鍛錬
修行場に来た。扉をしめて一人魔力を自分の影に集中する。
そうして目の前にもう一人の自分自身を影から創りだした。この魔術に特別な名前はないが、影を扱う魔術なので「影」の魔術と自分は呼んでいる。
この魔術は慣れるまで大変で、最初は操ることが出来ず影が勝手に動き出し無茶苦茶に暴れ回ったものだ。その時、親父に俺も影もぶっ飛ばされて「恐怖」を味わってから影が反乱することはなくなった。
その時の親父曰く「感情も同じものが出来るのだから恐怖を刻めば影が反乱することもない。反乱すれば次こそ本体が消されてしまうのだから。要はお前の心の持ちようだ」
その時の戒めが未だに生きているのかは分からないが。
とりあえず今、影は自分の思う通りに動くようにはなった。成長したな、と影を呼び出すたびに思う。
───と
「さて、いつもの鍛錬か」
影がこちらに言ってきた。
「今日は近接の鍛錬をしたいと思う」
「了解した、ではいくぞ」
お互いに距離を取り、構えを取る。
牽制で一撃入れるか。左手に火の魔力を込め発動。火の球を発射する。
が、それをジャンプで回避し魔術を撃ってきた。
それを紙一重で回避し距離を詰めるべく右足に風の魔力を入れ踏み込む。相手は空中にいる、ガードか迎撃の2択しかないだろう。
と思っていたら影が消えた。
「な・・・に・・・」
「読みが甘いだろう」
下から声がしたと気づいたと同時に腹に衝撃が走る。衝撃のあまり後ろに吹き飛ばされた。
このままでは壁に激突してしまう。空中で体制を立て直し壁に両足をつく。
ついたらすぐに地面に向かって突っ込んで両手をつき着地。
「2発目はよく避けたな、3発目があるが」
魔術妨害で3発目の魔術を消す。ちなみに2発目は壁に向かって飛んできた風の魔術だ。見てから回避なんてしてられない。
「舐めるなよ!」
思わず叫んでいた。
次の自分の一手が読めないわけではない。おそらく3発目を撃ったと同時に近接攻撃に入ってくるだろうと読み右手で防御する。案の定突っ込んで蹴りを入れてきた。
その蹴りを右足で防ぐ。が、蹴りが予想以上に重く左に飛ばされる。
とにかく受け身を、ひたすら防御・・・
それをしばらく続けていると影が薄くなりだした。
「まずい、今日はここまでだ。回収する」
そういって影を制止させる。
「もうそんなに魔力を使ってしまったか」
攻撃をやめこちらに歩いてくる。そうして無言で右手を差し出してきたのでその右手に触れ「影」を回収した。
影を回収することによって得られるメリットは、影自身が得た知識や経験を自分のものに出来ることだ。
だが魔力切れで影を回収しそこねた場合、影が得た知識経験は水の泡となってしまう。
例えばだが、ある試験勉強をしていたとしよう。本体の自分は魔術の勉強を、影にアルカディア語の勉強をさせていたとする。影は何らかの行動をとる度に魔力を消費していくのでしばらくすると薄くなりやがて消えていく。
それに気づいて影を回収出来れば影が勉強していたそこまでのアルカディア語の内容は自分自身のものになるし、時間も無駄にならない。
だが、それを回収しそこねて影が完全に消滅した場合アルカディア語は入ってこないわ今まで何をしていたのか、となるわけである。さらに影をかなり精密に作ろうと魔力を込めて作っていた場合、日に2体作るのはよっぽど調子が良くないと無理なので・・・
いやごめんなさい、やったことがあるんですはい。
あの時のことは忘れない、影にやらせていたから大丈夫と次の日アルカディア語の試験を前にして完全に凍りついたあの日を決して・・・!
それまで影をコントロールさえ出来ればデメリットなどない最強魔術じゃないと浮かれていたら足元をすくわれた形である。
影は創ったら必ず回収しましょう。教訓は今に活かされている。
ちなみに必死に書いたアルカディア語の試験の点数は下の下だった。具体的に言うとブービーの一つ上あたり。
親父にもばれて修行場でぼこぼこにされたあの時を・・死ぬまで忘れないと思う。
重要なことなので2度言いたい。影は創ったら必ず回収しましょう。
さて、と。影を回収し今日の鍛錬を復習する。
考えてから動いているようでは影にはまず勝てない。影は自身のベストの状態で創られるので基本性能で言うなら自分より上なのだ。それに勝とうと思ったら普段以上の思考と集中力で動きを読み切り攻撃を叩きこむことが・・・
別に言い訳したいわけではない。
したいわけではないが言わせてほしい。
魔力を使った後にそれは無理じゃね?
魔力も無制限というわけではない。
あまりに使うと気絶してしまうし、下手をすると死んでしまうケースもあるらしいので無理は禁物だ。
とりあえず鍛錬はできている。今はそれでよしとしなければ。
動きながらの魔力移動も滑らかになっているし、防御や回避も上達した気がする。影がこちらを攻撃していただけだが、防御のどこが薄く攻撃はどこが効果的も分かったし、逆にどう反撃すればいいのかもなんとなく分かった気がする。
後魔力が上がったおかげか、影がさらに影を作り出せるようにもなったようだ。最初の牽制で見せた影の動きはそれらしい。新しい自分の可能性が見えたな。
と、いつもこれの繰り返しだ。
こうやって本体が学べば学ぶほど影も自分自身なので学習しさらに強くなる。
強くなった自分が常に目の前にいるというのは、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
嬉しいような、悔しいような。
常に「こうありたい」という自分自身が目の前に具現化されるようで嫌になることもある。
が、有用な魔術だから毎日勉学に鍛錬にと使っている次第だ。