騎士エクセルの独白
はじめて彼女と会ったのは彼女が召喚されてから3日後のことだった。
神から浄化の役目を仰せつかった聖女ではなく、異界からなんの前触れもなく連れ去られ、当地に降り立った少女だったと聞いた。気丈に、お持ちになっていたぬいぐるみを抱きしめながら、神官長の挨拶を聞いていたという。ぬいぐるみをお持ちとは、まだほんの少女ではないか。
それなのに、異界渡りで姿を現して早々に神官長、宰相をたった一言で無力にし、食えない王弟――騎士団長でもある男を唸らせた。
いったい、どんな方なのか。
顔合わせの際は、胡乱な視線を寄越したものの、「よろしくお願いします」と一言。
自制心があるのだ。泣きわめいても意味がないと思っている。だが、こちらを信用していない。まぁ、彼女の立場からすれば、もっともなことである。
わたしも、もともと愛想のよい人間とはいい難い。
彼女のせいではないが、こちらも騎士団をやめさせられ、護衛に付くことになったのだ。
役目は果たすが、踏み込むつもりはない。お互いに必要最低限の挨拶のみだった。
聖女は身の回りの世話は不要といい、自分でできると周りに人を寄せ付けない。
挨拶はするし、話しかければ答えてくれるが、殻に閉じこもったままだった。
そうやって、無言で怒りを発している。
この状態がずっと続くと思っていたが、ある日を境に変わった。
特別に何かあったということはない。だが、空気が柔らかくなり、笑顔が見られるようになった。
きっと、もともとは素直な明るい方なのだろう。
わたしに対しても、無言の怒りから遠慮のない言葉での文句が聞けるようになった。その後、八つ当たりをしたと謝ってくれるようになった。「エクセル」というよくわからない愛称で呼ばれるようになった。周りのものに笑いかけ、気負いなく感謝の言葉を言ってくれるようになった。
そうなると、周りの空気も変わっていく。
それはまるで冬から春に季節が変わっていくさまを見ているようで、目が覚めるような驚きを感じたのを覚えている。
それからは彼女本来の人柄がでてきた。
神官長とはたまにお茶をしており、それはまるで仲の良い祖父と孫のようだ。
雑談をしているかと思えば、いつのまにか我が国の教育制度などについて語り合っている。今度神殿から新しい国民への教育制度についての提言があるそうだ。
騎士団長とは軽口をたたき合う。二人して、微妙にわたしを肴にして遊んでいる。
氷の騎士といわれるわたしをだ。団長が帰った後、たまに「オニノフクチョー」「ヒジカタサン」と言われる。謎だ。
侍女とはかなり仲良くなり、もはや友人に見える。
そして、その侍女は神子から「表」の作り方を教わり、わたしに訪問者情報を渡してくる。そのうちに、いろいろな角度から訪問者を分析し始めた。
今日渡されたものは、今月の神子にアポイントなしで訪問してきた者の日時、用件、その人物の略歴、派閥などが記されている。また、訪問者の派閥の割合を円グラフで示す念の入れようだ。
ちなみにグラフについては数種あり、わたしも神子さま本人からそれぞれどのようなものかを教わった。これは使える。宰相に伝えたところ、瞠目していた。今度、政務に採用されるそうだ。
そのように知略に富んだ方なのかと思えば、そんなことはなかった。浄化一辺倒ではなく、休みを取る。休みの日に街に繰り出して、市場で買い食いをする。遠征の際に森の魔物に怯えた姿は普通の少女。それなのに浄化を徹底的に行い、そのせいで力を使い切り、急に倒れる。彼女のぬいぐるみはしゃべりだし、わたしと意気投合した。リザードマンを護衛にほしいという。あっという間に護衛の気を弛ませる。私の身体を気遣って、朝晩、『聖女の癒し』で癒して下さる。期せずして翻弄される日々。
何なんだ。読めない。次は一体どう来るんだ。
――そう思いつつ、密かに楽しくなっていた。
そして、この方はこの世界のことを考えてくださっている。もう元の世界でなく、こちらの世界で生きていく決心をなさっていると勝手に思い込んでいたが――違った。
「あっちには家族がいるからね。時間の流れが違うらしいから、わたしがいなくなったことに気がついてなかったらいいんだけど。家族が行方不明って状況にさせたくないの。だから、絶対に帰る。帰らないと、家族が不幸になっちゃうから」
浄化は必要だ。だが、浄化が終わると神子は帰るのか。
そうだ。最初から彼女はそう言っていた。
あらためてその事実を考えて、愕然とする自分がいた。そんなことにも思い至らないとは。
己の都合良く、勝手に彼女が考えを変えたと思っていた。
いい大人だぞ。俺は。
「あ、でもね。こちらの世界も大事になっちゃったのよ。悔しいんだけど。だから、世界を行き来できるように研究依頼しているの。欲張りだから両方ほしいのですよ」
この方は、しなやかに強い。
そして、わたしは瘴気が完全になくなることに対して、複雑な思いを抱えることになった。




