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第十二話「奴隷売りの少女(2)」

 町外れで神保含む三人は萌の帰りを待っていた。

 エルフメイドなる物を買わされていたが。萌の持っている魔力ポイントは7なので、無理な買い物を押し付けられることは無いだろうと、三人とも別に深く考えていなかったのである。


「遅いわね萌」


 アキハが腐向け漫画を読みながらポツリと呟く。

 神保はその様子を一瞥するとゆっくりと立ち上がり、萌は連れられた方へと歩き出す。


「何かあったのかもしれないから俺が行ってくる、二人は待っててくれないか?」

「いいわよ」

「神保のためだったら……」


 二人から了承をとり、神保は萌の行った方へと駆け出す。





「はぁぁぁぁぃぃぃい?」


 ここでさっきの叫び声である。

 ミーアは口から魂が抜け出しそうなほど驚愕した。

 魔力ポイント7とか、赤ん坊でももう少し持っている。

 逆にミーアは萌のことが心配になった。

 もしあの場所で、神保とかいう男の子が突然発情して萌に襲いかかったら、魔術で抵抗することもできずに完璧に堕とされてしまう。

 なんて危険な組み合わせをしているのだろう。


「何でそんな少ないのよ……」

「ちょっと遊び過ぎまして」


 遊び過ぎる。

 萌が言ったのは拳で淫魔をぶっ飛ばす遊びの事であるが、この状況で遊び過ぎたと聞いたミーアは、不健全な妄想が頭の中をよぎった。


 ――もしかしてあそこの四人でエロエロな夜を過ごして、魔力を使いすぎてしまったのでは無いか。


 ミーアの身体がゾクゾクっと震える。

 魔力が一桁になるほどの激しい遊びとはどのようなモノなのか、あの神保なる少年はもしかして物凄いものの持ち主なのか。

 しかも淫魔もいるのに目の前にいる少女を可愛がるだけの精神力があるとは……。

 ミーアの頭の中が桃色になって煌めいた。


「脱がしたい……」

「はへ?」


 びっくりしたのは萌の方である。


 突然何言ってんだコイツ。


 目の前にいる萌に向かって突然『脱がしたい』である。

 もしかしてこの娘はとてつもなくエロいことが大好きで、普段から見る人見る人裸だと妄想して暮らしているのでは無いか。

 萌は身体がゾクッと震える。

 ねんのため言うとミーアとは違い、目の前で怒っていることに恐怖しているからであり。

 決して神保との甘い夜を妄想したからでは無い。



 ミーアは萌の反応を見て思う。


 ――やはり彼女は彼と遊んだのだ。


 それも物凄い激しい遊びを一晩中続けたせいで魔力が無くなっている。

 そして今夜はどうにもならないので、彼の収まらないエネルギーを溜め込むためのエルフメイドを買いに来た……。


「だから二人セットなのね……」


 ミーアは自分が双子を勧めたことも忘れて身震いした。

 この身震いは興奮と期待からの震えである。


 萌はその言葉でハッとする。

 もしかして、エルフメイドも少なからず魔力を持っているのでは無いか。

 萌自身の魔力が無くて困っているから、このエルフ売りは二人セットを勧めてくれたのではないか?


「そうです。魔力が足りなくて、一人でも多い方が良いかなって」

「その……。エルフさんは、身体の成長が遅いから幼女体型なんだけれど……。それでも良いのかしら、満足できる?」


 萌はロリっ娘は好きである。

 昔から父親が描いていたエロゲー原画を見て育ったので、どちらかと言うと可愛く喘いでいる二次元美少女は大好物なのだ。

 そして萌の脳内ではエルフは空想上の生物であり、三次元の女の子としては感じ無い。

 萌は可愛くて小さなエルフさんは大好きである。


「はい。小さくて可愛いほうが都合が良いかと」

「にゃぁぁ!」


 ミーアの猫のような叫び。

 あの男性は淫魔でも人間の女性でもロリでもオーケーなのか。なんて守備範囲の広い方であろう。


「あ! 萌~」


 ミーアはその声に思わず後ずさりする。

 超絶守備範囲の凄い人……。もし彼に襲われたら彼女自身逃げられるか分からない。

 ミーアはしがない奴隷売りであり、彼女自身は奴隷では無い。

 もしここで突然襲われても困る。


「神保さんでしたっけ!」

「え? 俺ですか」


 ミーアは簡易魔力計を取り出して神保に渡した。


「これでちょっと計ってもらえませんか?」


 神保はよく分からないまま、血圧計のような見た目をした魔力計を腕にはめてしばらく待つ。

 するとピーっという音がして、ミーアはその魔力計の数値を眺めて絶句した。


 ――3億を超えているですって!?


 3億を超えているということは、この人自身が古龍や神で無い限りそれに匹敵する魔物を倒したからとしか考えようが無い。

 古龍の出現観測はここ数年聞かないので、彼が倒したのは多分神系統の魔物や龍神様などであろう。

 だがそれだけの魔物を倒すには、それだけの魔力が必要となる。

 しかし龍神とは、天才的な魔術師が数十人固まってやっと倒せるレベルだと聞いたことがある。

 急所を的確に捉えて会心の一撃を食らわせれば、一人でも倒せることが過去にもあったという記録はあるが。

 そんな事を狙ってできるような人がいるはずが無い。

 龍神様自体が普段山の中に住み着いているのに、丁度急所に向かってしかもかなりの衝撃を与えなければ、龍神にダメージを通すことさえままならない。

 

 事実神保は偶発的にそれを成功させたのだが。


「あなたはいったい何者なの?」


 神保は口元をニヤリと緩め、ダン! と大きな音をたてて地面を踏みつける。

 背後に雷鳴。そして、ふわりと髪を乱す風でもあれば完璧なシチュエーションを作り、かぶってもいない帽子を直すポーズをとった。


「通りすがりの男子高校生だ」

「通りすがり……?」


 神保は唖然とする。

 このネタに突っ込んでくる人がいるのか。

 せっかく格好つけたのに何か虚しい。

 彼はクルッとターンしてから自身の服の襟元を引っ張った。


「この秋葉神保には夢がある! この世界の帝王になって、住みやすい未来を作るという夢が!」


 ミーアはポカンと口を開いたまま動けない。

 萌は嬉しそうに彼女自身の指を絡め合っている。このネタは、萌が大好きなものなのだ。



 この数分間の間にいろいろな事が起きすぎた。

 魔力が一桁になるまで遊んだという女の子や、魔力が3億とかいう、ふざけた数値を叩き出した男の子。

 ミーアはエルフ代を支払ってもらうよりも、この二人が出会った経緯の方が格段に知りたかった。

 だが誠実なる秋葉神保はゆっくりと前に進み出ると、ミーアに優しく声をかける。


「ところでエルフはいくらなのかな?」

「え……えっとですね。双子さん合わせて6500ポイントです!」

「どうやって魔力を受け渡せば良いかな?」

「えーとですね……」


 彼女はもう、目の前にいる男性の行動力に圧倒されていた。

 隣の彼女を思う存分可愛がり、自身の魔力で女の子の買い物代を支払ってくれる。


 ――なんて理想的な方でしょうか。守備範囲がもう少し正常であれば……。


「この魔石の最大蓄積値が6500なので、ここに魔力を移すんです」

「こうかな?」


 魔石に緑色の光が吸収され、先程まで灰色だった魔石はまるで宝石(エメラルド)のように綺麗な輝きを放つ。

 エメラルドの煌きを眺めながらミーアはペコリと頭を下げ、精一杯感謝の辞を示した。


「どうもありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。ところでこのエルフさんたちに名前ってあるのかな?」


 ミーアは面食らってしまう。

 これまでエルフを売った相手は勝手な名前をつけて連れ帰っていった。

 中には名前もつけずに早速目の前で撫で回した方だっていたのだ。

 それなのに彼は、彼女たちの親がつけてくれた大切な名前を使ってくれると言うのか!

 ミーアは必死に優しい声を出し、


「ショートヘアの方がお姉さんでジャスミンです。ツインテールの方が妹さんで、メリロットと言います!」


 神保はにこやかに微笑み、ミーアの頭を撫でる。

 彼にとっては全く他意の無い行動だったのだが、ニコポとナデポが同時に発動してしまった。


「あ゛」


 気づいたのは萌である。

 目の前で別の女の子を誘惑しやがった。

 彼女の頭の中ではミーアを敵対視するプログラムが羅列され、目をキラキラとハート型に変化させるミーアを見て危険を感知する。


「神保さん……」


 キュンキュン状態のミーア。

 人間にとても近い女性型ハイエルフ。はっきり言って美形で超綺麗。


「神保! 早く戻ろう」


 萌は必死に神保の背中を押して元の町外れまで全速力で駆け抜けた。

 後ろから四つん這いになった素っ裸のエルフメイ奴隷の姉妹が、ネコのように追いかけていく。


 その様子を眺めながら、奴隷売りミーアはたった一人取り残された。





「ダメなの! 分かる? 神保は女の子に笑顔を見せたり、初対面の娘の頭を突然撫でたらいけないの!」


 萌は必死に注意している。

 エルフ姉妹を買って数分後の出来事であった。


 四人は町外れでボサッと固まっていたのだが。しばらくして萌が一つの提案を出した。


「ここにずっといたら、淫魔さんが見つかっちゃうんじゃない? 指名手配とか受けてるんでしょ?」


 指名手配以前に彼女は魔王なので、人通りの多い場所を歩けばたちまち捕まってしまうだろう。

 それだけ淫魔を連れて行動を起こすのは非常に危険なことだった。


「帝王になるどころか犯罪者になっちゃうなんて……」


 この世界の帝王が前科持ちでもなれるものなのかは、ここにいる全員が知らぬことだったが、とりあえず四人には今現在するべきことがあった。


「三人の服を作らなくちゃね……」

「そうだね。どんな服装にしようか」


 素っ裸でしゃがみ込むネコ耳エルフと、街中の壁に突っ込んで来た踊り子淫魔。

 合わせて三人の衣服を作らなければならなかった。

 淫魔の服はもうボロボロな上、この格好で指名手配を貼られているのでこのまま外にいるというだけでいろいろと危ないのだ。

 いろんな意味でギリギリな格好というのもあるが。


「とりあえずどんな格好にしようかなぁ……」


 神保はそう言いながらも大体の想像はついていた。

 メイドエルフさんなのだからメイド服にしたい! という欲求が山々なのだが、そんな事を言って他の三人に引かれるのが怖くて中々発言できないのである。


「ねえ、萌はどんなのが良いと思う?」


 その質問に萌は困り果てる。

 なにせ彼女はメイドエルフの格好は父親が描いていたエロゲーの原画のイメージが強すぎて、それ以外で想像できないのである。

 ちなみにその格好とは、大事な部分だけが隠れていない真紅のリボンであり、誰がどう見ても衣服とは到底思えない代物である。

 彼女の父親はそれを描き終わった後脱力して寝てしまい、その時ちょうど後ろを通りかかった当時七歳の萌が見た光景だったのだが。

 そんな話を神保に言えるわけが無い。

 そんなこと言えば彼女は神保に『普段から頭の中はエロいことばっかりです』とでも公開するようなものである。

 彼女は必死に健全な服装を考えようとするが、出てくるのは全部危ない格好やらフェチ性の高い服装ばかりである。

 バニーとか巫女服とか絆創膏とか……。何で自分はこうイラスト系のコスチュームしか思いつかないんだろうか。

 何もかんも両親が悪い! あとお姉ちゃんも!

 何たる言い草であろうか。


「そんな迷うことかな~……。普通に給仕服とかで良いんじゃないの?」


 アキハの発言は迷える少年少女に革命を起こした。

 何もおかしい事なんて無いんだ。

 メイドさんであってエルフなんだから、別に変な格好では無い。

 自分たちはいつも集団内で趣味が変だと言われ続けてたから、そういう決断を自粛してしまっているだけなのだ。

 メイドさんがメイド服着てて笑う人間がどこにいるか。

 バニーガールがウサギ耳つけてて変だと言う人がどこにいる。

 巫女さんが巫女服着るなんて、会社員がスーツ着てるのと同じ事。

 何もおかしい事なんて無い。


「そうだね。アキハの言うとおりだ」

「私も……ちょっと考えすぎたかも」


 萌と神保はお互いに目を見つめ合い、同時に口を開く。

 きっと二人は同じ案を出すであろうという、言われなくても分かる幼馴染の関係として。


「メイド服!」

「全裸リボン!」



 唖然とする三人。

 カーっと顔が熱くなる萌。

 どこかで間違えたらしい。

 エルフイコール全裸リボンという方程式は、世界中探しても萌の頭にしか存在しなかったのである。

 固まる空気の中、萌はゆっくりと口を開いてポツリと呟く。


「お客様の中に、記憶を消せる方はいらっしゃいませんか……?」

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