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目的なき戦

魔王がPR会社で働いています。

池上さんとは三回目の打ち合わせだった。


大手ファッションブランドの広報担当。年齢は俺より少し上、いつも資料に目を通してくる。話が早い人間だと思っていた。


「先月の掲載件数、少なくないですか」


池上さんが言った。


「媒体の規模感も含めてどうにかしてほしいんですよね」


俺は一度考えてから口を開いた。


「池上さん、掲載を増やすには材料が必要です。御社のブランドが今の社会とどう繋がるか、そこを一緒に整理させてください。記者が書きたくなる文脈を作らないと、数字は出ません」


池上さんは少し間を置いた。


「社会課題とか言い出したらキリがないので、まず数字を作ってください」


静かな返しだった。怒っているわけではない。ただ扉が閉まった音がした。


谷口がパソコンの画面から目を上げた。甲斐田さんが微動だにしなかった。


俺は黙っていた。


材料を求めたら、材料の話を封じられた。


反論はいくらでもあった。しかし何かが引っかかっていた。これは論理の問題ではない、という感覚だった。ただその正体がまだわからなかった。


 

結局その日は何も解決しなかった。


俺は甲斐田さんと手分けして、コネクションを使って掲載を取った。記者に頭を下げ、関係性に頼り、なんとか数字を作った。


池上さんに報告した。


「小さいですね」


一言だった。


 

三日後、池上さんから連絡が来た。


「先日は言い方がきつかった。ただうちの事情もわかってほしい」


打ち合わせの場を設けた。池上さんは珍しく、社内の話をした。


広報部の評価指標は掲載件数だった。件数が増えれば評価される。中身は問われない。池上さんもそれがおかしいとわかっている。ブランドの文脈を作りたくても、社内でそれを動かす権限が今の池上さんにはない。


「だから数字がほしいんです」


俺はその言葉を聞いて、ようやく理解した。


これは論理の問題ではなかった。構造の問題だった。


池上さんは間違っていない。ただ間違った構造の中で、正しく動いている。材料を作れない組織にいる人間に、材料を求めていた。評価指標が歪んでいれば、将軍も歪んだ戦をするしかない。


かつての俺も、配下に同じことをしていたかもしれない。


「わかりました。できる範囲で数字を作ります。ただ、材料が揃えばもっといい戦ができます。その時は声をかけてください」


池上さんが少し考えた。


「わかりました」


短かったが、今日はそれで十分だった。


 

会社に戻って、佐藤さんに報告した。


「落とし所見つかったね」


「落とし所というより」


俺は少し考えた。


「構造を理解した、という感じです」


佐藤さんが俺を見た。何か言いかけて、やめた。


谷口が小さく言った。


「お疲れ様でした」


モヤモヤは残っていた。正しいPRができているとは言えない。池上さんの社内評価指標は変わっていない。


何も根本的には解決していない。


ただ一つだけわかったことがある。


統治とは、構造ごと理解することだ。敵を倒すより難しく、配下を動かすより複雑だ。

それもまた、統治の話だ。

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