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第二章 三節 見えざる茶会


 ゴルロイスとの密談から数日。雛が授けた策は劇的な効果をもたらし、彼を悩ませていた境界争いは一気に沈静化した。

 現金なもので、利を得たゴルロイスの態度は一変した。食卓には豪華な皿が並び、「必要なものはないか」と何かと雛に媚を売るような言葉をかけてくる。

 ゴルロイスの豹変にイグレインは苛立ちを募らせ、モルゴスは状況が掴めず、ただ当惑した顔で姉を見ていた。

 城内の空気は、あの日を境にガラリと変わった。エレン以外の使用人たちも、雛の歩く道では深々と頭を下げる。

 

「強いものには巻かれろっていうけど、態度が変わりすぎじゃないかしら」

「仕方ないよ。彼らにとって、利益をもたらす『正解』を持っている君は、主人以上の存在なんだから」

 

 自室でルルとお茶を飲みながら、雛はふと棚に並ぶ歪な形の小瓶や干からびた蛙に目を留めた。

 

「そういえば、ずっと気になっていたんだけど。この不気味な小瓶たちはなんなの? 」

「ああ。それは、本来のモルガンが自分を治すために作った薬の残骸だよ」

 

 ルルは少し寂しげに目を細めた。

「怪我をしても、病気になっても、誰も彼女を治療しなかった。自力でなんとかするしかなかったんだ」

「……魔法で治せなかったの? 彼女は優秀な魔女なんでしょ?」

「彼女はまだ、魔法の『使い方』を知らない。瞳に魔力を宿して生まれたけれど、中身はただの孤独な少女だった。だからこそ、アヴァロンでの修行が必要なんだ。そこでの研鑽を経て、彼女は伝承に語り継がれる『魔女』へと完成する」

 

 ルルは優雅に尻尾を揺らした。

「君も、もう少ししたらそこへ行くことになる。君なら、すぐにモルガンに追いつけるさ」

 

 そんな会話を断ち切るように、庭の方が騒がしくなった。雛は、自身の離れに付随する、荒れ果てた裏庭へと足を向けた。

 そこでは数人の下男たちが、茂みの奥にある古びた木こりの切り株の周囲を掃除していた。

 

「おい、このガラクタも捨ててしまえ」

「何だこれは。ただの欠けた石ころと、枯れ草じゃないか。気味が悪い」

 

 下男たちが、切り株の上に丁寧に並べられていた「何か」を、無造作に箒で掃き飛ばそうとする。

 その瞬間、雛の耳にだけ、風の鳴るような、けれど切実な叫びが届いた。

 

『やめて! せっかく集めた銀色の雫が!』

『私たちが午後のお茶会のために、三日もかけて選んだ魔法の石なのに!』

 

 雛の視界には、下男たちのすぐ側で必死に羽を羽ばたかせ、見えない手で箒を押し戻そうとする小さな影たちが映っていた。半透明の、羽を持つ美しい妖精たち。だが、魔力を持たない人間には、その姿も声も、ただの「羽虫の羽音」や「風のいたずら」にしか聞こえない。

 

「やめなさい」

 

 雛の冷徹な一喝が、庭に響いた。下男たちが肩を跳ねさせ、動きを止める。

 

「お、お嬢様……。しかし、このガラクタは見た目が悪く……」

「ガラクタ? 滑稽なことを。それは、この庭の主たちが大切に整えた『食卓』よ。あなたたちは、主の承諾も得ずに人の晩餐を荒らす趣味があるのかしら?」

 

 雛は切り株に歩み寄ると、地面に落ちた小さな石(妖精にとっては宝物の宝石なのだろう)を指先で拾い上げ、元通りに切り株の上に置いた。

 小さな石に触れた瞬間、温かい感情が湧き出る。

 妖精達の力なのか?雛はにこりと微笑む。

 その様子に下男たちは顔を見合わせ、気味悪そうに後退る。

 

「主?……ここには、俺たち以外、誰も……」

「いいから、そこから離れなさい。庭の掃除はもう結構よ。……エレン、この者たちを下がらせて」

 

 影から現れた侍女長エレンが、怯えながらも下男たちを追い払う。庭に静寂が戻ると、切り株の周りで途方に暮れていた妖精たちが、驚いたように雛の周りに集まってきた。

 

『……あなた、私たちが見えるの?』

『それに、私たちの言葉も……』

「ええ、見えるわ」

 

 雛はふっと、今日初めて人間味のある、けれどどこか寂しげな微笑を浮かべた。前世では見向きもしなかった、小さな命たちの「居場所」。それを踏みにじる側に回りたくはなかった。


『助けてくれてありがとう。今日はお茶会をする予定で準備していたんだけど帰ってきたら荒らされていて……』

『あなたは誰なの?』


 1人の妖精がたずねてきた。


「私はモルガンよ。妖精さん達、私の家のものが余計なことをしてごめんなさい」


 雛は頭を下げた。


『謝らなくていいよ。モルガンは悪くない』

『モルガンはいい人!』

『いい人!』


 8人ほどの妖精がわちゃわちゃと話しかけてきた。

 普通なら聞き取れないのに、なぜか全ての会話が鮮明に聞こえた。


「お茶会をするところだったのよね?あと足りないものはあるかしら?」


 雛は妖精達にたずねた。


『後はね角砂糖!あまーいものが必要よね!この前はケーキを食べたから今日は角砂糖で我慢するの!』


 (何かしらのルールがあるのかな。とりあえず角砂糖を用意してあげよう)


 雛はエレンを呼びつける。


「お詫びに、本物の角砂糖を差し上げましょう。……エレン、持ってきて」

 

 エレンが震える手で差し出した銀の皿から、雛は白く輝く角砂糖を切り株に置いた。妖精たちは歓喜の声を上げ、雛の指先に触れようと舞い踊る。


『わぁ!こんなにたくさん!ありがとう』

『ありがとう!』

「いえいえ、どういたしまして」

 

 見えない相手に微笑みかけ、優雅に手を差し伸べる雛の姿――。

 それを二階の回廊から見ていたイグレインは、腕を掻きむしり、悲鳴を押し殺した。


「あの子は、本当に『魔女』だわ……。あんなものをこの城に置いておいたら、いつか私たちが呪い殺されてしまう!」

 

 傍らにいたモルゴスも、母の恐怖に同調するように、引き攣った顔で姉を見つめる。

 

「……お母様。あんなに気味の悪いお姉様、もう私たちの家族じゃないわ。早く、どこか遠いところへ……二度と戻ってこられないような場所へ、追い出しましょう?」

 

 イグレインは激しく頷いた。

 その瞳には、もはや娘への情愛など欠片もなく、ただ「害獣」を駆除しようとする執念だけが宿っていた。



 お茶会をお開きにした妖精達は寝床へ戻っていく。

 妖精達の長女であるモノロエが皆が寝床へ戻るのを確認する。

 すると白い顎髭を蓄えた初老の男――マーリンが姿を現した。


「こんな夜遅くまで茶会をしていたのか?」

『マーリン、ええ、そうよ。悪いかしら?魔法使いが妖精のやることに口出ししないでくれる?』


 モノロエはマーリンに強気な態度をとる。


「口出しなどしないよ。妖精達に何かあると女王が悲しむからね」

 白い顎髭を触りながら、マーリンは妖精達に語りかける。


「はやく寝なさい。数日後にはアヴァロンへ戻るんだろ?」

『そうだけど……』

「何かあったかな?」


 マーリンは優しくモノロエにたずねる。


『とてもいい人に出会ったの。私達のことが見えていて人間から助けてくれた。最初は驚いたけど、指先に触れたとき懐かしくて優しくて愛しい気持ちになって……あの人の近くにいたいと思ってしまったの』

「ほう……そんな人がいたのか……」


 マーリンは目を瞑り思考を巡らせる。


 ー魔女の誕生、アヴァロンへ導け、次代の女王を


 目を再びあけ、モノロエに言った。


「その人がいた場所を教えてくれるかい?」

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