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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『古代龍討伐』編
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第二十二話「ルルシィの憂鬱」

 古代龍という生物がいる。

 生物――生物というよりは岩石や神に近いものとされるものであり、『龍』と付いてはいるものの、その姿は三者三様――比べようが無い。

 樹木のように大地と連結しているものや、惑星ほどの大きさを誇るもの。

 名称通り龍――ドラゴンのような見た目のものも存在し、中には人間の目には見えず、行動を全て災害扱いにされてしまうものまで存在する。

 古龍と呼ばれるものも存在するが、これは古代龍のドラゴン型を示すことが多く、一般的にギルドなどでは『古龍』のことも古代龍と呼ぶ。

 どれに関しても共通して言えることは、現れれば人間界に何かしら膨大な被害が出るということくらいである。




 迷宮踏破の依頼も神保の手によって終了し、ギルドにはまた多数の冒険者や勇者が集結した。


 一攫千金を目指して勇者になったものの仕事が無い。

 憧れのポ○モンマスターにならなくちゃと出てきたものの、モンスターがいない。

 有名になりたくて田舎から出てきた冒険者も、都会は冒険するところが無い。


 こんな調子であり、今現在勇者や冒険者が多すぎて困っているのである。

 さらには勇者(自称)や冒険者(笑)なども現れ始め。

 人間の半分位の大きさをしたオークなどを見ただけで逃げ出すような根性無しや、エルフに襲いかかり、果ててしまったエルフを捕獲したと言い張る犯罪者までが続々とギルドに訪れる。

 突然現れた勇者(秋葉神保)のせいで、中心街では依頼受注ブームが来ているのだ。




「はぁ……まただわ」


 中心街ギルド受付嬢ルルシィは、ここ最近の功績表を一瞥し溜息をつく。

 勇者や冒険者が増えたせいもあり、ここのところちっぽけでくだらないバカみたいな依頼が大量に来る。

 需要と供給の問題に、ギルドには依頼を断るだけの権力は無いので、どんな妙ちきりんな依頼でも張り出さなければならない。

 冒険者たちから見れば、ただ座って勇者を死地に送っているだけのお姉さんという認識だろうが、こちとら結構大変なんだ。

 営業と企業説明にクレーマーの相手まで行う。

 はっきり言ってしまえばギルドとはブラック企業だ。

 いつしか『異世界ギルド職員だけど、異世界に転生された』とか現れるんじゃないかね。


「ルルシィ、もう休んだら?」


 この場にいる唯一の先輩職員に声をかけられ、ルルシィは書類を机に投げ出して鼻で笑った。


「見てくださいよこれ」

「これはひどい」


 書類には。


 ――うちの畑に肥やしを撒いてくれ。


 ――物置小屋からビーズを探してくれ。


 ――明日の宿題やって。


 などと書いてある。

 ふざけているのでは無く、真面目な話、最近こういう依頼が増えているのだ。


「依頼の種類を選ぶのも面倒ねぇ……」

「そうなのよ。上から『お助け』、『探索』、『お助け』とかで良いんでしょうけど――ってそうじゃ無くてですよ!」


 キレかかったルルシィをどうどうとなだめる。


「最近来る自称勇者様とかは妙にプライドが高いから、こういう依頼は受けてくれないのよ」

「私が勇者でもこれを受けようとは思わないわ」


 二人は顔を見合わせて溜息をつく。


「逆に、ちゃんとした依頼とかは無いの?」

「ありますけど……これですよ」


 ルルシィは『重要』と書かれたファイルを机から取り出し、一番古い書類を机の上に広げた。


 ――古代龍か古龍見つけたら素材持ってきて見せて。


 あの鬼畜勇者(秋葉神保)が最初にギルドに現れたときからある依頼であり、現在の依頼に比べれば一応まともな依頼なのだ。

 実際『古代龍の素材見せろ』なんて狂気じみた依頼をする方こそまともでは無いのだが、先ほどの書類に書かれているような依頼と比べれば大分マシである。


「古代龍ねぇ……」

「どこかに転がってないかしら」


 ルルシィの先輩職員は「やれやれ」と肩をすくめると、ルルシィの頭をグリグリと撫でた。


「あんまり根詰めると疲れちゃうぞ」

「うん……そうなんですけど」


 ルルシィは書類をファイルにしまうと、椅子から立ち上がり深呼吸をし始め。

 その身を翻すと、部屋のドアを開けて先輩職員に先に出るよう促し。精神的に参っているのか、ルルシィは独り言のようにソっと呟く。


「古代龍来ないかなぁ……」

「いやいや、来たら来たでマズイっしょ」


 冗談を言い合いながら二人は部屋から出て行った。

 机にはくだらない依頼の書類が散乱していたが。この後起こる事件のせいで、誰もその依頼に関しては口を挟む事は無かった。




 ◇




「古代龍を討伐したい」


 迷宮踏破から数日が経ったある日。

 中心街の宿屋を我が物顔で使用する宿泊客、総勢六人が部屋でまったりとした時間を過ごしていた。

 あれから神保は中心街ギルドに一度たりとも足を運んでいなかったのだが、彼は初めて見せられた依頼表三つをしっかりと憶えていたのだ。


 ――魔王討伐 (クリア)


 ――無限迷宮踏破 (クリア)


 ――古代龍討伐 (未)


 最近ギルドに集まる勇者が増えていることは、神保たちも風の噂で知っていたが、くだらない依頼が増えていることまでは流石に知らなかった。

 そのためここにいる六人は残っている依頼は『古代龍討伐』のみだと考えており、古代龍が現れれば、ギルドでは別の意味でも名の知れた彼のところに確実に連絡が入るだろうと考え、自分から行動を起こそうとは考えていない。



「古代龍なんてもう数百年は見てないね~」


 齢2100の元魔王エーリンは、光沢を放つツヤツヤの脚を艶かしく組み直してペロリと唇を舐めた。


「エーリンお嬢様は古代龍を見たことがあるのですか?」

「メリロットは無いの?」


 エルフメイ奴隷であるメリロットも長生きな種族なので、古龍や古代龍などに関しては割と詳しい種族なのだが、奴隷としてミーアに買い取られるまでは森の奥で平和に暮らしていたので、あまり世間の事件に関しては詳しく無かったのだ。


「私は無いですね。エーリンお嬢様がご覧になった古代龍は、どのようなお姿をしていましたか?」


 エーリンは豊満な膨らみを寄せ上げるように身体の前で腕を組み、艶っぽい含み笑いを見せる。


「ブロッコリーとクラゲが混ざったような姿でしたよ」

「ブロッコリーとクラゲ!?」


 二人の会話を横で聞いていた神保が興味津々な様子を見せ、身体を乗り出して話に入ってきた。


「そ、それはどういう……」

「ヤ○ツカミみたいなやつよ。ふわふわ空中を浮遊してたけど」


 簡略的な説明を聞き神保は、確かにアレも古龍だったと半ば納得する。


「大きさはどれくらいですか?」

「ん~? 通り道にこの街があれば歩くだけで全滅するくらいよ」


 この話を聞いていたエーリン以外の人々が全員ゾッとした。

 大体予想はついていたものの、まさか本当にそんな生物がいるとは。


「どうやって倒したんですか?」

「あの頃は勇者とかギルドナイトもいっぱいいたからな~……古代龍討伐隊とかを募って、悪魔族でも人間でもオークもエルフも、とりあえず戦える種族から精鋭をかき集めて迎え撃ったわ。もちろん私も参加した。まだ子供だったけどね」


 エーリンは昔を懐かしむように目を細めながら、静かに言葉を続ける。


「最初は樹木かと思ったの。でも日に日に大きくなっていくその姿に、私の母親(当時の魔王)が『古代龍だ!』って言って。森中からエルフ戦士とかオークの騎士、魔力を持った生物は根こそぎ連れて行かれて討伐作戦が始まったわ」

「エーリンはどれくらい戦ったんだ?」


 神保の質問に、エーリンは誇らしげに答える。


「その頃から私には魔王としての素質があったからね。最前線で魔弾を思いっきり撃ち込んだわ。結局ほとんど効かなかったけど」


 エーリンの魔弾がほとんど効かない。

 それは当時のエーリンが子供で未熟だったからでは無い。

 古代龍ブロッコリー(仮名)は全身に緑色の装甲をまとっており、通常の魔力攻撃は簡単に跳ね返され、その身体に傷一つ付けることができなかったのだ。

 だが流石のブロッコリーも耐久値が無限に残存するはずも無く、ギルドの用意した古代龍討伐用戦車砲や龍撃矢などにより装甲を壊滅させ、エーリンを含む最前線の戦士たちがブロッコリーをタコ殴りにして撃墜させることができた。

 当時は異世界召喚が流行しており、高等魔術師たちは異世界から勇者を大量に召喚し、前線の戦士を増加させていたが。

 今現在存在する異世界勇者はエーリンが知る限り秋葉神保と代々木萌のみである。

 この世界に生きる『伝説』と呼ばれる戦士や魔術師などをかき集めても、当時の討伐隊最前線組の数にははるかに届かないだろう。


「来ないことを祈る……」


 帝王を目指す異世界勇者、秋葉神保は古代龍が来ることを願っている。

 だがそれは彼が古代龍をゲームでしか知らないからだ。

 古代龍を一度でも肉眼で目にした者ならば、二度とその姿を拝みたく無いと本能的に感じる。



 この世界に存在する古代龍とは、それだけの力と『禍々しく邪悪な気配』があるのである。 

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