第十四話「ご奉仕」
ぐったりと顔を紅潮させる勇者神保。
そんな彼に優しく備え付けの扇子で風を送るのは、先ほど購入したエルフメイ奴隷であるメリロットであった。
神保のナデポによりおとされた彼女は、大浴場へと向かった他の女性陣を見送って、二人きりのお部屋で神保の介抱をすると言ったのだった。
「悪いな……。せっかくの入浴時間を俺のせいで」
「いえ。私はご主人様のために何でもしますから」
実を言うと、神保はエルフ姉妹が奴隷として売られていた事実を知らないのだ。
この世界なら当たり前のことなので、アキハとエーリンは薄々気づいているが、萌と神保は本当にメイドさんだと思って二人と接している。
「そっか……。ご奉仕ってやつか」
「ご奉仕……ですか」
神保はもちろん、メイドさんがご主人様の看病をする意味でのご奉仕と言ったのだが。メリロットは今の言葉を、奴隷が行うご奉仕だと認識した。
「ご主人様は……私にご奉仕されたいですか?」
神保は何か引っかかった。
ご奉仕されたいって――今されてるよね?
純粋な男の子からすれば、こうして女の子に優しく看病されるのはご奉仕以外の何者でも無い。
可愛くて従順なメイドさんが行う“夜のご奉仕”なんていう言葉は、純情な高校生である神保には頭の片隅にさえ存在しないのである。
「ん~……。されたいかも」
「そうですか」
エルフメイ奴隷メリロットは思う。
やはりご主人様も男性なのだ。
奴隷として購入した女の子とお部屋に二人きりというシチュエーションで、何かをしたいと思うのはもはや必然である。
実際彼女はその覚悟はあった。
ジャスミンが真っ先に入浴組についていったのは、別に女性陣の身体を洗うためだけでは無い。
唯一の男性であるご主人様と二人きりになりたく無かったからである。
だがメリロットは神保とそういうことになってもいいと思った。
帰り際に少々お話して頭を撫でてもらった。
それだけで自分は何故か彼のことが好きになってしまったのだ。
「ではご主人様もご準備を……」
メリロットはミーアに教わった男性を興奮させる脱衣の仕方を思い出す。
ゆっくりとメイド服を脱ぎ脱ぎして床に寝そべって甘える。
彼女の奴隷としての初めてのご奉仕である。
メリロットは深く深呼吸をしようとしたところで、神保がスっと立ち上がりニコリと笑顔を見せた。
「ありがとう。大分良くなったから、メリロットもお風呂に入ってきて良いよ」
メリロットは脱ぎかけた服を元に戻す。
何故だ。
ご奉仕して欲しいと言ってお風呂に入れ――
もしかして私の身体が臭うとかそういう意味か。
大分良くなったとは身体の準備のことか。
なるほど。
ご主人様は結構綺麗好きな方と見た。
心の中でいろいろ葛藤するメリロットの前に神保は膝を折って座り、顔の高さが同じくらいになった。
「ありがとう」
もう一度のお礼と極上スマイル。
最大レベルのニコポ発動である。
「ん……んぇぇ?」
メリロットに襲いかかるドキドキ感。
さっき初めて体験した感覚を凌駕するほどのスーパードキドキ感。
何でしょうねこの感覚。
頭が沸騰しそうです。
「ご主人様……?」
メリロットの目を通して見える神保の姿はもはや王子様だった。
奴隷である自分に対して優しい笑顔を向けてくれるご主人様。
そしてその笑顔が下心も裏も無い本心から来る綺麗で透明感のある笑顔。
まるでドモホ○ンリンクルを使った素肌のように透き通った微笑み。
「ご主人様ぁ……」
「大丈夫か! メリロット」
のぼせたかのようにくったりと倒れこむメリロットを、神保は優しく抱きかかえた。
温かくて頼もしい胸に倒れ込んだメリロットは、自分が奴隷であることも忘れ、恋する女の子の表情でじっと神保を見つめる。
思いを込めた熱~い視線を向け、エルフメイ奴隷メリロットは一言一言をゆっくり優しく噛み締めるように神保に告げた。
「ご主人様……ご主人様に、これだけは伝えたいことがございます」
「うん。何かな?」
優しい目。
これなら大丈夫……。
多分この優しいご主人様なら自分の思いを受け止めてくれる。
別に結婚のあいさつをしようって言うんじゃ無い。
奴隷以上の扱いをしてくれと言うわけでは無いのだ。
ただ自分の気持ちを――この愛しのご主人様に伝えるだけ。
結果はどうだって良い――この抑えられない自分の気持ちを、この優しくて素晴らしい男性に伝えたい。
「ご主人様……。私はもう、ご主人様無しでは生きていけません。私のことを……一人の女の子として見てもらえたらと――」
「え、何だって?」
ムカつくタイミングで現れる難聴。
メリロットは突然のことに動揺して驚きを隠せない。
可愛らしく口をポカーンと開けたまま、愛しのご主人様である難聴野郎を見つめている。
だがその目には先ほどまでの愛のこもった熱い視線は無く、軽蔑と嘲りのこもった『ドS系ツンデレキャラ』のデレが無い状態しか残っていない。
ラノベヒロインは大好きな彼が難聴でも気持ちを変えないが、異世界のエルフにはその方程式は効かなかった。
みるみるうちに膨れ上がる憎悪。
自分が恥ずかしい気持ちを必死にこらえて言った告白を、無残にも一刀両断したご主人様。
「ご……ご主人様のぉ……」
「ちょっ……メリロット? メリロ――」
緑色に輝くツリ目に業火が燃え上がった。
「ご主人様のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
釘○系ツンデレボイスが和風旅館全体へと響き渡った瞬間である。
同時刻同世界内。
場所は変わって和風旅館の女湯での話。
淫魔エーリンのテクニシャンにより身体がフニャフニャになってしまった神保の看病をメリロットに任せ。
アキハ、エーリン、萌の三人はエルフメイ奴隷姉妹の姉のほうであるジャスミンを連れて大浴場へと向かった。
ワックスをかけた綺麗な廊下を進むとこれまた日本風なのれんがかかっており、三人の旅行者はエルフさんを連れて浴槽に入る準備を始める。
「…………」
「…………」
「……何かしら、そんなジロジロ見て」
萌とアキハが無言で見つめるその先では、一糸まとわぬ淫魔エーリンが、脱衣したメイド服を綺麗にたたんでいるところだった。
「分かってはいたけど……」
「スタイル抜群ですね」
エーリンは自身の身体を眺めてからクルッとターンする。
「それはまあね。淫魔のスタイルが人並みだったらお仕事になりませんし」
片手を腰に当て、モデルのようなポーズをとり、撮影中のアイドルみたいに堂々と身体を二人に見せつける。
露出癖だとかそういうのでは無く。淫魔なので誰かに肉体を見られることが生きがいなのだ。
羨望の眼差しを向けられ優雅にポーズをとる淫魔を尻目に、これまた対照的な身体つきのツルペタエルフは、無言でスルスルとメイド服を脱ぎ捨てる。
ストン。と音が聞こえそうなくらいの見事なぺったんこ。
エルフメイ奴隷ジャスミンは淫魔に羨望の視線を向ける二人の身体を見てから、そっと溜息をつく。
「凹凸があるだけいいじゃないですか……」
寂しそうな目で自身の身体を撫でるジャスミン。
幼女らしいスベスベした素肌こそが、唯一彼女の自慢できるところだろうか。
溜息をつく彼女の背後に淫魔エーリンが立ち、ギュッと抱きしめる。
「ひゃはぅっ!?」
「わぁー! ジャスミンちゃん肌スベスベじゃない!」
身体のあちこちを淫魔エーリンに撫で回される。
流石淫魔と言うべきか普通に撫でているだけなのに、触り方が若干危ない雰囲気を出している。
「んぅ……。淫魔さん……やめ、やめぇ……」
「可愛い可愛いわぁ……私は普通男の子にしか興味を持たないんだけど、何故かあなたは魅力的に感じるわ」
ジャスミンは鉛の塊でも頭からぶつけられたようにショックを受けた。
男の子にしか興味を持たない淫魔さんが、何故私の身体を見てドキドキするのか。
簡潔に申せばそれは自分の身体に女としての魅力がこれっぽっちも無いからでは無いか。
現に萌とアキハは、彼女の身体をまるっきり見ていない。
さっきから横目でチラリと淫魔さんの溢れんばかりの肉体に釘付けである。
「あら? どうしたのジャスミンちゃん」
「別に何でも無いです」
淫魔に身体を離され、ジャスミンは風呂場のドアを開ける。
雇い主のために尽くすのが奴隷としての生き方であり、ジャスミンは物心ついてからその生活方針に疑問を持ったことは無かった。
「ありがとっ! ジャスミン」
萌はタオルで前を隠しながらジャスミンの頭を優しく撫でる。
萌としてはジャスミンは奴隷では無くメイドさんだと思っているのだ。
何も言わなくてもお風呂場のドアを開けてくれるとか、まるで自分がお嬢様になったようで気分がいいのである。
しかしジャスミンは違った。
奴隷として最低限これくらいのことをしないと。もしちょっとしたことで雇い主の機嫌を損なえば、一瞬で自分の仕事は無くなる。
下手すると命も奪われるかもしれないし、変ないかがわしい店に売りさばかれるかもしれない。
ジャスミンが献身的なのはメイドとして完璧なエルフだからでは無く、自分の命を預けた相手の機嫌をとるために必死だからであった。
「お背中を流します」
「え? そんなことまでいいの?」
「私もお願いしていい?」
「私の身体をとくと味わうがいい……」
萌、アキハ、エーリンの順にジャスミンは丁寧に身体を洗う。
萌の素肌は少々ガサガサしており、おっぱいはアキハと比べて大きかった。
続くアキハの肌はピチピチとしているが、身体つきはジャスミンが少しホッとする程度。
ぺったんこでは無いにしても、まだまだ発展途上な感じだ。
そして最後の女王エーリン。
彼女の身体は言うまでも無く魅惑的だった。
このような豊満かつツルツルな肉体を見せられれた男性は、きっと一瞬でこの淫魔に堕とされてしまうだろう。
それにひきかえ自分は――などと思うヒマも無いほど、その姿は妖艶かつ非常にエロかった。
「どうした? 手が止まっているが」
「いぇ……その」
エーリンに指摘されてジャスミンは洗体する手を動かす。
奴隷という身分である自分が雇い主を邪な目で見るなんてことをしてはいけない。
いや……でも雇い主がそういう風に見られるのが好きな方だとしたらどうなるのか。
ジャスミンが必死に心の中で葛藤を繰り広げていると、突然ツルツルな身体で自分の小さな身体を抱きしめられた。
「あぁ……やっぱ可愛いわ」
淫魔エーリンに抱きしめられながら、彼女は思ったことがある。
――この生活も悪くないかもしれない……。
奴隷として尽くす生活こそが自分の幸せなのだと教えられた。
実際はミーアの魔力による洗脳だったのだが。生まれてすぐに奴隷として育てられた過去を持つ彼女にとって、雇い主の幸せイコール自分の幸せだと心の奥に刻み込まれていた。
そんな彼女は今現在を凄く幸せに感じる。
毎晩荷車で運ばれては売れずミーアに八つ当たりをされる。
せっかく友達になったエルフは次の日には売られてもう会えない。
だが淫魔エーリンは精一杯のぬくもりで彼女を抱きしめてくれる。
彼女の今までの人生――エルフ生に足りなかったのはそれだったのだ。
「えっと……」
「エーリンお嬢様でいいぞ。メイドさんなのだからな」
「メ……メイド!? わ、私はそのような高貴な身分では無くただの――」
淫魔エーリンは戸惑うジャスミンの顔を見つめて大人な微笑を浮かべる。
「なら魔王様と呼べっ!」
ジャスミンの前に広げられた太陽のように眩しく輝かな笑顔。
実際はジャスミンの素肌に目を奪われてニヤニヤしているだけだったのだが。
初めて体験する極上の笑顔に、ジャスミンはこの上ない幸せを感じたのだった。
ちなみにメリロットの釘○ボイスはここ、大浴場まで綺麗に聞こえたという。




