第三章 一節 謁見〜前編〜
書いてたら長くなってしまったので前編、後編にわけます。
ーアヴァロン
それは楽園であり、常世の国でもあり、癒しの国でもある伝説の聖域
もちろん普通の人間ではこの島のことを詳しく知るものはいない
ここには人間ではない空想に近いものたちが永遠とも思える時間を浪費しながら暮らしている。
「まずは、女王に挨拶しにいこう」
マーリンはそういってクリスタルで出来た天を突くほどに高い塔を指差した。
「いいでしょう……ところであなたは誰ですか?」
雛の目の前には、陶器のように滑らかな肌を持つ、中性的な見た目の青年が立っていた。銀色の髪を風に流し、その瞳は宝石のように多面的な輝きを放っている。
「マーリンだよ」
青年は、意地悪な笑みを深めた。
「ひどいなぁ、君をここまで連れてきてあげたのに。よもや、私の真の姿まで忘れてしまったのかい?」
青年が杖をひと振りすると、霧のように馬車が消え失せた。
「私の知っているマーリンはもっとよぼよぼのおじいさんだったけど……」
雛が当惑しているとルルが口を開いた。
「マーリン、わかってて雛をからかっているでしょ?性格が悪いね。雛、マーリンはねアヴァロンの住人なんだよ、だから普段は目の前の姿をしているんだ。だけど、アヴァロンの外では姿を維持するのに魔力を消費してしまうから、魔力消費をしない姿に化けているんだよ」
「へぇ……マーリンは何でもできるのね」
「褒めなくていいよ、この男を」
ルルは相変わらずマーリンには冷たかった。なぜこんなにもマーリンに対して塩対応なのかはわからなかった。
(いつか、二人の因縁も聞いてみようかしら……)
雛はそう思いながら、先を歩くマーリンの背中を追った。
数分も歩けば塔の入り口に辿り着いた。
「女王というからには、もっと仰々しい城にでもいるかと思ったのだけれど」
「ここは仮の入り口さ。この塔を通じて、女王の城へワープできる。さぁ、中へ」
塔の内部は、クリスタルが光を屈折させ、無数の虹が床を走っていた。中心にある円盤の上に立つと、マーリンが古びた言葉で呪文を詠唱し始める。
刹那、視界が白い光に塗り潰された。
再び目を開けた瞬間、雛の目の前には壮麗な客間が広がっていた。公爵家も裕福ではあったが、この宮殿の贅沢さは次元が違う。壁には銀の糸で魔法の紋章が織り込まれ、シャンデリアからは宝石の雫が滴るような音が聞こえる。
「女王はこの城の玉座にいるよ。奥に進もう」
マーリンは客間から玉座へ続く通路を指差し歩いて行った。それに続く雛とルル。ルルがふとマーリンに話しかける。
「マーリン、女王には話を通しているの?」
「ん?してないよ」
「はぁ?あんたって本当に適当なんだから!」
ルルは毛を逆撫でし威嚇していた。
「大丈夫だって、私がきたことは気づいてるはずだし。だめならレイチェルが止めにくるから」
「レイチェルか……」
ルルの瞳には微かに寂しさが宿ったように見えた。
「ルル、レイチェルとは知り合いかい?」
「まぁね、とりあえず女王のもとへ行きましょう」
マーリンの後に続いて玉座に向かった。
玉座へ続く扉の前に着くと声が聞こえてきた。
『オングス、あなた何故ここにきたの?』
『マーリンの気配がしたからさ、やつに頼み事をしていてね』
『それはマーリンを“あの地”へ呼べばいいでしょう、あなたが“あの地”から離れたらどうなるか…一応、管理者なんだからしっかりしてください』
『メロウは真面目だね、女王らしくなってきたじゃないか』
男女2人が何かを話しているようだ。
「げ、オングスもいるのか…ついてないな」
「オングス?」
「オングスはね、アヴァロンの王だよ」
「え、王様?」
雛は驚いた。女王に挨拶すると言ってきたということはアヴァロンを統治するのは女王で、王はいないと思っていた。
「アヴァロンには王様もいるんだ…」
「まぁ、一応ね。実際には女王が統治しているからあまり王様には権力はないけどね」
ルルが教えてくれた。
「とりあえず入りますか」
マーリンが杖をかざす。すると扉がひとりでに開いた。
扉から先は長く赤いカーペットが広がっており、その先には玉座がある。
玉座にはブロンドのツインテールで、目がくりっとし、ピンクのドレスをきた幼女が座っていた。
その側には、銀髪、ロングストレートの中性的な顔立ち、ブルーで独特な形の服をきた人が立っていた。
『誰ですか!?許可なく入ってきたのは……って噂をすればなんとやら…マーリンではないですか。久しいですね。今までどこにいたんですか?』
「女王メロウ、お久しぶりでございます。いやはや、いろんなところにいっておりまして…忙しいですから、私も」
『嘘おっしゃい!どうせ女のところでしょ!穢らわしいわ、ケダモノ!不潔!』
「ひどい言われようだな〜」
マーリンは激しく罵倒されていたが慣れているのか平然とスルーしていた。
『仕方ないじゃないか、マーリンは夢魔の血を引くのだから。生理現象みたいなものだ。気にしても仕方あるまい』
「さすが、オングス。同じ男同士、分かり合えると思っていたよ」
『同族扱いするな、私が愛しているのはただ1人だ。愛していないとはいえ、他の女と一夜をともにするなど言語道断だ』
「急に手のひら返された」
マーリンは泣き真似をする。
目の前で愉快な会話が繰り広げられて雛は少し緊張がほぐれたように感じた。
『ところで、そこにいる女と猫は何者ですか?見た感じ女は人間だし、猫からは禍々しい気配がするのですが…』
メロウが長い爪で雛とルルを指差す。
「すまない、紹介が遅くなった。彼女はモルガン、猫はルル。彼女は人間だが高い魔力を持っていて、アヴァロンで修行すれば魔女にもなれると思ってつれてきたのさ。猫は彼女が飼っていたから一緒につれてきたよ」
マーリンの紹介が終わるとメロウはじっと雛を見つめる。
『ふっ、大したことない人間だこと。見た目は妖精っぽかったけど、ただの人間だわ』
メロウは嫌味たらしく雛に話しかけた。
『まぁ、マーリンがいたらそれなりになるとは思うけど。あなた、モルガンって言ったわね。私の前で簡単な魔法でもみせてみなさい。私は女王よ、魔法で私を喜ばせてみなさいよ!さぁ、ほら!』
メロウは雛をはやしたてた。
幼女の見た目通りの声でキャンキャン話すので耳が痛い。どうしたものかと悩んでいると、あの“声”が聞こえてきた。
{小賢しいやつには、わからせてやりなさい}
声が聞こえなくなった後、急に体に魔力が帯びて視界の隅に、見たこともない呪文が青白く浮かび上がった。
雛は声の命じるまま、無機質な動作で手のひらを広げ、その呪文を紡いだ。
【――氷結の監獄】
唱えた瞬間、熱が奪われ、周囲の空気が凍りついた。
玉座を中心に、激しい吹雪と絶対零度の風が吹き荒れる。
マーリン、オングスは平気そうだが、玉座にいたメロウの姿は消えていた。
「これはなかなか……」
マーリンが不敵に笑う。
「モルガン!?いつからこんな魔法使えるようになったの??」
ルルは驚く。
『へぇ〜、やるじゃないか。メロウ、ちびっていなくなったかい?』
オングスは笑いながらその場に立っていた。
『さ、寒い〜うぇーん、ごめんなさい!ごめんなさい!謝るからもとに戻して〜』
玉座にはクルミのようなサイズのメロウが泣きながら座っていた。
【――解除】
雛が指を鳴らしながら唱えると空間は元に戻った。
『あ、あなた!人間じゃないじゃない!魔女じゃない!こんなすごい魔法使えるなんて……うぅ、私よりすごいかも…急に自信を無くしてきた…うわぁぁぁん、女王やめたい!やめたい!私なんて仮の女王だもん!うわわぁぁん』
メロウが大粒の涙を流す。体は小さいのに泣き声は凄まじく城の外まで響いていそうな大きさだ。
泣き声で城内が揺れ、耳が痛くなり耳を塞いだ。
雛達が呆気に取られていると、廊下からブロンドのポニーテールを揺らしたメイドが、恐るべき速さで飛んできた。
彼女は、泣き叫ぶメロウの首根っこをひょいとつまみ上げると、手に持っていたプリンの皿の中へ、無造作に落とした。




