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プロローグ




 その前日(・・・・)


 大陸西部。辺境の村――『ミールスト』。


 簡単な飲食屋を営んでいるカトレアおばさんの店。

 奥のいつもの席で、僕たちはいつものように昼食を食べながら、こんな会話をした。


 人数は久しぶりに――とは言っても十日程度だが、四人。


 村の運び屋――ソラン(僕)。

 領主の次男坊――ユーリ。

 雑貨屋の店番(むすこ)――トール。

 村長の娘――ミリンダ。

 村の名物――『仲よし四人組』と呼んだり呼ばれなかったりする僕たちである。


「――そういえば、正式に許婚として認められたんだってな?」


 貴族っぽい(?)優雅な振る舞いでハーブティーの注がれたカップを傾けていたユーリが、ふと思い出したような調子でそんなことを言い出した。


 春生まれの十七歳。黒の長髪の美男子で帯剣している。


 こんな偏狭な村には似つかわしくない立派な服を着込んでいるが、さっきまで畑仕事に精を出していたので土であちらこちらが汚れている。

 彼が街の屋敷に帰ったら使用人さんが発狂するだろう。可哀相に。


 そんな彼の言葉に反応したのは、トールとミリンダの二人である。


「あぁ、君はしばらく村に来てなかったね」


 健啖に三人前はありそうな量を平らげていたトールが顔を上げる。


 春生まれの十七歳。村で唯一の雑貨屋の息子にして店番。


 そこそこ背の高い優男風の少年なのだが、燃費の悪い大食漢でもある。世の女性の大半を敵に回すいくら食べても体重が増減しない不思議体質の持ち主だ。


 手先が器用で、いつも小道具を持ち歩いているので、あちこちがボロイ村の補修を頼まれることが多く、店番なのに店にいないことが多い。


「ここ最近は抜け出しまくってたからな。家の連中に拘束されて、溜まりまくった仕事の処理をやらされていた」


「心配してたけど、やっぱり仕事をしてなかったのか?」


「何を言う。領地の視察も立派な仕事だ」


「さすがに畑仕事を手伝ったりするのは、領主の息子の仕事じゃないと思うけどね」


 苦笑しながら言う僕。


 秋生まれの十六歳。中肉中背。普通の外見。切る手間を惜しんでいたら伸びた髪をうなじで束ねているのと首からペンダントを下げているのが唯一の特徴として上げられるような少年が僕である。


「そうかぁ? 領民の苦労を知っておくのも大事なことだと思うぞ?」


「その前にあんたは、家の使用人の人たちの苦労も知ってあげた方がいいんじゃない? 立派な服が台無しになってるわよ?」


「見栄えが大事なのは認めるがね。時と場所にもよるさ。この村で見栄を張ったところで、誰が敬ってくれるのさ」


 確かに。仲よし四人組が結成されてからのユーリは、手のかかる悪ガキの一人という印象で固まっている。領主の息子だけど、それはそれというヤツだ。

 それはこの村でも変わらない。


「――それで?」


「ちゃんと村長と話をしたら、思いの他あっさりと認めてもらえたよ」


「………悶々と考え込んで、問題を勝手に難しくしていたのが恥ずかしくなるぐらいあっさりしてたわね。三日遅れの新聞を読みながら、『お前らがいいなら、それでいんじゃね?』だもんね」


 眉間に細くしなやかな指を添えて、ため息を吐くミリンダ。


 冬生まれの十六歳。


 金髪・碧眼。長い髪を青いリボンでまとめた村一番の美少女だ。


 村長の娘ではあるのだが、小さな村なので他の村民と一緒に畑仕事をしたりしているし、家事能力も万能だ。文字の読み書きも出来るし、都会に言っても通用するだけの教養もあるらしい(ユーリ談)。

 だけど、大陸西部の民らしく田舎の適度に平穏な暮らしを好んでいるらしい。


 子供の頃から面白いことが大好きで、僕とトールを引っ張りながら村中を駆け回っていた彼女がいなければ、ユーリと出逢うこともなく、今みたいに『仲よし四人組』として談笑する光景はなかっただろう。

 そういう意味では、ミリンダは僕たちの中心的存在でまとめ役だ。


 そして――トールの恋人でもある。

 この二人の初々しい恋人たちは、つい先日、正式に村公認の許婚になった。


「揉めずにすんで良かったじゃないか」


 なんだか不満そうなミリンダに、僕は穏便な意見を言う。


 お茶目な人だけど、締めるべきところはちゃんと締める村長さんに、二人の仲を認めてもらえるのかと悩んでいたトールとミリンダ。僕とユーリは村長の人柄と他人事ゆえの気安さで大した問題とは思っていなかったし、実際にあっさりと解決した。


「そぉなんだけどね。でも、なんてゆーか、こうね」


 もどかしそうに両手をワタワタさせるミリンダ。


「つーか、とっくにみんな気づいてたしね」


 僕たち以外には秘密にして、二月(ふたつき)ぐらい前から隠れて付き合っていた二人だが、こんな小さな村での逢瀬が隠し通せるわけが無いのである。早々と大人たちにはバレており、噂話は瞬時に広がり、微笑ましく見守られた挙句に、『あと何日で村長の元へと直談判に行くか』の賭けまで行われる始末である。


 ちなみに胴元はユーリ。村長も賭けに参加していたのは二人には秘密だ。


「それを宴会の席で聞かされたわたしたちが、どれだけ恥ずかしい思いをしたかわかってるの?」


「他言無用って言ったのはそっちだろ。俺たちは約束を守ったぞ」


 ウインクしながら言うユーリ。

 そういう気障っぽい仕種も様になるのは美男子の特権だ。羨ましい。


「まあ、ミリンダは手に手を取っての逃避行みたいなロマンスを期待していたのかもしれないが、今の時代だと社交界でもそういう話は聞かないな」


「娘が欲しければ、俺の屍を越えていけ――ぐらいの展開は期待してたけどね」


 僕は冗談めかして笑う。


「ニ、三発殴られるぐらいの覚悟はしてたよ」


 トールは苦笑。


「許婚認定ぐらいなら、親の受け取り方もまだ軽いもんなんだろ?

 そういうイベントは、結婚式前夜ぐらいにあると思うぜ」


「あ~、ありそうありそう。

 てか、この場合はどうなるんだ?」


「どうって?」


 小首を傾げるミリンダ。


「いや、ミリンダはトールの家に嫁ぐのか、それともトールが村長の家に婿養子になるのかって話だよ」


 まあ、小さな村なので、どっちにしても大した差は生じないと思うけども。


「え? 僕はまさかの村長候補なのか?」


 流石に恋人が『村長の娘』なのだから、その辺を少しは考えているのかと思っていたのだが、そういうことはあんまり考えていなかった様子のトール。


「あ。それはありそう。てか、確実に狙ってると思う。

 さっさと引退して余生をのんびり過ごしたいって、いっつも言ってるし」


 ミリンダはミリンダで、あっさりと予想を確信へと変える情報を提供。


「余生って、まだ三十代だろ、あの人……?」


 かつての戦乱の時代ならともかく、人生はまだまだこれからとも言える年齢だ。


「だからこそ、羽を伸ばして生きたいんじゃないの?」


「そーゆーもんかね」


「もとより俺たちは十五で成人認定なんだ。トールを村長にするにはまだ早過ぎるが、それなりの経験を積ませれば、三年ぐらいであっさり委譲させるのも不可能じゃないな」


「おいおい。僕が村長になるのを前提に話を進めないでくれ」


 僕とユーリは視線を合わせて、軽く唇の端を吊り上げる。


「なにっ!?」


「つまり、トールはミリンダを捨てるつもりなのかっ!」


「そーなのっ!?」


 乗ってくるミリンダ。相変わらず付き合いがいい。


「発想が飛躍しすぎだっ! そんなわけないじゃないかっ!」


 本気で慌てるトール。


「なら、村長になるしかないじゃないか」


「そーだそーだ♪」


「そう……なのかな?」


 悪ふざけする僕たちの攻勢に、揺らいでいくトール。


「ああ。そうだ。実家の雑貨屋を盛り上げる夢は、雑貨屋を盛り上げる村長として叶えればいいじゃないか」


「いや、それはどうだろう?」


 首を捻る僕の小さな呟きは無視された。


「……そ、うか。そうだな。それでよかったんだ。ほんの一瞬でも揺らいでしまった自分が恥ずかしい。夢を叶える手段なんていくらでもあるんだ。だけど、ミリンダとともに生きるためにはこの道を進むしかない。ならば、僕は迷わずに行く。

 すまない、ミリンダ。僕はもう君を絶対に離さない。絶対にだ」


 なにやら勝手に感極まったトールが、ミリンダを抱き締める。


「うん♪ ……でも、そこまでシリアスになる必要はないからね」


「ミリンダ……」


「……トール」


 そして、二人だけの世界に突入する。

 そのままキスでもしてしまえ。


「あ~、熱い熱い。ここだけ急に夏になっちゃったよ」


「全くだな。寂しい独り身同士で雑談でもするか?」


「ユーリの場合は、選り取り見取りなんじゃないの?」


「見合い話には事欠いてないのは事実だが、俺にはまだその気はないな。

 トールやミリンダが羨ましいと思う気持ちがないでもないが、今は現状に満足している」


「参考までに聞いとくけど、女性の好みは?」


「互いに練磨できるような関係が築けたら最高だろうな。容姿や性格や体格などには特にこだわりはない。要は、気に入るか気に入らないかの問題だしな。運命的な出逢いってヤツにでも期待しておくさ」


 余裕の表情でそんなことを言うユーリ。

 まあ、僕個人の見解としても、ユーリがそこの二人みたいにどこぞの女性と恋愛に現を抜かして(いるわけでもないけれど)、『キャッキャッウフフ♪』している図なんて想像もつかないのが本音だ。

 風のように自由な男なのだ。


「俺だけ聞かれるのも不公平だな。ソランの好みを聞かせてもらおうか?」


「そぉだね~。あんまり考えたことはないなぁ」


「それでも漠然としたイメージくらいはあるだろ? 人に語らせておいて、自分は沈黙するってのは意地が悪いぞ?」


「君も語ったって程でもないだろ。漠然とした人物像すら想像できなかったよ」


 ユーリは軽く肩をすくめる。


「願望というと如何わしくなるが、そういうものぐらいはソランにもあるのだろう」


「そうだね。僕より背が低い子がいいね」


「胸は?」


「大きいに越したことはない」


「容姿は?」


「いいに越したことはない」


「性格は?」


「優しいといいね」


「意外と欲張りだな、君は」


 ユーリがやや温度の下がって目で僕を見ていた。


「それが叶うかどうかは別として、望むのは自由だろ?」


 理想ってのは、好き勝手に思い描けるからこそ理想なのだ。妄想とも言うけども。

 ついでに言うと、叶わないから理想なのでもある。


「……確かに。

 ところで、これは単純な好奇心だが、ソランは村を出ようとは思わないのか?」


 唐突な話題変換――というわけではない。

 何らかの出逢いを求めるには、この村ではもう既に人材が枯渇しているのである。僕たちより年下となると十歳手前だし、年上となると二十代後半ぐらいである。


 小さな村というのもあるし、十歳ぐらいになると子供たちは領主の治める『トーテンタントの街』へと行き、とある学び舎で今後の人生の方向性を見出す教育を受けるのである。


 実際、僕たちも十歳から成人するまでは街で生活をしていた。

 そして、村へと帰ってきたのである。


 トールやミリンダにはそれぞれの理由があったのだろうけれど、僕個人としては大した理由はない。

 辺境であっても街は街で、その忙しなくも急かされるような生活が肌に合わなかったのが、強いてあげるならの理由だと思う。


「僕は今の日々に満足しているよ。

 当分は今の生活を続けていくつもりだ」


 ユーリが口ではそう言っていたように、僕も生涯の伴侶との出逢いを渇望してはいない。

 少なくても、今はまだね。


「そうか」


「さて、そろそろ仕事に戻らないとね」


 明確に決まっているわけでもないが、あんまり長く昼食休憩しているわけにもいかない。


「そうだな。そこのラブラブバカップルもそろそろ現実に帰ってこいよ」


「あ~、はいはい」


「わかったわ」


 まだ抱き合っていた――多分、ツッコミ待ちだったのだろう――二人が、パッと離れる。

 トールとミリンダがそれぞれの持ち場へと戻るのを見送って、僕もヨーランおじさんの手伝いをするために畑へと向かう。


「ユーリは、午後はどうするんだ?」


 傍らを歩くユーリに問いかける。


「あぁ、ちょっと用事があるから、夕方ぐらいまで少し出かけてくるよ」


「ふ~ん」


「そういえば、明日は本業の仕事があるんだったか」


 本業――運び屋である。


「あぁ、うん。君の街に届け物をして、ついでに不足している物の調達を頼まれている」


「なら、今日はソランの家に泊めてくれ。

 明日は俺の『翼』に同乗させてやるからさ」


「それは構わないし、むしろ色々とありがたいけれど、いいのかい?」


 主に、領主の息子的に。


「用事方面の理由で元から帰らない予定になっているから問題はないのさ」


「うん。なら、わかった」


「感謝するよ」


「それじゃあ、また後で」


「ああ、また後で」


 軽く手を振って、ユーリとも別れる。


「さて、それじゃあ僕もお仕事、頑張ろう!」






 それが何かの前振りになるわけでもない、僕たちのありふれた平穏な一幕。

 毎日は穏やかで、世界は平和で、とても暖かな光で満ちている。

 そんな日常に紛れ込んだ小さな出来事。

 きっと忘れられない出逢い。

 そして、そこから生じたちょっとした事件。


 これから僕たちが語るのは――

 小さな村の運び屋とその仲間たちが経験したちょっとした冒険の物語。







 新作です。

 あまり壊れたキャラにしないように。

 あまり暗くならないように。

 余計な設定を盛らないように。

 今回はそんな努力目標を掲げて、明るく楽しい物語にしたいと思っています。


 他にもいろいろと(ノクターンノベルでも)連載しているので、お時間と興味を持ってくださった方は読んでくれると嬉しいです。ご意見・ご感想などをもらえるとうれしいです。


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