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不治の病

作者: 小春日和
掲載日:2026/07/08


もう、私の命は長くない。


幼い頃から身体が弱かった。


原因は遺伝子異常。


ピッ


ピッ


ピッ


病院独特の


心電図の音が静かな部屋に一定のリズムを刻む。


医者は難しい顔をして言った。


「現在の医療では解明されていない病気です」


幼い私には、その意味はよく分からなかった。


ただ、自分は長く生きられないらしい。


それだけは理解していた。


「どうにか、少しでも長く生きられないでしょうか。」


両親は涙ながらに医師に懇願した。


誰も私たち家族と目を合わせる医師はいなかった。


そんな中。


1人の男だけが真っ直ぐに私たちを見た。


白衣を着た若い男。


歳は二十代後半くらいだっただろうか。


彼は優しく笑って言った。


「大丈夫ですよ。任せてください。」


「あ……ありがとうございます……!」


治療の方法は分からない。


これから具体的に何をしていくのか。


でも医療知識のない両親にとって、


方法は二の次だった。


とにかく長く生きて欲しいと願った。


少しでも可能性があるなら。


「悪い所が出る度、その箇所を少しずつ治して行きましょう」


「寿命を伸ばしましょう。少しずつ少しずつ。」


若い白衣の男はそう言って優しく微笑んだ。


その頃の私は、視力を失いつつあった。


メガネによる補正が無いと光と影しか分からない。


世界が少しずつ暗闇に沈んでいく。


そして手術をした。


目を取り替えた。


私の目は人工物になった。


手術の後。


男の顔がはっきりと見えた。


出会った時ははっきり分からなかったが、男の笑顔にどこか不自然さを覚えた。


まるで張り付いたような不気味な笑顔だった。


「あぁ、よかった。これでまた少し長く生きられますよ。」


手術の後、彼はそう言った。


それから数年後。


今度は脚が動かなくなった。


骨が通常の人より弱く、脆くなっていたらしい。


関節がカクカクと音を立て軋む。


私はまた手術を受けた。


私の足の骨は人工物になった。


「あぁ、よかった。これでまた少し長く生きられますよ。」


さらに数年後。


肺が機能しなくなった。


ぜぇぜぇと苦しい呼吸音。


私は深く息を吸えなくなった。


また手術をした。


私の肺は人工物になった。


「あぁ、よかった。これでまた少し長く生きられますよ。」


身体のどこかが壊れる。


すると決まって頼る先はいつもの男だった。


手術をする。


人工物に置き換える。


また壊れる。


また取り替える。


その繰り返しだった。


その手術の影響なのだろうか。


不思議なことに私は歳を取らなかった。


二十歳を過ぎても。


三十歳になっても。


四十歳になっても。


鏡の中の私は変わらない。


けれど。


両親は違った。


年々年老いた。


どんどん身体が悪くなった。


どんどん記憶力が衰えていった。


そして、もう私の前に現れなくなった。


「会えなくなるのは何となくわかってました」


いつものように鳴り響く医療機器の音。


病室で私はそう言った。


「何故です?」


白衣の男はカタカタと電子カルテをまとめながら私に聞く。


「音が徐々に遠くなっていたもので」


「音?」


「ええ」


「両親の心音です」


少し驚いた表情で私の方を見た。


「聞こえるのですね」


「はい、この前の手術の副作用かもしれないですね」


私は耳に手をやる。


近くにいる人の心音が聞こえる。


生命力が強ければハッキリと。


元気がなければそれなりに。


それにより死期を何となく察することができるようになっていた。


生きる者の心音はまるで


別れまでの時を刻む振り子のようだった。


「耳がとてもきくようになりました」


「なるほど」


そう言ってカルテへ向き直る。


そして


そんな他愛ない会話をする白衣の男もまた、


私とは違った。


少しずつ皺が増えた。


髪に白いものが混じった。


背筋が少し曲がった。


そして


徐々に心臓の音が遠くなっていった。


それでも彼は手術のたびに現れて、いつもの言葉を口にした。


「あぁ、よかった。これでまた少し長く生きられますよ。」


「どうして、そこまでするんですか?」


執念に疑問を感じた私はある時彼に質問した。


「ああ、」


彼は静かに私に向き直った。


ベッドに横たわる私に視線を合わせてしゃがむ。


「あなたのご両親が強く願われましたのでね」


「どうにか、少しでも長く生きられないでしょうか――と。」


そう言って静かに立ち上がる。


「私は、その使命を全うしているだけです。」


そしてまた。


昔から変わらない、


貼り付けたような笑顔で


私に微笑みかけるのだった。


六十年後。


男の手は震えるようになっていた。


七十年後。


車椅子に座った彼は、酸素マスクを付けていた。


九十年後。


彼は病室に来なかった。


代わりに、一人の女性がやってきた。


若い白衣の女だった。


「初めまして。」


彼女は微笑む。


張り付いたような笑顔。


不気味ささえ覚える表情。


だが不思議と、どこか懐かしかった。


「祖父がお世話になっていました。」


祖父。


その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。


「……祖父?」


「はい。あなたを長く診ていた医師です。」


「ああ」


窓の外を見る。


空は変わらず青かった。


「彼ももう、会えなくなりましたか」


私は小さく呟いた。


両親と同じように、


白衣の彼の時間もまた、終わりを告げたのだな。


「ええ、でも」


「祖父は言っておりました。


最期まで貴方の治療に携われて、幸せだったと」


「そうですか」


いつの間にか、街の景色は知らないものばかりになっていた。


飛ぶ車。


空中を走る鉄道。


見たこともない建物。


けれど


私は変わらない。


昔のまま。


二十代の姿のまま。


若々しい。不気味なほどに。


ピッ


ピピッ


……


ピッ


心電図の音に僅かな異常がみられた。


僅かな異常に白衣の女が反応する。


「そろそろ、心臓のメンテナンス時期ですね。」


彼女はカルテを見ながら言った。


「心臓も人工物でしたか。」


私は笑った。


「もう覚えていない。」


目も。


骨も。


肺も。


耳も。


肝臓も。


腎臓も。


血管も。


皮膚も。


いつからか、脳すら人工物に置き換わり始めていた。


記憶を補助する装置。


神経伝達を補助する回路。


それがなければ、


私はもう考えることすらできないらしい。


「問題ありません。」


彼女は祖父と同じ笑顔を浮かべる。


「これでまた少し長く生きられますよ。」


その言葉を聞いた瞬間。


私は初めて思った。


長く生きる


それは本当に幸せなことなのだろうか。


死なない。


いや違う。


死ねないのだ。


壊れた場所は取り替えられる。


壊れた部品は修理される。


寿命という概念だけが、私から失われていた。


病室の窓に自分の姿が映る。


艶やかな髪。


シミひとつない肌。


曇ることのない瞳。


疲れを知らない若い身体。


けれど。


この目は偽物だ。


この肺も偽物だ。


この骨も偽物だ。


今この瞬間。


胸の奥でトクトクと一定のリズムを刻んでいる心臓。


これも偽物。


考えている脳。


これも偽物。


身体のほとんどが人工物。


では。


私はどこにいるのだろう。


脳か。


記憶か。


意識か。


もし脳のすべてが人工物に置き換わった時。


今ここにいる「私」は、本当に私なのだろうか。


それとも、


とっくの昔に死んでいて。


私はただ、私の記憶を持った『何か』が動いているだけなのだろうか。


白衣の女が言う。


「手術の日程ですが——」


その声を聞きながら。


私は窓の外を見る。


知らない時代。


知らない世界。


知らない人々。


そして変わらない私。


私はふと思う。


もしかすると、


死ねないことこそが


私の病気だったのかもしれない。


不死の病だ。


私は、一体


何者なんだろう。


人間なのか。


機械なのか。


それとも——


そのどちらでもない、


何かなのだろうか。



『不治(死)の病』完

こんにちは。


沢山の作品の中から本作をお読みいただき、誠にありがとうございました!


人生初のホラー作品ということもあり、読みづらい点や至らない点もあったかもしれません。


それでも、自分なりに試行錯誤しながら心を込めて書いた作品ですので、お読みいただけてとても嬉しいです。


オバケや幽霊といった王道ホラーではなく、

どこか不気味に感じる、

奇妙な近未来医療をイメージして作品を作りました。


コメントやご感想、誤字脱字のご報告なども受け付けておりますので、お気軽にお寄せください。


また、普段は恋愛作品や異世界学園ものなどを執筆しております。

代表作『リアルとゲームのギャップが凄いが何故か絵になる美男美女』は10万文字突破致しました。


もしご興味を持っていただけましたら、ぜひそちらの作品もご覧いただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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