第十一話「奴隷売りの少女(1)」
どれだけ治安の良い世界であろうと、そこには上下関係や身分制度なるものは存在する。
全国民は平等かつ公平だ。などと謳っていても、大抵はどこかから崩れ落ちる。
実際指揮官が存在し。その下に傭兵がいなければ、傭兵は戦わない。
何かをまとめる存在とは必要不可欠なものなのだ。
しかし、こうして上の立場を作ると、同時に何故か下落した立場を作られてしまう。というのは、致し方無いことなのだろうか。
――そう。奴隷のことである。
場所は変わって中心街北部。
先ほど宿街を歩き回っていた奴隷売りはゆっくりと迂回しながら、町外れの近くを歩いていた。
実際奴隷と言っても、日本で言うところの家政婦協会のような物であり、別に主従関係を結ぶわけでは無い。
だが中には悪徳業もあり、魔力や魔石と引き換えに従順な『奴隷』を売りさばく者もいる。
ちなみに、今売り歩いている少女ミーアは、悪徳業の方だった。
「エルフメイ奴隷いりませんか~?」
人外なので法で裁くことが出来ず、現在エルフやオーク――ゴブリンなどの奴隷は普通に売られている。
ちなみに販売している方はその後の奴隷の扱いに関して、
「優しく丁寧に扱ってくださいね」
とだけ言えば、買った人が悪徳奴隷扱いしても売り主は罪にならないのである。
打ち首のように身体に怪我を与える罰が健在したり、命を粗末にしたりと、日本と比べてあまり治安は良くない世界なのである。
ちなみにエルフメイ奴隷とは名前の通りエルフメイドの奴隷であり、本来としては、メイド服を着て通常勤務時間内での出張業務をこなすお仕事なのであるが。
ミーアが売っているエルフメイドは、悪徳扱いされる可哀想な奴隷だった。
「売れないわね……」
ミーアは壁に寄りかかり、ペットボトルに入ったスポーツドリンクをコクコク喉を鳴らしながら飲む。
半分くらい飲んだところで、彼女の視界に突然四人の人間が現れた。
「あれ? さっきまであそこに人いたっけ?」
ミーアはドリンクを飲むのをやめ。軽く溜息をついてから、エルフメイドの入った荷車に厳重な鍵をかけて四人のところへと駆け寄った。
「大丈夫……神保は何も間違ったことはしてないよ」
「こんにちはーっ!」
淫魔と人間三人の集団からは異様な空気が感じられる。
たった一人の男性はこの世の終りのような表情をしているし。淫魔は何故か踊り子みたいな格好をしている。
しかも何故こんな町外れに固まって座っているのか、ミーアには全くもって意味が分からなかった。
「あのぉ……。エルフメイドいりませんか?」
「エルフメイド?」
言葉に反応したのは淫魔だった。
淫魔は可愛がるのが好きな種族だが、この世界の淫魔は基本男性狙いである。
この淫魔に女性型エルフメイ奴隷を勧めるのは骨が折れるだろう。
ちなみに言うと、法に触れぬようミーアは売りさばくときはエルフメイ奴隷のことをエルフメイドと呼び、奴隷とは呼ばないようにしているのだ。
「そうです! 可愛いエルフさんが皆さんのご奉仕を行います。お金はいただきません!」
「お金がいらないなんて怪しいわね」
流石というべきツッコミをしたのは日本人代表の萌である。
タダより高い物は無いという日本の名言を知っている彼女は、ミーアの甘い言葉にひっかかる事は無かった。
「ぐっ……ええ。代わりに魔力か魔石を少々戴きたく……。気持ち程度で良いんですよ?」
ミーアは心の中で『なんて鋭い小娘だ!』などと悪態をついていた。
普通『タダでエルフいりますか?』と聞けば大抵の人間はホイホイついてくる。
その状態で荷車を開け、首輪を取るには魔力をこれだけいただきます。
などと言えば、もうエルフメイドが欲しくて欲しくて堪らない方々は普通に魔力を払ってくれる。
治安が悪い上に国民は能天気なのだ。
「少々ってどれくらい?」
「あら? お客様、エルフメイドに興味がお有りですか?」
かかったなアホが!
ミーアは心の中でそう連呼する。
引っかからない鋭い人間だと思ったが、興味があるならほんの少しの魔力くらい分けてくれるだろう。
後でその魔力を魔石に貯めて、魔石売りに売ればボロ儲けできる。
ミーアは人間に異様に近いハイエルフであり、頭脳はこの世界ではかなり発達した方なのだ。
「神保? 落ち込んでないで、可愛いエルフさんにでも癒してもらおう」
その言葉を聞き、ミーアは一瞬で理解する。
――なるほど。
この鋭い娘と神保とかいう男性は恋仲ね、もしくは兄弟だわ。
淫魔とこっちの彼女はきっとパーティの仲間ね。
支部ギルドかどこかから依頼を受けて来たか、観光でもしてるんでしょう。
ミーアはコホンと咳払いをしてから、持ち前の営業スマイルを作り、萌の耳元でこっそりと囁く。
「愛しの彼が元気になっちゃうような、とびきり可愛いエルフさんがいますよ」
「か……彼っ!?」
ミーアは萌の反応を見て首を傾げる。
恋人同士では無いようね……
でも往来で抱きしめてる時点で、通常の関係とは思えないんだけど。
萌は神保と自分の関係を暗に『恋人同士』と言われたことに、天に昇りそうなほどの幸せを感じた。
今にも辺りからファンファーレが聞こえてきそうなほど、幸福に緩みきった表情である。
「見ても良いですか?」
「良いですよ、どうぞ」
かかった! と気分の良いミーアは、萌を連れて荷車まで向かった。
「こちらになります」
「うわ~……いっぱいいるのね」
身体つき的にまだ少女だと思われるエルフたちは、目に涙を浮かべながら何も身につけずに座り込んでいる。その数は二十人程。
伺うような目つきをしているものや、茫然と空を眺めるもの――
「本当にこの娘たちはメイドさんなの?」
「はい! エルフメイドです」
萌は何故か違和感を感じる。
アニオタである彼女としてはメイドとは『ハ○テのごとく!』などに出てくるような、笑顔で華麗に舞う容姿端麗なお姉さんを想像していたのだ。
だが彼女の眼前に広がる光景にそのような明るさは存在しない。
人生から逃避しているような表情や何かに怯える視線。
素人の彼女でも『作り笑顔くらい作れば?』と口を出したくなるような惨状であった。
「それにしては……」
萌は上で思ったことを言葉に出そうと思ったのだが、言葉として発する前にミーアが口を挟む。
「服装のことですか? 服はご主人様のお好みに合わせて魔力で作りますので、その辺はご心配無くっ!」
商売人は突っ込まれては困る場所では自分の流れに持っていく。
ここで不信感を与えてはこの後の商売にも影響する。
とりあえず反論させるヒマも与えずに契約に持っていくことが最優先なのだ。
ミーアは萌の疑問をガン無視してテキパキと話を進めながら、とある双子のエルフを萌に勧めた。
「この二人なんてどうですか? いい子ですよ」
ミーアが勧めたのはツルペタなネコ耳エルフである。
ショートヘアとツインテールの少女たち。二人とも髪の色はライトな緑色だ。
ショートヘアの方はタレ目であり、ツインテールの方はややツリ目気味で八重歯が出ている。
どちらも整った可愛らしい顔をしており、表情さえ笑顔なら完璧だったと思われた。
「この娘たちがオススメなの?」
「はい! 可愛いしいい子だし、二人セットなのでお得ですよ」
実を言うと別にオススメでも何でも無かった。
だが双子なので同時に二人売れればミーアが儲かるからであって、この荷車に乗ったエルフメイ奴隷は全員いい子である。
ミーアの精神魔術で奴隷化させているので、とくに誰がオススメで誰が不良品なんて事は無く。
ミーアにとってこのエルフたちは、たくさん売れればそれでいいのだった。
萌はしばらく迷っていたが、小さく溜息をついて片手を上げる。
「買うわ。いくらかしら?」
「まいど! エルフ一人が4000ポイントで、二人セットで7000にしておきます!」
ポイント量は気まぐれである。
だがこの世界の人間は大抵数万ポイントは常時保っているので、この程度なら彼女でも払えると思ったのである。
とくに彼女は四人パーティだったので、もし彼女が数千ポイントしか持っていなくとも、その中の誰か一人くらいは払ってくれると見越したのだ。
「え……魔力7000ポイント?」
萌は困ってしまった。
何せ現在彼女が持っている魔力はたったの7である。
エルフ二人買うのに自分の全魔力の千倍ものの魔力が必要だとは……
「どうしたんですか?」
一向に魔力を差し出さない萌に、ミーアはイライラして急かす。
あまり人に言えるような商売をしているわけでは無いので、彼女はさっさとこの場から退散したかった。
萌はミーアの頭を下げて正直に謝る。
「すみません! 私のポイントは足りなくて買えません!」
ミーアは優しく声をかける。
「大丈夫よ。もしなんだったら6500ポイントにまけるから――でもこれ以上は絶対にまけないわよ?」
ミーアはとりあえずこの客に売ることを最優先にした。
事実ミーアの魔力も今現在数百ポイントしか無く、早く魔力を回収したかったのだ。
だからここは500ポイントくらいは捨ててでも、なるべく早くポイントが欲しかった。
だが目の前の娘は申し訳無さそうに俯き、蚊の鳴くような声でポツリと、常人の理解を超えた爆弾発現を投下する。
「ごめんなさい……私、ポイント今7なんです」
「はぁぁぁぁぃぃい?」
ミーアのイ○ラちゃんのような声が町外れに響き渡った。




