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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『無限迷宮』編
19/93

第十八話「迷宮に入らずんば栄光を得ず」

 迷宮で迎える朝とは、カビ臭く闇のように真っ暗である。

 心地良い朝日に柔らかく包まれることも無く、申し訳程度に照らされた魔力灯と、燃え移らないよう慎重に立てかけられた松明の明かりで目を覚ます。

 朝の食欲を掻き立てるあさげの香りも無く、花嫁姿のように純白な、茶碗に盛られた白米と淡い湯気も無い。

 冷たい水で顔を洗い、一日の始まりを祝福することもできず。

 湿っぽく陰気な囲いの中で、何の面白みも無くまぶたを開けるのだ。



 神保が目を覚ますと、ピンクの手鏡を見ながら髪を解かしているアキハと目が合った。

 口にはヘアゴムを咥えており、パッチリした可愛らしいお目目でニッコリと天使のように煌びやかな笑顔を見せる。


「おはよう、神保」

「うん、おはよう」


 目が覚めて突然女の子にあいさつされ、瞬間的に返せるのが秋葉神保という男である。

 反対側を見ると、ツヤツヤした淫魔が気持ちよさそうに寝ていた。

 うっとりした表情を浮かべて少々頬がピンクに染まっている。

 彼女は昨晩、淫魔的なアレを自分で行い虚しくなりながらも無理やり眠ったらしい。

 アレとはアレだ。

 神に対しての背徳的なことだとされ、古代から禁忌とされてきた一人よがりの行為。

 淫魔と思春期の男の子には仕方が無い事。

 それ以上でもそれ以下でも無く、淫魔はそれをするとよく眠れるらしかった。

 だが流石に愛する神保の目の前でするのは、さすがの淫魔でもかなり抵抗はあったようだが。


 アキハは珍しく髪型をポニーテールにすると鏡を見て「よし!」と微笑み、神保の方を見て「えへへ」と無邪気に笑う。


「どうですか?」

「凄く似合ってる、可愛くてアキハらしいな」


 こんなアニメキャラの主人公のような事をサッと返せ――(以下略)

 とりあえず秋葉神保とは凄い人間なのである。

 アキハは自身のポケットからガムのような物を出して口にいれ、クチャクチャと噛んだあと『ぷくぅ』と膨らませた。

 この世界にもガムはあるらしい。


「アキハ。朝ごはんの前にそんなものを……」

「朝ごはんなんて無いよ?」


 きょとんとした顔で見つめるアキハの言葉に、突如南極に放り出された実験動物のように神保は一切の行動を停止させて固まった。


 朝ごはんが無い……だと。


 アキハはにへへと笑いながら膨らましたガムを口に戻し。


「だってここには調理器具も無いし、そんなことに魔力使うのもったいないし」


 神保は茫然とアキハを見つめて、何も言えなくなってしまった。

 これほどのダメ人間なのか……。


 ダメ人間の塊の中に生まれた秋葉一家随一のまとも人間である神保は、元の世界での日常を思い出していた。



---



「ねえ、お母さん。何でお兄ちゃんたちはいつも朝ごはんがパンなの?」

「出会いのためよ」






「神保、朝ごはんというのはとても大切なものなのよ。何故か分かるかしら」

「どーして?」

「突然登校中、異世界に飛ばされたときにお腹が減ってたら大変でしょ?」



---



 理由はどうあれ、神保の家族でさえも朝ごはんはキチッと食べていた。

 兄は三人ともわざわざ遅刻しそうな時間に出て、走って登校していたが、ちゃんと食パンを口に咥えていた。

 父親も言っていた。


『登校中突然女の子が空から降ってくるかもしれない、だからお父さんはいつもゼリー飲料やチョコレートを持ち歩いているのさ』


 今思えばどう考えてもクレイジーなうちの家族でさえ、食べることに関しては非常に厳しかった。

 そして父は三つの大切な理由をいつも彼に聞かせていた。


 ――突然テロリストに学校を包囲されるかもしれない。

 ――突然戦車に襲われるかもしれない。

 ――突然異世界に召喚させられるかもしれない。


 だが彼が16年生きてきて、実際に体験したことがあるのは三つ目だけである。

 普通は一つも体験せずに青春が終わるはずなのだが。



「食材は何も無いのか?」


 噛み終わったガムを「ぺとー」と口から伸ばしながら、アキハはもう片方の手でポケットを漁りだした。


「パンとお魚の干物があるよー」

「肉は無いのか?」


 アキハはガムを紙に丸めてテントの隅っこに投げ捨てる。


「お肉はもたないからねー……。干し肉とかあるけど、私あれ嫌い」

「じゃあその魚とパンをくれるか?」

「はい、どーぞ」


 両手で丁寧に差し出された魚とパンを受け取り、神保はパンの中に魚を挟んで食べ始める。

 どこの世界でもパンは何にでも合う。米が無い世界にもパンはあるんだから、不思議っちゃあ不思議だが、あえて突っ込まないようにしよう。

 神保は魚サンドをむしゃむしゃと食べながら、ちょっとした疑問をアキハに訊く。


「ところでこの魚は何ていう魚なんだ? 結構美味いぞ」

「魚は魚です。と言うか、お魚って他に種類があったんですか?」


 きょとんとした顔で答えるアキハの顔を見て、神保はお手製魚サンドを食べる手を止める。

 言われればここに来る途中、海や川を見かけなかった。

 中心街というくらいだから、きっとここはいろいろな街や村に囲まれているんだろう。

 見たところトラックや新幹線も存在しないようだし、保存魔術なる都合の良い魔術が無いのだとしたら。

 もしかするとこの辺りの街では、魚は全て干物なのでは無いだろうな。

 神保はしばらく考えていたが、スっと目の前に水筒を差し出されて我に帰った。


「ほらお水。食べ終わったら早く進も?」

「ああ、そうだなありがとう」


 神保の極上スマイル。

 だがアキハはフッと神保から目を逸らし、淫魔エーリンの寝ぶくろを揺すりに行った。


「あ、あれ?」

「ほらー、淫魔さん起きてください!」

「むにゅぅぅー……」



 アキハはあえて神保のニコポを避けた。

 これは別に神保のことが嫌いになったからとかでは無い。

 彼女は眠れない昨日の晩にある決意をしたのだ。

 萌のいないこの迷宮生活の間に、彼女自身の力だけで神保の気を引いてみせる……と。


「神保君には悪いけど、惚れてばっかりの恋だけじゃつまらないんだよ?」


 アキハは今まで誰かを好きになったことはあっても、好きだと言われたことは無かった。


 ――好きになった人は全員平面(二次元)だったが、そこは気にしてはいけない。


 最近の神保との会話のおかげか、ここのところ心の声が口から出ることが減ったように感じる。

 男の子と話すことへの耐性ができたのだ。

 今では神保と話すときにほとんど緊張しなくなった。

 彼女の目標が一つ決まったのである。




 ◇




 エーリンも起床し、迷宮踏破パーティ三人組はテントを畳んで迷宮回廊を歩き続ける。

 手に持った灯以外は真っ暗であるが、一本道の廊下なので道に迷うことは無く。数十分間程歩くと9階層目へ続く階段にたどり着いた。


「ここを降りれば9階層目ね」

「ええ。でもまだまだ始まったばかりよ」

「階段に罠か何かがあったりはしないか?」


 神保の質問に淫魔エーリンは首を横に振って否定する。

 エーリンは幼少時に何度もここに来たが、行く手を阻むような罠などは仕掛けられておらず。

 現れて邪魔をしたものと言えば、小さな魔物くらいだった。


「魔物は出るわよ。私がやっつけるけど、不意打ちには気をつけて」


 こういう時だけは頼もしい元魔王様だ。

 今にも大事なところが見えそうなフリフリ裸メイド服をまとったエッチな雰囲気を醸し出す淫魔エーリンは、熟練バスガイドのように清く美しく神保とアキハを先導する。


 ――衣服さえちゃんとしていれば、一流企業の受付兼案内役をしていても全く不思議は無さそうだ。


 エーリンの先導により9階層まで降りた二人は、目の前に広がる情景に絶句した。


 8階層と違って床が湿っている。

 そして何か異様な臭いが充満し、二人は思わず腕で鼻を押さえる。

 硫黄のような腐敗臭がまとわりつき、9階層の床に足を着くのを躊躇われた。


「何だこれ……」

「酷い臭いだわ」


 エーリンはきょとんとした顔で二人を見つめ、平然と湿った床を裸足で歩いて行く。


「9階層はコウモリが多いの。大丈夫よ、この臭いはコウモリの死骸とか生活臭みたいなものだから」

「「嫌だよ!」」


 大丈夫じゃ無い。

 エーリンは何故か気にせずに歩いているけど、コウモリの生活排水と腐敗水の溜まり場ってことだ。

 言い方は悪いけど、簡単に言えば床の湿り気は腐り水とコウモリ死骸のスープ。

 そんなところを歩くとか絶対嫌です。


「でも、ここを進まないと最深部には絶対行けないわよ」


 ペタペタと地面に足跡を付けながらウロウロ歩くエーリン。

 床もグチョグチョしていて歩くだけで足裏に土が付くらしい。

 他にも大きな靴跡や杖の跡が残っており、数十人の冒険者や魔術師たちがここを通ったことが分かる。

 神保は鼻を押さえながら、アキハの肩をちょんと突っついた。


「アキハ、浮遊魔術とか使えないか?」

「浮遊? ちょっぴり浮くくらいならできるけど、そこから移動させる程の精神力は持ち合わせて無いかな」

「それで十分だ。エーリン、ちょっと戻ってくれ」


 エーリンがペタペタと足音をたてながら階段の一段目まで戻り、神保はアキハとエーリンを両腕で抱える。


「アキハ、ちょっぴり浮いてもらえるか?」

「アイアイサーっ」


 アキハの浮遊魔術により足が地面に着かなくなり、ドラ○もんのように数ミリだけ(くう)に浮かぶこととなった。

 アキハが集中した顔つきのまま地面に向かって両手を広げる。

 浮遊魔術はかなりの集中力が必要なのだ。

 そのうえ自分以外に二人のお客さんがいる。

 アキハレベルの魔術師だとこれをしばらく続けるのは凄く辛い。


「神保っ……君、早くっ」


 神保はその言葉に応えるように、背中から神々しいほどの輝きを持つ加速魔術を繰り出す。


「俺は加速する!」


 湿り気のあるドロが迷宮9階層の壁に跳ね飛ばされた。

 9階層の壁はベットリした臭いドロで充満され、回廊の地面には穴でも掘ったように床が削り取られている。

 途中衝撃波で、住み着いていたコウモリを数百匹撃ち落とした。

 ドロドロだった地面は綺麗になったが、それ以上に悲惨な惨状となった無限迷宮9階層の壁。

 そして床中に撃ち落とされた数百匹のコウモリの死骸。

 神保たち御一行様が通った後、ここ9階層を通ることができた勇者はいなかったという。

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