第十三話「マッサージ」
結局満場一致でエルフの服装はメイド服に決定した。
神保の魔術によりエルフ二人用の小さなメイド服は作られたが、まだ一人決まっていない者がいた。
このパーティにはピッタリした服や布地の多い服を好まない、わがままな魔王様が一人いらっしゃるので、同じメイド服で統一させる事ができなかったのである。
「もっと可愛くてセクシーなのがいいな」
そしてこの注文だ。
スースーしてセクシーで、可愛くてピッチリしていない洋服。
個々を両立させるのは不可能では無いが、それを全て兼ね備えた衣服となるとかなり限られる。
しかし神保と萌は二人同時に一つの服装を思いついていた。
だがその服はかなり場所を選ぶものであり。いくら淫魔でも、まさかここで着ろとは言えないような代物であり。さっきから顔を見合わせては、お互いに首を傾げていた。
「流石にチャイナドレスはヤバイでしょ……しかもあれ着ると分かるけど、結構ピッチリしてるし」
「でも萌の言った裸エプロンは……。ちょっと何か、まずい方向にしか行かない気がするんだが」
この会話で分かるように、実は萌はコスプレをしたことがある。
彼女の姉に初めてコ○ケに連れて行かれたとき、萌は露出度の多い服を着せられて客引きをさせられた。
さらには部屋で撮影会をされ。
写真をバラまくぞ! と実の姉に脅されるという世にも奇妙な展開に巻き込まれ、姉のデジカメを思いっきり踏んづけたのも、今となってはいい思い出だ。
メモリーディスクが無事だったから意味無かったのだが。
「待って……萌はチャイナドレスを着たことがあるのか?」
「うん、着たことあるよ。神保だって裸エプロン着たことあるでしょ?」
そう。あるのだ。
神保が中学生の時、誰もが性に敏感だったあの頃。
萌の姉に無理やり着せられて神保はエプロンのみという姿にさせられた。
発情したイノシシのように興奮した彼女の姉は、その後ひっくり返りながらピクピクと身体を痙攣させて動かなくなったのだが。
急いで着替えようと、エプロンを半分くらい脱いだところで萌が帰って来てしまい。
全裸でご対面なんていうトラウマは発動しなかったものの。
当時から何となく好意を持っていた女の子に、裸エプロン脱ぎかけという非常に残念な格好を見られてしまい、彼はしばらくエプロンと萌の姉がトラウマになった。
ついでに言うと、萌は萌で大好きな男の子の危ない格好に対面た事で、結構嬉しかったらしい。
「その裸エプロンとは何なのだ?」
卑猥な単語にいち早く反応したのは、他の誰でも無い淫魔エーリンである。
彼女も単語から想像するに、何となくスースーしてセクシーな感じがしたので、もういっそそれで良いのではないかと考えていたのだ。
しかし室内で淫魔が着ていてもまだおかしくは無い服装だが。
警備隊に見つからないような格好を選んでいるのに、そんな格好をするバカは世界中探してもいない。
だからこれは却下なのである。
「ダメだよエーリン。それはダメ、絶対」
「ダメなのかぁ……」
しょぼくれる淫魔。
淫魔としては今の格好さえ変えてもらえればそれでいいのである。
別にちょっとヒラヒラしてればそれでいい。
後で室内に入ればどうせ脱ぎ捨てる物なのだ。
淫魔エーリンとしては身体に布地がまとわりつくという感覚を、どうしても許せないのである。
「でもその服可愛いよね」
エーリンが指差したのはエルフメイ奴隷が着ているメイド服だった。
だがこの服は淫魔の都合を完璧に無視しなければ不可能だ。
なにせ布地は多く動きにくい。そのうえピッチリしていて長袖である。
スースーもしてなければ、スカート付近以外はヒラヒラもしていない。
「裸メイド服……」
萌の口から危ない言葉が漏れた。
確かにそれならスースーするしヒラヒラしてるし、可愛くてセクシーかもしれないが。
「何なんだそれ! 凄く興奮する名称だぞ!」
当の本人である淫魔エーリンは期待に目を輝かせている。
淫魔は別に身体を見られることが嫌では無い――むしろ見られることこそが生きることなので、自分の素晴らしい肉体を隠すことに抵抗を覚えるのだ。
なので危うい格好――とかいう概念は全く無いのである。
逆に淫魔内では、身体をしっかりと隠す事は何かやましいことがあるのでは無いか。
などどあらぬ疑いをかけられる対象にもなる。
だから淫魔エーリンとしては、素肌が外気に触れているほうが精神的にも肉体的にも心地良いのである。
「神保! 頼む、その裸メイド服なる服を作ってくれ」
無邪気な子供のように純正で、宝石のようにキラキラと煌くお目目。
神保は呆れた表情の萌をチラリと見て、何となく妙な背徳感を感じながらも、魔術を使って淫魔エーリンの外面にメイド服を作り上げた。
「おお! これは……ヤバイぞ」
超ミニスカなメイド服を素肌の上に生で着込んだエーリンは、嬉しそうにクルクルと回っている。
「見ろ神保! こうやってスカートをめくるとだなぁ」
エーリンはペロンとスカートをめくりいやらしい表情を浮かべる。
腰を艶かしく振りながらゾクゾクと身体を震わせる。
「こんな素晴らしい衣服があったのか!」
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
そう言いながらも神保の顔は引きつっていた。
この人にこんな格好で街を歩かせて大丈夫だろうか。
神保含む三人の頭の中では、常時そのことしか考えることが出来なかった。
「それではこの新しい格好でどこに行こうかな!」
「まず別の宿屋さんを探さないとね」
勝手に走り出そうとする淫魔の腕を掴み、萌は二人のロリメイドを見下ろす。
「この娘たちは神保が連れてってくれる? 害無さそうだし」
「良いよ。じゃあ俺はメリロットを連れてくから……アキハはジャスミンをお願いして良いかな?」
「良いよ~!」
ツインテールなツリ目の妹エルフと神保は優しく手を繋ぐ。
綺麗な緑色の髪から小さなネコ耳がピョコピョコ動く。
ただ顔の横の部分にもエルフらしい尖った耳が生えているので、多分頭のネコ耳は飾りなのだろう。
でなきゃ耳が四つもある化け物エルフになってしまう。
「メリロットは……何が好きなのかな?」
「私が愛するべき物はご主人様ただそれだけです」
淡々とした口調で一気にしゃべる。
これには流石の神保も面食らってしまった。
なにせメリロットの見た目はツインテツリ目な八重歯少女。
どこからどう見てもツンデレ系妹キャラである。
何が好きだとか聞けば、
「何突然話しかけてんのよ、変態!」
などと罵倒される言葉でも放つのではと神保は微かに期待していたのだが、メリロットは怯えた視線を向け、口をへの字に曲げて神保の顔をチラリと見やる。
「ご主人様は私のことは好きですか?」
期待など全く込めない、ただの確認作業のような声。
何か心の中に埋め込まれているのでは無いか。そう感じてしまうほどに冷淡かつ淡白なしゃべり具合。
神保はこの無表情なエルフの対応に酷く心を痛めた。
しかし彼は知っている。
心を閉ざしたヒロインの心を溶かすのは主人公であり、彼は主人公としての体質や素質を確実に持っている者であるという事を。
「俺はメリロットのことは好きだよ」
優しく頭を撫でる。
ピクっとネコ耳が震え、頬をピンクに染めたメリロットがチラリと上目遣いで神保を眺めた。
ナデポ発動である。
遊○王で言うところの『誘発効果』と『永続効果』のようなものだろう。
「ご主人様ぁ……」
さっきまでの冷徹な表情は消え去り、可愛らしい女の子の表情を浮かべる。
奴隷として調教されてできた心の傷が、神保のナデポの手により修復され、氷ったエルフの心を溶かしたのだ。
キュンとした表情で神保に抱きつくエルフメイ奴隷メリロット。
顔を身体に擦りつけ、心から安心した表情で神保を見つめる。
奴隷として育てられ、感情を表に出すことを許されなかったメリロットは――初めて恋というものを知ったのである。
とろけるような眼差しで愛しのご主人を見つめるメリロット。そしてその様子を後ろから指をくわえて眺める姉ジャスミン。
アキハに片手を握られたジャスミンもまた、無感情で静かに道を歩いていた。
「ジャスミンちゃんは魔力どのくらい持ってるの~?」
「私の魔力量は3000程度です。エルフとはあまり魔力を持たない種族なのです」
姉と同じく淡々と答えるエルフメイ奴隷ジャスミン。
ただアキハは主人公体質でも無ければ素質も全く無いので、残念ながらジャスミンの心を溶かす術は無かった。
「メリロは楽しそうですね……」
「神保は女の子の心を操るのが巧いからね~」
ジャスミンはアキハの手をギュッと握り締める。
彼女は昔の事を思い出していた。
彼女が奴隷として売られた時にミーアから言われた言葉。
『買った相手がどれだけ優しくしようと、その人には下心があるし言葉には裏がある。そう言う場所に売られるんだから、素直さは捨てなさい』
あの時はメリロットも一緒にいた。
だからメリロットは知っているはずなのに、何故メリロットはあの人の前で優しい笑顔を見せるのか。
騙されてぐちゃぐちゃに遊ばれるだけと決まっているのに。メリロットは嬉しそうにご主人様にくっついている。
彼にはそれだけの話術があるのか、それとも本当に優しい心の持ち主なのか。
ジャスミンには分からなかったが、彼女はただただ自分を奴隷として雇ってくれた彼に――毎晩ご奉仕をするだけだと考えていた。
さっきとは別の宿屋街。
中心街は広いので東西南北いろいろな場所に宿屋街がある。
なんでも昔はここ中心街ギルドにも依頼は多かったらしく、ここに来る大勢の勇者や冒険者のために宿屋を大量に作ったらしい。
だが依頼バブルの崩壊により冒険者は中心街から減り、今では取り壊し費用も無く細々と営業している宿屋が大量にあるのだ。
一応観光客などはまだ存在するらしく、つぶれずには済んでいるらしい。
エルフメイ奴隷含む六人のパーティは少々大きめの宿屋を見つけ、宿泊手続きを済ませ、何とか前科持ちだとバレずに泊まることが出来た。
「はぁ……やっと転がれるわ」
アキハはぐったりと床の上に転がって、腐向け漫画の続きをニヤニヤしながら読み始める。
畳が敷かれた和風な部屋であり、日本人である神保や萌としてはとても落ち着く部屋だった。
部屋の明かりも雛人形のぼんぼりのような明るさで、習字で書かれた掛け軸まである過ごしやすい部屋である。
淫魔エーリンとエルフ姉妹はどことなく落ち着かないようだったが。神保が温かい緑茶を淹れると、エーリンはゆっくりとそれを飲み、ほんわかした表情でうっとりと神保を眺めた。
「神保の淹れたお茶は美味しいな……。お礼に肩を揉んでやろう」
「鶴の恩返しじゃ無いんですから」
「良いから背中を見せろって」
淫魔エーリンに肩を揉まれ、神保は照れながらも身体の力を抜く。
エーリンはマッサージが得意なのだ。
ただ――アレな意味でのマッサージだが。
「あぅ……!」
神保の肩から腰にかけてを何やらゾクゾクする感覚が襲う。
エーリンの絶妙な力加減が肩のコリをほぐし、身体に溜まった疲れを癒すのだが、彼女は淫魔である。
行動の一つ一つが男性の本能を刺激するように育つためか、エーリンの肩もみは神保の心にいろいろと危ない効能を与えるらしい。
「んぅ……んはっ……!」
男の子がこんな声をあげてもサービスにも何にもならないのだが、少なくともアキハと萌は熱っぽい視線を神保に送っている。
特にアキハが読んでいる漫画のシーンにソレっぽいところがあったので、まるでアフレコをされている感覚に陥る。
「うむ……大分凝っているな。魔力をあれだけ放出したなら仕方が無い。今晩は私の手によってゆっくり気持ちよくなってくれ」
「ふくぅ……んやっ!」
いい加減妙な声をあげるのはやめにして欲しいが。背中がバキバキに凝っていた神保は、身体が軽くなる感覚が堪らなく心地良い。
頭痛がスっと消えていくような感覚と何となくくすぐったいような感覚で、彼の頭からアドレナリンなどの脳内麻薬が大量分泌される。
淫魔エーリンにもそれは何となく伝わるらしく、自身の手により楽になっていく愛しの神保を眺めていると、どんどん力が入っていく。
「ほらほら神保ぉ~。お姉さんの手のよって早く果てなさい」
「んっ! やぁぁぁ……!」
女の子のような可愛らしい声をあげながら、秋葉神保16歳(男)は盛大に身体がとろけた。
総身に満ち渡る極上の快感に、このまま天まで昇ってしまいそうである。
その後淫魔エーリンの前には、ピクピクと気持ちよさそうに身体を痙攣させる神保の姿があったと言う。




