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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『無限迷宮』編
23/93

番外編「萌が導く異世界探索」

 ロキス国中心街に在る宿屋の一室。


 柔らかい日差しが窓から差し込み、無防備なあどけない寝顔にお日様の光が照らされる。

 顔を照らされちょっぴり不機嫌そうな顔をした萌は、天使のような心地の良い寝息をたてて日光から顔を背けた。

 慎ましさとは程遠く大の字の格好になって眠る少女は、グシグシと目をこすり大きくあくびをしながら身体を起こす。


「お目覚めですか? 萌お嬢様」


 萌が目を覚ますと、おしとやかにメイド服を着こなしたエルフメイ奴隷ジャスミンが箒のような物で部屋のお掃除をしていた。


「ジャスミン、ここは宿屋さんなんだからあなたがお掃除をしなくても良いのよ」

「そうですか、それではお嬢様の意思を尊重し――」


 堅苦しい言葉遣いに、萌はボサボサになった頭をかきむしる。

 いくらメイドと主だとしても、こうまで丁寧に扱われると流石に疲れてしまう。


「ジャスミン!」

「は、はい何でしょうかお嬢様!」


 パタパタとせわしなく動き、おとぎ話に出てくる執事さんもびっくりな程のぴしっとした姿勢を見せ、怯えた目で萌を見つめる。

 萌はこれが疲れてしまうのだ。

 神保たちが迷宮踏破の旅に出てしまい、今現在この部屋には彼女の他にジャスミンとその妹であるメリロットしか存在しない。

 そのため萌の話し相手は必然的に二人のエルフさんになるのだが、可愛らしいネコ耳をピョコピョコと生やすメイドなエルフさんは、頑として萌と普通の会話をしようとしないのだ。


「神保ぉ……早く帰ってきてよ」


 出発からまだまる一日も経ってないというのに、もう数ヵ月以上帰宅していない出張中の父親を待ちわびる愛娘のような表情をして、もう一度部屋の床へと寝転がった。


 愛する幼馴染が帰ってこない。

 彼女としてはそれが何よりも苦しく辛かった。

 横を見ると神保がいる。

 それが当たり前だったからこそ、彼女は今までの人生を楽しく過ごすことができたのだ。

 神保と一緒だったからこの世界に来る決意もできた。


 ――まぁ……あれは半ば巻き込まれたに近いけど。

 


「萌お嬢様」


 エルフメイ奴隷双子姉妹の姉の方であるジャスミンが、つまらなそうに寝転がる萌の顔をそっと覗き込む。


「私ほどの身分で口を出すのは失礼かとも思ったのですが――近くの森にでも行ってみませんか? 森林浴と言って心身によろしいかと」

「森かぁ……」


 今までの冒険(中心街まで来ただけ)は全部神保に任せてばっかりだったし、私の魔力は今5しか無いし。

 魔石拾いとか探索にでも行ってみようかな。


「二人の魔力はどれくらいあるの?」

「私の魔力量は3500です」


 ジャスミンの視線に気づき、部屋の隅っこで佇んでいたメリロットが慌ただしく駆けてくる。


「私は5000あります!」


 魔力四桁持ってるエルフさんが二人いれば何とかなるだろうと考えて、萌は床と一体化しているような身体を数時間ぶりに起き上がらせる。

 ――昔彼女の姉が寝すぎて起き上がれなくなったと言っていたが。萌は姉と違ってスレンダー体型で、おっぱいだけ大きいだけなので普通に起き上がれた。


 ――そう、大きいのである。


 ツルペタを絵に描いたようなスベスベエルフ姉妹は、敵を見るような視線で萌の胸の辺りを見てからすぐに立ち上がり部屋のドアを開ける。

 萌はこの二人のエルフのことを普通のメイドさんなのだと思って接しているが、実際はメイドと言う名の奴隷であり。

 エルフメイ奴隷ジャスミンとメリロットは、雇い主である萌のご機嫌をとろうと必死なのだ。

 しかもそのことに気づかれてはいけない。

 さも献身的に慎み深い行動をしながら、当たり障りのない言葉を選び、その上で役に立たなければならない。

 普段の仕事はメイド服を着ながらお部屋のお掃除をするだけなのだが、実際は心身とともに非常に疲れていた。




 ◇




 エルフメイ奴隷を連れて近くの森へと来てみたのだが、既に神保が拳と加速魔術(ビーム)で荒らした後であり、魔物はおろか魔石さえ満足に存在していなかった。

 ズタズタに切り倒された木々と、乱雑にめくり取られた地面がそれを物語っている。

 森林が言葉を発するとしたら『あいつだ……あいつに殺られた』とでも言うのだろう。

 自分の幼馴染が森林破壊をしているという現実を叩きつけられて、若干嫌な気分に陥る。

 でも仕方無い。

 物語の主人公という者は大抵最初は理解されないものなのだ。


「でも、流石にこれは酷いなぁ……」

「あ、すみませ~ん」


 伐採された木々をいたわっていると、後ろから見慣れないギルド服を着込んだ女性が走ってきた。


「何でしょうか」

「私、支部ギルド受付嬢のメシュと申します。最近このような事例が増えているので、原因解明のためにここまで調査をしにやって来たのです」


 そう言うとメシュは、胸ポケットから写真入りの名刺を取り出して萌に見せる。


 ――ロキス国支部ギルド受付嬢メシュ。


 そう書かれている下に顔写真も載っているが――間違いない。彼女だ。

 日光を受けて煌びやかに光る銀髪も。若干切れ長な目と西洋風の顔つき。顎にポツンと付いたホクロが何とも言えない色っぽさを醸し出しており、第一印象は『さぞモテてるんだろうな~』という感嘆の言葉だった。


 時折頬に手を当てて含みのある微笑をすることも相伴い、まさに“大人の女性”である。

 頭からキツネ耳さえ生えていなければ。


 萌は名刺を自身のポケットに仕舞うと、姿勢を正してペコリと頭を下げる。


「どうも。異世界から参りました。代々木萌と申します」

「あらあら、ご丁寧にどうも」


 お互いにお辞儀をしたせいか、フサフサしたキツネ耳が萌の頭に触れた。

 動物的感触に、何となく心地よさを感じるが。


「あのぉ……」

「はい、何でしょうか?」


 メシュは姿勢をピンと張り、首筋から頬にかけてを長く綺麗な指で撫でる。

 行動の一つ一つが魅力的であり、流石受付嬢だなぁ。と思いながらも。


「その頭のキツネ耳って……」

「うふふ。本物ですよ」


 蛇口をひねったら水が出てきた。とでも言うように、一瞬の迷いも無く平然と答えられた。

 良く聞かれることなのか。それとも事実なのか分からないが、萌はこれ以上この話題に触れるのは避けることにした。


 実際のところ。銀色の長い髪の隙間からエルフ耳がちょっぴり顔を覗かせているので、頭上のキツネ耳は飾りなのだろうが。


 メシュは指先で頬を引っかきながら、女性らしく斜め15度程度艶やかに首を傾げ。


「そうだ。もし良かったら、この謎を解明するお手伝いをしてもらえませんか?」

「お手伝いですか?」


 萌自身には何の不都合も無い。

 一緒に来たエルフメイドさんたちさえ良ければ、むしろ魔術が使えない萌としては仲間は多い方が良い。

 了承をとろうと背後を振り返ると、エルフさんたちは楽しそうに花や虫を眺め、時折指を指しては顔を見合わせて笑い合う。

 とてもほほえましい光景が広がっていた。


「私は構いませんけど、いいんですか?」


 萌の問いに、メシュは「クスッ」と不快感を全く感じさせない笑みを見せ、花のようなにこやかな表情でスカートを叩き。


「ええ。それよりも見たところ、萌さんの魔力は4しか残っていないようですよ。森は魔物だって出ます。危ないんですよ」


 メッとでも言うように人差し指をピッと立て、パチンとウィンクをする。


 ――あざとい。


 存在自体があざといぞこの人は。もし現代日本にいれば、確実に記念写真で横ピースするか、顔をちょぴっと傾けて撮ってもらうだろう。

 下手すると何の気も無い男の子に、「写真撮って~」とか天使の笑顔で頼みそうである。

 それでいて清純なお姉さんって感じだから、実際演技なのかも疑わしい。

 素でやってるんじゃ無いか。

 色々思うことはあったが、萌にはちゃんと常識も分別もあった。なので、自分の立場が危うくなるような発現は口が裂けても絶対に言わないのだ。


「ええ、4しか無いんですか! 朝は5あったのに……」

「魔力計で計るときに、若干魔力は使いますよ?」


 この疑問形で話す口調もあざといな。


 しかもよく見ると、腰の辺りから黄金色の尻尾が垂れている。

 銀ギツネとは本当に銀色なのか――は知らないが、こうして見ると脱色し過ぎるとこういう髪色になりそうだな。などと、萌はメシュを舐めまわすように眺めていた。


「あの、何か?」

「いえ! 銀髪は異世界では珍しいなって――」

「萌お嬢様」


 突然の質問に冷や汗をかきそうなほど焦っていると、背後から大人しめの口調で自分の名を呼ばれる。


「ジャスミン……」

「あちらの方に、極小ですがまだ魔石が残っておりました」


 ジャスミンの手には薄青や薄緑色の小さな石の欠片が乗っており。少々遅れてメリロットも薄赤色の欠片を手に乗せて持って来た。


「これで回復すればよろしいかと」

「あらあら」


 まさに“優しいお姉さん”な笑顔で、その光景をほほえましげに眺めている。

 言葉で表現すれば『死にかけのお嬢様に非常食を与えるメイドの図』なのだが。

 確かにほほえましい情景なのかもしれない。お嬢様のために、可愛らしいメイドさんが魔石を拾ってくれてるんだし。


「魔力が35まで回復したようですね」


 メシュの視線を感じて萌は彼女の顔を見たが、スカウターのようなものを付けているわけでは無いようだ。

 こちらの視線に気づいたか。メシュは顔をちょっぴり傾けると。


「あ。私、鑑定魔術を持ってるんです。その人の魔力とか体内魔力許容量とかが大体分かるんですよ」


 邪気の無い微笑。

 だが異世界転生小説を熟読した萌に隙は無かった。

 大体なんてわけが無い。魔力量一桁までしっかりと感知できるのだ。はっきりと頭上に数値化して見えるんだろう。

 下手すると得意魔術とかも読まれているのかもしれない――まで考えて、彼女は心の中で首を振る。


 これ以上考えても無駄だ。


 読んでいるときは『鑑定スキル』とは何て便利だろう。などと思ったが、実際目の当たりにすると少々不気味だ。

 自身の心まで読まれているような感じもして、はっきり言ってあまり良い気分では無い。

 萌が彼女のことをどう思っているか知ってか知らずか、彼女は『あらあら、うふふ』と片手で頬をペタリと触っていた。


「では異世界人の萌さんにご意見を聞きたいのですが、この惨状。どんな人が行ったか大体で良いので予想、つきませんか?」

「はへっ!?」


 実に明確かつ分かり易い質問だ。

 萌から見て、このような被害を与えるような魔物を知らないか。という問いかけなのだろう。

 だが、正体を知っている彼女には“想像”ができない。

 真犯人を知っている者が、取り調べで嘘を吐けないように。知っていると、先入観のせいもあって“想像して話す”ことができないのだ。

 流石受付嬢。話術が平凡を超越している。


 萌は必死に想像力を働かせる。大切な幼馴染を売るようなこと、絶対にしない。

 神保を帝王にして、神保が望むハーレムに自分を入れてもらう。それがこの世界で萌が目指す夢である。

 何としても、ここで神保の名前を出すわけにはいかない。


「熊、とかでは無いですか……?」

「クマねぇ……」


 まったりした口調だが、そこがまた怖い。考え過ぎなのかもしれないが『何もかもお見通しよ』とか心内で思っていそうで恐ろしいのだ。

 あざとい上に精神的重圧をかけるとは……この娘、できる!


「そうねぇ……あら?」


 若干溜息混じりに呟いたメシュは、頬に手を当てるというニュートラルのポーズを崩さずに、じっと萌の背後を凝視している。

 目は線のように細めたままだが。


「あのぅ、何か?」

「いえ。これだけ森林を壊滅されても、生存する魔物はいるんだなぁ……って」


 その言葉に疑問を感じる刹那。萌は背中に生暖かい嫌な雰囲気を感じた。

 ねっとりとした吐息のような、それでいてベタベタするような水滴音。

 背筋に冷たい汗が流れ落ち、萌は思わず前方へと飛び退いて振り返った。


「何奴!」

「ブルゥゥゥ……」


 馬だった。

 顔は馬だが身体はライオンのようである。

 元の世界ではこれ『合成獣(キメラ)』とでも言うのだろうか。

 その姿に驚いてか、ジャスミンとメリロットが腰を抜かして地べたにペタンと座

り込んでいる。

 幸い合成獣(キメラ)はエルフに興味を示さず。黒くて丸い、害の無さそうな目でこちらを見つめている。

 だがいくら害が無いとはいえ、この奇妙な姿をずっと見つめるというのは、いさ

さか不快に感じる。

 馬とライオンには失礼かもしれないが。個々はまともな生物でも、やはり混合さ

れると気味が悪い。


「な、ななな……どうにかしてくださいこれ!」

「どうにか、ねぇ……」


 メシュは、イタズラをする我が子をそうやって叱れば良いか分からない母親のような表情で佇み。

 頬に片手を当てたまま小さく溜息をついた。


「では萌さん。危ないですから、ちょこっと下がっててくださいね」

「は、はい……」


 萌は後ろ向きにスキップでもするかのように、妙なポーズで後方へと退き、静かに佇むメシュの背後へと隠れる。

 メシュは頬を触る手を離し、胸の前で腕をクロスさせて何やら呟き始めた。


「風の精霊シャミリス様。天を司りし、有り余るその力を我が身に与えん」


 フッと自身の指先にかるく唇を当て、右手を高く天へと伸ばすと、右腕に緑色をした旋風が巻き上げられる。

 爽やかな春風が森中を駆け巡り、萌の頬を優しくくすぐった。


「少し、お静かに願います」


 言いながら右手を前に突き出すと、甘い花のような香りが舞い上がり、森林内を暖かく春色に染め上げる。


「ブルゥゥゥゥ……」


 馬がいななく声が力無く聞こえると、パタリと何かが倒れる音がした。

 萌がそっとメシュの背後からその光景を眺めると。合成獣は、まるで子供がお昼寝をするように気持ちよさそうな表情で眠っていた。


「これで大丈夫ですよ。もう一度お聞きしますけど、萌さんはこの惨状を“誰が”やったと思いますか?」


 メシュは振り返らなかったが、先ほどよりかは若干声色に怒気が含まれているような気がする。

 春先から突然真冬に連れてこられたような感覚に思わずゾッとする。


「あ。あー……魔族とかじゃ無いですか? だってほら、人間とかエルフさんには、こんな酷いことするだけの体内魔力は持ち合わせていないでしょう?」


 メシュは背中を向けたまましばらく黙っていたが。不意に萌の方を見ると、温かく花のような笑顔で「うふふ」と微笑んだ。


「そうですね、少し考え過ぎだったかもしれません。――っと、そうだ」


 メシュはポケットから小さな欠片を出し、突然の行動に戸惑う萌の頬へと欠片を宛てがい、もう一度精霊のようにうっとりとした笑顔を見せる。


「これは極魔石オリハルコンと言って、通常の魔石より効果が高いんです。魔力二桁の女の子をほっぽっておけるほど、私は冷たい心を持ち合わせておりませんわ」


 みるみる疲れが取れる感覚とともに、先程まであった肩こりや異常なほどの眠気がスーっと消えていく。

 何だか身体に羽が生えたようだ。


「流石に全てを差し上げるわけにはいきませんが、数千程度の魔力は差し上げます。では、ごきげんよう」


 メシュは虹色に輝く魔石をポケットにしまい直すと、春風のように爽やかな足取りで森林内から姿を消した。


 結局その日は、腰を抜かしたエルフさんたちを介抱して、中心街の商店を三人でぶらぶらして終幕を迎える。


 ただ。極魔石オリハルコンなる魔石は、商店街中の魔石屋を探したが、見つけることは出来なかった。

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