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会議室の膿を抜く

魔王がPR会社で働いています。

百万の軍勢を率い、七大陸を統べた俺が、なぜ六本木の狭い会議室で議事録を取っているのか。


転生とやらの仕組みは知らん。気づいたら田中誠という名の人間になっていた。外資系PR会社、社員十数名。田中誠としての記憶もある。使い方がわからないまま引き継いだ遺産のようなものだ。


魔王ヴェインとしての記憶と思考回路はそのままだ。しかしこの世界では魔王の力は使い道がない。暗黒魔法は会議を短縮しないし、邪眼はオンライン会議では機能しない。俺は今日も田中誠として出社し、議事録を取り、コーヒーを淹れる。


それが現状だ。


「ねえ、この提案書さ、方向性ってもう決まってたっけ?」


三木さんが言った。


PR歴二十五年。この会社に十年。相手が誰であろうとタメ口だ。会議が始まって二十分、それは三回目の再質問だった。内容はすべて先週の定例で決まっていることだ。


テーブルの向こうで、後輩の谷口がパソコンの画面に視線を落とした。何かをタイピングする振りをしている。先輩の甲斐田さんは天井のあたりをぼんやり見ていた。どこにも焦点が合っていない目だ。ここにいながらここにいない人間の顔だった。


全員が同じ判断をしている。関わらない、が正解だと学習した人間たちだ。


やる気のある無能ほど厄介なものはない。


かつて俺の軍にも一人いた。命令を疑わず、誰より早く動き、誰より盛大に失敗する。悪意がない分だけ始末に負えなかった。三木さんはそれだ。決定事項が積み上がるほど、その土台ごと忘れて掘り返す。本人は至って真剣で、それが余計に消耗させる。


かつての俺なら粛清していた。


しかしここは現代日本のPR会社であり、粛清はコンプライアンス違反らしい。


「先週の定例で確定しています」


俺は口を開いた。


「クライアントの最終確認も先週金曜に取れています。三木さんにもメールのCCが入っているはずです」


「え、でもさ、その後クライアントから何か来てなかった?確認したいことあるって」


「それはノベルティの件です。今日の議題はローンチイベントです」


一瞬、間があった。


谷口のタイピングが止まった。甲斐田さんの視線が初めてこちらに向いた。


三木さんは「あ、そっか」とだけ言った。悪びれた様子はない。


俺は続けた。


「三木さん、一点ご提案があるんですが。このプロジェクトで別途お力をお借りしたいことがあって。メディアリストの精査をお願いできますか。三木さんのメディアリレーションズの経験がないとできない作業なので、ここから先の打ち合わせより、そちらに集中していただいた方がプロジェクトにとって絶対にいいと思っています」


「そんなことでいいの?いいよ」


「ありがとうございます、助かります」


俺は頭を下げた。


内心では別のことを考えていた。


戦力外の兵を前線から下げる際は、本人が自ら退くよう誘導するのが最善だ。名誉ある撤退の道を用意してやれば、本人も周囲も傷つかない。そして本人は自分が重用されたと思っている。


統治の基本だ。


三木さんが会議室を出て行った。


残った三人で議題が動き始めた。谷口のタイピング速度が上がった。甲斐田さんの目に焦点が戻った。残り四十分見込んでいた会議予定が二十分で終わった。


「田中くん、ありがとう」


会議後、上司の佐藤さんが小声で言った。それだけだった。それだけで十分だった。佐藤さんが何に対して礼を言っているか、俺にはわかる。


三木さんは何もわかっていない。会議室にいた全員が何もわかっていない。


それでいい。


統治とは、支配されている者が支配に気づかない状態を維持することだ。


俺は次の仕事に取りかかった。十四時からクライアントとの打ち合わせがある。「方向性はお任せします」と言っていた案件だ。


経験上、そういう依頼は最初から地雷だ。


ただし地雷の踏み方には作法がある。


それもまた、統治の話だ。

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