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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『異世界召喚』編
2/93

第二話「ヒキニートでチョロイン」

 魔術師は真っ黒な私服に新しい白衣を(まと)い、萌の前で静かに正座する。

 シュンとして床を見つめる彼女の姿を見ると、まさに『ヘビに睨まれたカエル』とはこのような事なのだろうな。と改めて実感した。

 

 萌は両腰に手を当てていかにも堂々とした委員長キャラをイメージし、俯いたまま黙っている魔術師に質問を浴びせ始めた。


「ここはどこ?」

「ロキス国のエッジウェア街です。辺境のような所なので来客はほとんどありません」

「あなたの名前と職業は?」

「私の名前はアキハ。魔術師――主に召喚系の魔術を使っています」


 まるで職務質問である。


 その答えを聞き、萌は溜息をつく。

 彼女は少なからず期待していたのだ。

 戦争が繰り広げられる世界に突如召喚された二人の勇者。

 息のピッタリ合ったコンビネーションで無双して、悪いやつをやっつける。

 数々のイベントと吊り橋効果も重なって、神保と自分は異世界にて華やかな新婚生活を――


 そんな生活に憧れていた。

 もしくは彼女自身に時を止める能力とか、どんな怪我でも治す能力とかを授かり、神保の勇者としての戦闘を手助けする。

 あくまでも主人公である神保を陰ながら支える、脇役キャラ以上メインヒロイン程度の立ち位置でいたかった。

 とりあえず神保のために何かしたかったのだ。

 欲望が溜まれば身体を貸してあげたいとも思うのだけれど、残念ながら神保は三次元の女性ではピクリともせず、彼女が描いたアニメキャラの18禁イラストを大事に今でも使用している。

 それはそれで嬉しいんだけど、何か切なくなる。

 絵が描ければ私以外の女の子――下手すると私の父親が描いた物でも喜んで使用するかもしれない。


 お父さんがライバル!

 ――とかどうやったらそうなるのよ! な展開は絶対嫌。

 恋敵(ライバル)がお父さんとか……そんなオカルトありえない!


「あの……大丈夫ですか?」


 茫然と遠い目をした萌を見ていると、召喚主であるアキハは少々心配になった。

 魂の抜け殻のように、ただボサッと立ち尽くす女の子。

 まさか、自身の召喚術に何か不備があったせいで後遺症が残ってしまったのでは?

 などの不安が彼女を襲う。

 ここで慰謝料を請求されても、魔術師という名のヒキニートに払えるはずが無い。

 ここは穏便に事を済ませなければ、アキハの身に危険が訪れることになってしまう。


「あっ……その。もしここが嫌でしたら、別にお帰りになっても――」


 アキハは己の犯した罪による罪悪感を拭おうと必死に平静を装ったが、萌から放たれた言葉は、想像と全く関係無いことだった。


「それよりもさ。神保の手当を早くしてくれないかな? もし死んじゃったら責任とってくれる。とでも言うなら話は別だけど」


 アキハが振り返るとさっきよりも血だまりが大きくなっていた。

 神保の顔は血の気が引き、雪だるま(スノーマン)のように真っ白になっている。


「あれ? 私まさかとんでもない事しちゃった?」

「早く治してよぉ!」


 萌はアキハの白衣の襟に掴みかかり必死に懇願する。


 せっかく二人一緒に転生したというのに、片割れがここでお亡くなりになるとかそんな不幸がありますか?

 事実神保が召喚される状態で、私はただのオプションなのですから。

 神保がこの世界で成仏しちゃったら、私は完全に無意味な存在になってしまうではないですか!

 確かに私はMかもしれませんけど、神保以外の男性に奴隷扱いされるのは絶対に嫌ですよ。


「分かりましたっ……治しますから、首を絞めないでください!」


 白衣を掴む手の力が緩められ、息を整えたアキハは神保の頭に手を当てて何やら呪術の言葉を呟く。

 まるで、闘争の終了した戦場にて、安らぎを求めるために少女が流す歌声のような綺麗な声。

 そばで聴いていた萌自身も、父親の会社で幼女キャラの声優をして欲しいと思うほどの透き通るような萌えボイス。

 神保が大好きなアニメ声が部屋中に響き――

 萌は神保のズボンが多少反応したのを確認した。





「大変申し訳ございません」


 必死に土下座するアキハ。

 その様子を見下ろす転生者の二人。

 アキハは頭を床に擦りつけたままひと時も顔を上げなかった。

 盛大に謝罪するアキハを見るのが耐えられなくなった神保は、彼女の頭を撫でようとしたが。ニッコリと静かに、悪魔のような笑顔を向けた萌が神保の腕をガッシリと掴む。


「気安く撫でないの」

「じゃあせっかくだから萌を撫でてあげようか」

「ふぇっ……? いやっ……別に嫌では無いですけど、うぅん……」


 神保に頭を撫でられ、萌の表情が緩みとろけていく。

 何度もされて慣れている事とは言え、神保の特殊能力『ナデポ』に耐えられる女の子はまずいないであろう。

 ほぼ二次専な彼女でさえ神保のナデポには適わない。

 この手でアキハを撫でれば、たちまち萌のライバルが一人増えてしまう。

 転生して早々恋敵が増えるのは勘弁して欲しい。


 一部の需要を持つ方々には申し訳無いが、“男の子”に神保の『ナデポ』や『ニコポ』は効きません。



「ところでさぁ、アキハとか言ったっけ?」

「はい。私の名前はアキハですけど……」


 神保は至って冷静に、自身の顎に手を当てる。

 図太い神経の持ち主なのか、自体の重大さを分かっていない単なるバカなのか分から無いが、自分を勝手に召喚したアキハの事を別に怒っている様子は無かった。


「俺らを元の世界に戻すことはできるの?」

「ええっと、実際はできるはずだったのですけど……」

「けど何よ」


 萌が乱入したが神保はそれを片手で制し、萌にだけ見えるようニッコリと笑顔を向ける。


「キュゥゥゥゥン」


 奪われるハート。

 神保は普段前髪が目にバッサリかかっている。

 はっきり言って気味の悪い風貌をしているにも関わらず、ニコポ状態の時は、漫画やアニメのように前髪が薄く消えるのである。

 別にハゲるわけでは無く。髪の隙間から凛々しいお目目が顔を覗かせるのだ。

 とりあえず萌は、神保のニコポにより黙らせられた。


「話を戻すけど、できるはずって事は何らかの理由があってできなくなっちゃったんだよね?」

「はい。誠に申し訳なく……」


 優しく質問を続ける神保。

 女の子に対する言葉遣いや声質は、三人の兄に教え込まれている。

 どことなく温かさを感じさせるふわっとした喋り方。

 アキハは安心して自分の失敗を話し出す。


「実は召喚魔法陣はこちらへの召喚と、同じ場所に帰すという二回分の効力を持つんです。片道で召喚すると、こちらの世界での誘拐罪と監禁罪に問われるんです」

「じゃあ。一応俺たちは帰れるんだね?」

「それが……ですね」


 アキハは完全に光を失った魔法陣を指差した。

 神保の目にも分かる。この魔法陣はもう効力が無い。


「一回分の効力しか広げられなかったのか?」

「違います。ちゃんと帰還用の魔法陣も重ねてあったんです」


 アキハは自分の情けない失敗を説明することに恐怖を感じ、続きを話すことができなかった。

 まさか『自分の漫画本が転送されて、魔法陣の効力が無くなりました』なんて口が裂けても言えない。


「まあ……別に原因は追求しないけど、元の世界に戻るには時間がかかるんだね?」


 アキハは静かに頷く。

 勝手に召喚させといて「帰れまテーン!」とか言ってる自分の立場は重々理解している。

 でも神保と名乗る異世界人は、そんな彼女を貶したり怒ったりしない。

 むしろ優しく問いかけるように話しかけてくれる。

 アキハの目には神保は聖人のような姿で映った。


「精一杯努力します……」

「うん。ありがとう、頑張ってね」


 思わず神保は手を差し出し、アキハの頭を撫でる。


「キュゥゥゥゥン」


 アキハのお目目がハートへと変化して、優しく包み込むように神保の手を握り締める。

 神保のナデポ発動により彼女の心を盗んでしまった。

 神保とアキハの間にできた淡いピンクのハート。

 ラブコメ漫画でヒロインとのフラグが立った時に現れる、シャボントーンを散りばめたような情景。


「じ……神保が大変なものを盗んでいったぁぁ!」


 その光景を目の当たりにした萌は両手を床に着いて、いわゆる『orz』の格好(ポーズ)をする。


 魔術師アキハ(17歳)は召喚初日から神保に落とされた。





「…………はぁ……」

「…………キュン……」


 萌とアキハは散らかった部屋を片付けながら、台所でお昼ご飯を作る神保を眺めている。

 神保は料理も得意だった。

 幼少の頃から母親に教え込まれ、温かくて家庭的な和食は彼の得意料理なのだ。

 料理姿も中々様になっており、アキハは顔を赤らめじっくりと眺めては身体をモゾモゾしはじめる。


「あなたの部屋なんだからちゃんとやりなさいよ」

「え~……私はお片づけより神保君を見てるほうが良い~」


 完璧に恋する乙女である。

 特にオタク系はこうなりやすい。

 二次元に恋をしていると眺めるだけの毎日が続くからか、彼をものにしようという考えがだんだん薄れていく。

 愛するあなたの姿を見ているだけで私は幸せです。とか言っちゃう独占欲の無い方は事実存在する。

 男女問わず少なからずこうなってしまう人はいるのだ。

 萌の類友にも数人いた。

 一人の男子生徒をみんなで毎日交代で眺めるという変な集団が……

 結局張本人であるその人は、コロコロした可愛い先輩と付き合ってたけど。



「お待たせっ」


 萌が過去の話をブツクタと思い出している間に、神保は手早く台所の片付けを終了させ、部屋まで戻ってきた。

 神保特製の肉じゃががテーブルに並べられる。

 実際この世界に肉もじゃがいもも無いので似た素材で作ったらしいが、元の素材を知っている者から見れば、あれをどうすればここまで美味しそうに調理できるのかと素直に疑問に思う。

 調理前の食材がどのような姿をしていたのか、思い出すだけで気分が悪くなりそうな見た目をしていたので、とりあえずここでは伏せておくが。

 それほどまでに神保の料理スキルは高かった。


「神保……私嬉しい!」


 アキハの小さな手に包まれる神保の手。

 通常なら入る余地も無い幸せそうな男女間なのだが、ここでも神保の特殊能力が発動してしまう。


「私……神保のこと、すっごく愛し――」

「リーン」


 電話が鳴った。

 難聴能力の応用なのか知らないが、神保が愛の告白を受けるタイミングになると、必ずと言っていいほど邪魔が入る。

 だから神保に愛を伝えるには『さりげなく』が重要であり、ストレートに告白しようとしてもロクなことにならない。

 耳元で叫んでも『好き』という単語は聞こえないようになっているらしい。

 まさに主人公である。

 いや、知らんけど。


「アキハと萌は食べてていいよ。電話は俺が出るから」


 極上スマイルを放出してから神保は電話まで走っていく。

 ここでまたニコポが発動し、萌とアキハのメロメロ状態は最大値を超える。

 神保が電話に出ている間、二人は彼のキラキラした笑顔に、頭も胸も埋め尽くされていた。


「凄いね。神保君って何者なの?」

「彼は普通じゃないただのオタクですよ」


 実際はただのオタクでは無いのだが、萌はアキハに妙な好奇心を持ってもらいたく無かった。

 今まで自分だけが持っていた特権である幼馴染属性。

 幼馴染は絶対勝つというラノベの方程式を信じきっていた。だが、ここは異世界であり、日本の常識は何の意味も成さない。

 この世界の童話やラノベで『幼馴染は単なる脇役』なる文章があればその瞬間、彼女の夢は無残にも崩れ去る。


「へ~……何だか興味が湧いてきたなぁ。私の魔力をコピーさせてあげたいかも」


 その言葉を聞き、萌はガタンと立ち上がった。


「魔力のコピーが可能なんですか?」

「日本のコピー技術みたいに完全じゃ無いけどね。異世界から召喚された勇者さんに、魔力を授ける事ができるんだぁ。複合魔術って言って、私が使える魔術の一つだよ」

「私にもできるの?」


 アキハは萌を見渡し、少々口ごもった。


「出来ないことは無いけど……でもそれをするには……」

「何でもするから! お願いしますっ」


 萌が異世界に来て欲しかったもの。

 それは魔法や異能力であり、神保の手助けをするのが夢だった。

 神保が主人公補正入りのチート能力を貰えるのは、最初から分かっていること。

 問題は萌自身である。

 幼馴染とは大抵主人公の足を引っ張ったりする若干邪魔なキャラが多く、一緒に戦ってともに勝利を分かち合うなんてシチュのアニメやラノベは少ない。

 神保の足を引っ張るとか言語道断。

 萌は彼に必要不可欠な幼馴染として存在したい。

 守られるのがお仕事なひ弱なヒロインなんて目指していないのだ。


「何でも……かぁ。分かった」


 言うと同時にアキハは萌の両肩に手を置いて深く深呼吸する。

 先ほどとはまた別の赤みがアキハの頬に差し、萌は少しばかり疑問に思う。


「あの……何で顔赤いんですか?」

「魔力の受け渡しを開始します」


 アキハの甘い吐息が萌の耳に触れ、ねっとりとした何かが頬をくすぐった。


「精神を楽にしてくださいね……」

「バカバカ! やめなさい、私たちは女同士なのよ。こんなの望んで無いんだからぁぁ!」

「――――ん、はふ」

「自主規制ィィィィイ!」


 萌の悲痛の叫びとともに――ゆっくりと魔力の受け渡しが終了した。

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