家族会議
家に戻り、3人でご飯を食べ、それが終わると3人の家族会議が始まる。
一つの机に前に両親が並んでいる形である。
「そろそろ学舎も終わりだろう。これから先はどうするつもりだ?」と親父が尋ねてきた。
「何のための学び舎だと言われたら優秀な魔族軍を作るため・・・だろう?魔族軍に入るんじゃないか?」と答えておいた。
「それはそうだが、じゃあ魔族軍のどこに行くつもりだ、と言い換えよう」
「剣兵に弓兵、新設された砲兵に魔術師部隊とあったよな?」と言うと、うむと答えが返ってきたので
「そうだな・・・弓兵部隊にしようと思う」と言うと
「お母さん心配よ、魔術師部隊なら神聖魔法が使えたら第一線で戦う心配もないし死なないからいいんじゃないの」 母であった。
「ちょっと黙っておいてくれるかな、元聖女様・・・」 はっきり言って全く参考にならない。
えー、いけずーと言っている母をおいておいて
「親父よ、俺は弓兵になろうと思う」
ふむ、と言われ
「お前、魔術師部隊じゃないのか?私はてっきりそちらに行くとばかり思っていたがな」
まあ、そうだろうなと思う。確かに俺は魔術は好きだ、趣味でもあるし実戦で使えるレベルにはしているつもりだ。だが、
「魔術師部隊は弱点も多い。親父に今更こんな説明してもしょうがないだろうが魔術は魔術妨害によって無効化することが出来る。全ての物事に対処できる部隊ではないのだ」
それが問題だ、と指摘すると
「なるほど、しかしなればこそ何故弓兵に?」
「弓兵には火矢という特殊な攻撃法があるだろう。あれなら火の魔術妨害も通用しないし、矢による攻撃が可能だ。非力な俺でも弓矢なら扱える気がするから、というのも一つの理由か」
ふむ、と親父が少し考える。そして次の一言を放ってきた。
「お前、死ぬぞ?」
「・・・それは」
「どこの部隊でも同じだと言いたいのだろうが、そんなことはない。生存率で言うなら最も高いのが新設された砲兵部隊だ。何故なら実戦投入されていないからだ。おそらく前線にいく事はしばらくないだろう。10年はないと言っていい、安全だ。最も死ぬのが剣兵なのは言うまでもないことで、近接攻撃を主とするからすぐに死ぬ。では魔術師部隊と言えば毎日本を読み、魔術の研鑽をするし実戦ではサポートに回ることが多いため死にづらい」
それを無言できく。まだ続くだろうと思ったからだ。
「さて、肝心の弓だが死亡率で言うならば高くはない、が。決して低くもない。おそらくこれらの部隊の中で最も運動量が多い部隊だとは言っておこう。一見射程のある弓だから剣兵より優位に立てるように思えるがそんなことはないぞ。剣兵に近づかれないようヒットアンドアウェイを繰り返す必要はあるし、常に動き続けなければならない。有利な地点へ常に。その際必要となるのはとにかく体力だ」
「悪いことは言わない、弓はやめて魔術師になれ」と言われ
「親父よ、質問があるのだが」
「なんだ?」
「弓部隊にもいくつか部署があるはずだ。単純に弓だけを射るだけというわけではないだろう?」
「そうだな、剣兵にも体力のないものは剣を手入れする役もあるし、弓も当然あるだろうな」
「そこで人は死ぬのか?」
と尋ねた所で親父はうーむと唸り、
「正直な所、細かい所まではわからないのが実情だ。が、戦場に出ないのだから死なないんじゃないか?」
「と、俺も思う。だから弓部隊に行く」
そこでなるほど、と納得したのか
「弓部隊の後方支援に回るわけか」
「その通り」
と、そこで
「お母さん心配よ、後方支援に必ずしも回してもらえるかしらね」
「・・・どういうことだ?」
「非力だからと下げてもらえるかしらね、と言いたいのよ」 先ほどの呑気な感じではなく、いつになく真剣に言う母。元聖女だからか、そこには威厳すらあった。
「いい?私も非力だったし、体も弱かった。けれど聖女という役目を負わされたわ。ただ神聖魔法が使えるからという理由だけでね」
魔術ではなく魔法。通常の人間や魔族でさえ使えない奇跡。見たことはないが、人を蘇生させることすら出来るらしい。
「私は利用されてきたわ。けれど疑問にすら思わなかった。私だけが神聖魔法が使えてきっと天から選ばれた人間なのだろうとすら思っていた。だから当然人間族の最前線に立つべきだと、それが責務だと思っていた時もあった」
それを黙って聞く。おい、と親父が制そうとしたが母はそれを止め
「今はそれは違うと思うの。いざ戦争が終わったら私は聖女で最も魔族に対抗した人間として処刑されそうになった。周りの人間達は私をこぞって魔王に差し出したわ。結果的にこの方と出会えたから助かったし結婚までして貴方という子まで授かってよかったけれど、あの時は人間たちに裏切られたと思った」
「ま、まあ実際裏切られてたな」と親父。よっぽどその時のことが酷かったのだろうか、親父が口ごもっている。
「人間なんてそんなものよ?平気で人を裏切るし、調子がいい時は祭りあげるし。貴方も非力だからと下げるかしらねえ。むしろ非力だからこそ前線に出すんじゃないかしら」
「どういう意味かわかりかねるが・・・」
「要はいじめよ。そうね、彼らから言わせれば試練・・・かしら」
「試練?」そんなバカなことをするのだろうか。人の命がかかっているのに?
「そう、人間は愚かだから何でも試練だとか言うし、そう思わせる。私もそう思って最前線に立っていたわ、本当は怖かったのに」
それを黙って聞く。
「そして安全圏にいる人間は後ろからこれは試練だと最前線の人間に言うだけ。実際に死んでいった人間たちは非力で、その言葉を鵜呑みにして信じる、知恵もない人間たちだった。本当の敵は誰かしら、悪知恵の働く人間たちではなかったのか」
ふむ、そんなこともある・・・のか?
「ところで母よ」
「なーに、ヴェル」
ヴェル、とは俺の名だ。ファフニルはあくまで名前の一部に過ぎず、フルネームはヴェルファリア・ファフニル・エルグランドという長ったらしい名前なのだが面倒なのでヴェルである。ちなみにメルコにはこの名前の一部「ファフニル」を名乗っているだけにすぎない。
「それが本当だとして、最も悪知恵が働くのは魔術師部隊ではないのか?彼らは常に研究したいと思っているし実戦に出るとは思えないんだが」
少し考える仕草を見せ「それもそうね。・・・あなた?」
「え?な、なんですか母さん」いつになく萎縮する父。体は大きいが、何故か今は小さく見えた。
「そんな所に息子を入れようとしたの?弓部隊でいいじゃない!」
「あのですね、けど安全なのは魔術師部隊なんですよ」
「どうかしら。ヴェルは人間に見えるし、真っ先に魔術が使えそうにないからと最前線いかされそうよね。研究すらさせてもらえないかも・・・。ああ、そう考えたらダメね。まだ実戦経験の積める弓部隊のほうがマシかも」
「母さん、分かってもらえるか!」と無理やり納得させようとする俺。
「ええわかったわ!弓部隊、認めましょう!けどこれだけ約束しなさい」
母は笑顔で俺の手を取り、そしてこう言葉を続けた。
「死なないことと魔術の研鑽だけは毎日しなさい・・・いいわね」
思わず唾を飲み、なんだこの威圧感はと思いながら
「は、はい・・・」
と答えた。
「幸い魔術書はこの家に全てといっていいほどあるわ。有用な魔術はここで学び修行場で試しに全部使いなさい。・・ってあら、私としたことが。魔術師部隊なんていかなくても魔術は使えることに今更気づいたわ」
ほほほ、といいながら母は奥の方に消えていった。
「なあ、親父よ・・・本当に魔術書はここにあるのが全てなのか?」
まあ、実際数千冊とあるが。当たり前に図書室があって、当たり前に毎日読んでいたから気にしたこともなかった。
「そうだな、文献そのものに残っているものはまだ少なくおそらくここにあるものが全てだろう。私自ら執筆したものも多くあるし」
・・・何か引っかかる。
「なあ、魔術師部隊って一体何をしてるんだ?」
「それは魔術の研鑽のため魔術書を読んでいるが・・・あ。ここの半分も魔術書ないわ」
「おいっ!」思わず突っ込んでしまった。
それって役に立つのかと問いたくなったが、それを現魔族軍参謀長様に言うわけにもいかなかったのでやめておいた。
「まあ、魔術とはそうおいそれと教えるものではないんだよ。手の内がばれてしまえば終わりなことは十分わかっているだろう?」
と父に言われ無言で頷く。
「中には危険な魔術もあるわけだし。魔術師は往々にして好奇心の強い生き物で、すぐに実験しよう試そうとする」
それにも無言で頷く。
「中には呪いの魔術もあるし、条件さえ整えばどこからでも他人を殺す魔術もある。殺すなんて生易しくなく、じわじわと体を腐らせる魔術だって存在する。まあ、お前は知っているだろうが使おうとするなよ?」
「分かっている」
「問題は気軽に試そう、使おうとする輩がいることが問題なのだ。そうだな、倫理上の問題とでも言おうか。そういった方面の整備はまだ行われていないのが実情だからいずれルールも徹底させねばと思っている所だ」
「なるほどな・・・」
「幸い、私も母さんも魔術妨害だけでなく魔術耐性もあるからその手の魔術は一切通用しないので気にしなくてはいいのだが、全員がそうというわけではないだろう?」
「それは、そうだな」
「お前も妨害も出来れば耐性も高い。だからさほど気にする問題でもないだろうが、全員が全員そうではないことをしっかり覚えておいてくれ。でないといずれ周囲から足元を崩されてしまうことになりかねないぞ」
「ふむ・・・」
少し考え、思ったことを口にする。
「例えばの話だが、魔術師部隊に頭が上がらないんじゃないか?剣兵も弓兵も、新設された砲兵は分からないが」
「む?というと?」親父が身を乗り出してくる。興味をもってもらえたようだ。
「いやなに、呪いの魔術も存在するわけで、魔術に対して知識や抵抗力のない人間たちを脅す魔術師も当然いるんじゃないかと思っただけだがどうだろうか?」
と言うと親父はニヤリとして
「だから魔術師部隊にいけと言ったんだがな?」
・・・なるほどな。実態はそういうことか。
「人が悪いな、そこまで説明したら母は魔術師部隊にいけと言ったろう」
「まあ、私も魔術師部隊がいいとは思うのだぞ。死なないのも事実だ。だが、現場を、現実を知るには弓兵あたりがちょうどいいのかもしれんとも思っただけのことだ。まあ、それに・・・」
「それに・・?」
何かあるのか?
「ああ、弓兵の一人とは古い知合いで親友なのだ。あいつにならお前を任せてもいいと思った。が、あいつには何も伝えないがな」
「よく分からないが・・・」
「あいつがまずお前という存在に気づくかどうか。弓部隊と一言にいっても数百人はいるだろう。さらに新人としてお前含め何人入るかは分からないが、その中からお前が気づいてもらえるか、そこからだな」
「要は俺を試すということか?」
「そういうことになる。悪く思うなよ」
そう言われ、思わず笑みがこぼれた。
「いやいい、面白い。その弓兵が誰かは知らないが親父の親友なのだろう。少なくとも俺がそいつに気づくんじゃないか?」
「どうだろうな・・・」珍しく牙を見せるほどニヤリとしながら親父はそういった。