屋上へ
さっきいたのが2階で、今は3階だ。そして屋上に行くには「ここ」を登るしかない。学校の隅に存在するこの場所。真正面から見ると一見突き当たりなので人は誰も来ない。
いつ来てみてもなんとなく心踊るこの場所。しかし同時に面倒でもある。やや目を上に上げると見える壁についた鉄の取っ手。高さは自分の身長が160cm前後なので2m弱・・・といったところだろうか。その取っ手がさらに上に続いて、しばらく上がると屋上を塞ぐ四角い鉄板がある形だ。
身長が高かったり魔族の羽があればすぐにも上がれるのだろうが・・・といつも思う。が、ないものねだりをした所で仕方もない。
「メルコ、いつも通りのやり方で上がるからちょっと下がって」 そう言うと後ろからうん、と小さな声が聴こえてきた。お、いつもより少し弾んでるように聴こえたぞ。
そういう時はメルコの機嫌は良かったりする。音のニュアンスで相手の気持ちが分かるようになってきたのかも。
と考えつつ両足に魔力を集中する。
と───
「いつみても凄いね、ファフニル君の魔術」
「ん?え、何が?」思わず振り返ると、そこには目を輝かせながら、しかし同時に少し震えながらメルコはそこにいた。
「それって風の魔術でしょ?私には視えないけれど、魔力は感じるよ近くにいるからだけど」
メルコは「通常」の魔術で震えることはない。が、俺の魔術だけは決まって震えるのであった。最初こそその理由が分からなかったがしばらくこいつと付き合った今なら分かる。だからこう答えた。
「安心しろよ。お前に才能がないわけじゃない。視えないさ、誰にも。視えないように使ってるんだからさ」
「そんな、困ったような悲しそうな顔しないでよ」 震えながらも微笑むメルコ。俺、そんな顔してないと思うんだが。
「別に、誰かに見せるための魔術じゃないんだからいいんだよ。それにお前は分かってくれる」
それで十分だ、と言おうとしたがやめた。正直そりゃ分かって欲しい。視えない魔術も立派な魔術で、実戦においては最強だとも思ってる。けど、学校は万人に見える魔術しか勉強しないし、そこしか評価しない。否、出来ないんだ。だって「視えない」のだから。見えない努力や結果を他人が評価出来ないのと同じだろう。
「・・・調子狂ったな、いいから行くぞもう」
もう一度取っ手の方を見てジャンプ。一つ目の取っ手に手を伸ばそうとして失敗した。
「うお!?飛びすぎた!」
ええい仕方ないと7つ目の取っ手を取る。うーん、魔力調整にやっぱり難ありだな。もっと繊細な魔力調整をしないと役に立ちそうにない、か。
と、考えていた所に おーい、おいてかないでよーという間の抜けた声が下から聴こえてきた。あ、メルコ忘れてた。
「すまない、調整ミスって飛びすぎた。今降りるからちょっと待ってろ」
一段目まで降りて手を下に伸ばす。が・・・
「んー!んー!」
メルコはピョンピョンと跳ねているのだがその手にすら届かない。お前のジャンプ力はどうなっているのかと問いたくなるがかわいそうなので黙っておくことにした。そもそも飛ばなくてもその身長があれば掴まれるのでは、ああもう考えるのも面倒だ。
「あー、面倒だから魔術使ってくれるかな」
「・・・ごめんね、最初からそうしておけばよかったね」
申し訳なさそうにメルコはそう言うと風の魔術を使う。足元に薄く緑色に発光する風の足場を形成してそこにゆっくりと上がってきた。
「あわわわ、足場が安定しないよ」 ・・・ぐらついている。まるで酒の飲み過ぎで酔っ払って千鳥足になってる人間のような動きをしている。しかも足を器用に揃えたまま。
見ていて飽きないけどとりあえず屋上に行きたい。
「なあ、いつも思うんだが。なんで風の魔術で上がろうとするんだ?土の魔術で土台でも作って上がったほうがいいんじゃないか?」
あっ、その手もあったかとボソっと言ったメルコではあったが首を振って
「いやいやいや、ファフニル君も風の魔術じゃない!」
「いや、効率的だからそうしただけだけど」
「私のもこーりつてきなんだよ!」
「・・・そうか?」
どう考えても安定しない風の力場に足を置くよりきちんとした土台にでも乗ったほうが効率的だろう。
メルコは慌てながら
「そうだよ!そっ、それに・・・掃除も大変でしょ!」
「・・・そうか?砕けばいいんじゃね?」
「砕いた後の砂掃除はどうするのさ!」
「んー・・・。後で魔術妨害するから問題ないだろう」
「え、ええ!?その発想はなかったよ?」 またもぐらつくメルコ。
「いいから手を伸ばせ、話はそれからだ」
「あ、ごめんね・・・うん」
メルコの手を右手で取り・・・ってうお!やっぱりズシリと重い。
「おい、ちょっと重いんだけど」
「なっ・・・。女の子に重いとか言ったらダメだよ!」
あ、そうかこいつ女だったなそういえば。忘れてた。
「今失礼なこと考えてたよね?声に出てたよ!」
「あ、ごめん口にしてた?悪気はない」
「そうだろうね、最低だよ!」
とりあえずこれ以上は面倒だし、何より重いので
「ちゃんと取っ手取れよ?」と一言言っておいて右手に魔力を集中。そして風の魔術を使う。メルコの重量を持ち上げやすい重量に調整し一気に引き上げた。
メルコが2つ目の取っ手をしっかり握ったことを確認した所で頭に衝撃が走り、持っていた取っ手を手放してしまった。
地面に着地して上を確認しようとしたらはわわわと言っているメルコが。
「ご、ごめんね。足が当たっちゃった」
「あー、もう慣れてるしいいから上がってくれ」
おー痛い。頭がガンガンする。とりあえず地面にしゃがみ込む。
頭を蹴られて痛みが走る度いつもこれはどうにかならないのかと思う。一見万能そうに見える「風」属性の魔術。上手に扱えば自分の跳躍力を向上させたり、他人の体重をコントロールしたり出来るわけだけど「触れていないと効力を発揮しない」というのはどうにも扱いづらい。・・・と言っても風属性を「補助魔術」として扱う人間が自分以外いないのだから仕方ないか。
と、考えていると上から
「上見ちゃダメだからね!下着見えちゃうから」と声が聴こえてきた。ああ、そうか。スカートだったなそういえば。興味ないから見ていなかった。
が、言われるとなにか気になるな?気になるけど、ここで「悪い、気になるから見る」と言うときっとドジなメルコはスカートに手を伸ばして下着を隠そうとして・・・落下するんだろうなあ。
と、考えたらそれをフォローするのも面倒なので
「いいから屋上いけよ!」
といっておいた。
やれやれ、屋上一つ行くにも大変になったものだな。一人の時はこんな苦労も時間もかからなかったのに。
けれど、こういう一見くだらない時間も一人では味わえなかったものだ。だからメルコには感謝しているが、その伝え方もよく分からないし伝えるのも何か気恥ずかしい気がした。
と───
「ねー、鉄板が上がらないよー」 上から間の抜けた声が聞こえてきたので
「・・・やれやれ。取っ手のほうにくっついてろ。いいというまで動くなよ」と言いながら立ち上がる。そして上を確認しようとしたところで
「うーん、って上見ないでよね!?」
「悪い、こればっかりは鉄板を確認しないと出来ない。下着なぞ見るつもりはないから安心しろよ」
「え、興味ないっていうの!?」
「・・・面倒だな、おい!」
そう言いながら右手に魔力を集中させてかなり高い位置にある鉄板に向かって風の魔術を使う。緑色に輝く一陣の風が鉄板に当たり鉄板が左に跳んだ。
ガシャンと重い鉄が落ちた音がした。
「わー、すごーい」とメルコの関心した声がそれに遅れて聞こえてきて、
「ああ本当に凄いな。驚いたよ、お前・・・黒なんて履いてるのな」
「もぉ!?見ないでっていったのに!」はしゃぐメルコがいた。嬉しそうだな・・・、ということにしておこう。
「はいはい、分かったから屋上いけよ」
屋上に出てしばらくメルコの気分を宥める時間が必要だったのは言うまでもないことであろう。