

的かつエッチな淫魔には、はっきり言ってふさわしく無い表情だ。


 一昔前の映画なら、サングラスでもかけてニヒルに煙草を吸っている情景が目に浮かぶ。


「エーリン……」


 裸メイド服を風になびかせ、往来に佇む淫魔エーリンは濁った瞳を今しがた現れた神保と萌に向ける。

 鮮やかさも明るさも失った中間色のようなグレーをした瞳は、感情を伝達する機能を失ったように精気を持たない。


「二人とも、私に捕まってくれ」


 艶かしくテカる腕にしがみつき、神保は全身がゾクッと震える。

 萌にそのようなことは無いようだが、男の子である神保は淫魔を抱きしめると感情が高ぶってしまうのだ。


「私は、加速する」


 淡々と呟くように唱えられたその言葉は、二人にこれから起こる実態の顛末を知らせる。

 二人はエーリンの腕を磁力魔術を使ってしっかりと密着させ、彼女の身体が不意に浮遊したかと思うと、背中の毛穴という毛穴から発せられた加速魔術(ビーム)と衝撃波により、街中の塀を変形させながら三人は中心街から姿を消した。

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