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墓標のリスト

魔王がPR会社で働いています。

共有フォルダの中に、それはあった。


ファイル名は「MediaList_Master_Final (1)」。更新日は八ヶ月前だった。


 

PR会社には「メディアリスト」というものがある。媒体名、担当者名、連絡先。積み上げてきた人脈の結晶だ。


クライアントや業界ごとに実際に使用するリストは異なるが、この会社にはマスターリストと呼ばれる、全体のものがある。八百件以上。長年かけて構築された、会社の資産だ。


俺が見ているのは今回のプロジェクト用に誰かが絞り込んだものらしい。三百五十件。


問題は中身だった。


電話番号の隣に「(使われてない)」と書いてある。だったら消せ。肩書きの隣に「(退職済み)」と書いてある。だったら消せ。セルが赤く塗られている。黄色い網がかかっている。なぜそうなったのか説明がない。誰かが何かを記録しようとした痕跡だけが残っている。


そして三百五十件の中に、今回の商材のターゲットとまったく接点のない媒体が大量に混入している。ゲームアプリのローンチについて記事を書く医療業界誌の記者なんているのだろうか。こけしの専門誌なんてあるのか。いかんいかん、今やるべきことを忘れるところだった。このリスト、絞り込んだつもりで、絞り込めていない。


これは名簿ではない。墓標だ。


誰が作ったのか聞いて回った。


佐藤さんは「昔からあるやつだよ」と言った。甲斐田さんは「私が入社した時にはもうあった」と言った。


起源不明。管理者不在。


かつての俺の軍で、こんな兵站管理をしていたら即座に担当者を更迭していた。正確な記録なくして統治は成立しない。これは統治の基本中の基本だ。


しかしここでは誰も更迭できない。


俺は画面を見つめた。三百五十件。一件ずつ確認していけば終わる。ただし何日かかるかわからない。他の仕事もある。


どうするか考えていたら、隣に人が来た。


谷口だった。


何も言わずにノートパソコンを開き、俺の隣に座った。


「手伝います!」


「いい」


「いやでも気になるじゃないですか、このリスト。見ました?退職済みって書いてあるのに残ってるやつ」


「見た」


「なんで消さないんですかね。消せばいいのに」


「それを今からやる」


「じゃあ手伝います」


谷口はそう言ってパソコンを開いた。断る理由もなかった。


 

二人で分担した。谷口が媒体の現状を調べ、俺が連絡先を確認して更新する。使われていない番号は削除する。退職済みの担当者は最新の担当者に差し替える。今回の商材と接点のない媒体は弾く。意味不明な赤字と黄色網は全部消す。


無駄を削ぎ落とす作業だ。


しばらくして谷口が言った。


「あ、この媒体、もう廃刊してますよ」


「消せ」


「これも廃刊。あ、これは休刊か。どうします?」


「担当者の最新の肩書きを調べよう」


「徹底的ですね」


谷口は軽やかに削除、更新していった。迷いがない。俺は少し見直した。


三時間後、リストは百二十件になった。


「三百五十から百二十になりましたね」と谷口が言った。「これ、最初から誰かやればよかったやつじゃないですか」


「そうだ」


「なんでやらなかったんですかね」


「誰も気づかなかったか、気づいても動かなかったかだ」


「怖いですね、組織って」


俺は少し考えた。


「墓標だ」


「え?」


「何でもない」


 

翌日、佐藤さんがリストを開いた。


「あれ、すっきりしたね。誰がやったの」


「田中くんと谷口さんで」と甲斐田さんが言った。


佐藤さんは少し画面を見つめてから、俺の方を見た。何か言いかけて、やめた。


「ありがとう」


それだけだった。



谷口が俺の隣を通りがかった時、小さく言った。


「お疲れ様でした。あ、また変なリストあったら声かけてください。なんか楽しかったので」


俺は一瞬止まった。


楽しかった。


三時間、無駄を削ぎ落とす作業が。


「わかった」


俺は頷いた。


正確な記録は統治の基本だ。感謝されるためにやることではない。それはわかっている。


ただ一つだけ気になることがある。


このリスト、また誰かが「(退職済み)」と書き始める日が来るだろう。


それもまた、統治の話だ。

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