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それでも、人として

おはよう

作者: マーク
掲載日:2025/12/19

彼は、決して特別な人間ではありませんでした。


本当に、運の悪い人でした。


初めの世界から、ありがちな異世界転移をして、そこでもそこそこに暮らしていた。


彼は出来ることなら、なにもしたくない人だった。


でも、何度も何度も異世界転移に巻き込まれてしまう。


そんなことを繰り返していると、たくさんの仲間との別れを経験して、いろんな世界の能力が身に付いてくる。


世界を救ったことも、あったかもしれない。


そして、異世界転移を自分の力で避けたり、起こすことができるようになる頃には、死ぬことが出来ないからだになっていた。


もちろん、望んで得た力ではなかったし、不死を求めたわけでもなかった。


彼は、別れを避けるために人を遠ざけながら、どうにかして自殺する方法を探し始めました。


どこかの世界では死の森と呼ばれるような場所の家で、またどこかの世界では自らが作った空間で。


ですが、魂がなんたらとか、神がどうだとか、ビックバンだとか、反物質だとか、どんなことをしても、数多の世界の理が混じっている彼には効かなかったのです。


それを嘲笑うかのように、その過程で彼はどんどん強くなっていきました。


彼はそのうちおかしくなりました。


世界を崩壊させたり。


生き物を蹂躙したり。憂さ晴らしをしようとしました。


自らを殺せる人を探していたのかもしれません。


でも、心の曇りは少しも晴れない。


彼の命に届くことはなかった。


悪魔。化物。色々なことを言われました、そのうち彼はなにもしなくなりました。


人の形はなぜか保っているけど、それぞれの世界が自然に終わるまでの膨大な時間をただただぼーっとして過ごすようになりました。


そんなことを始めた後のいくつめかの世界。


そこで、ある少女が彼の姿を見つけます。


どこかの森にいた彼の姿を見つけた少女は、彼をどうにか自分の家に運び、お世話を始めました。


食事は必要ないし、お風呂も必要ない。

寝る必要もないし、呼吸する必要さえない。

心臓も必要ないし、万が一体が傷ついても、目に見えぬ速度で勝手に治る。

そもそも体さえ必要ではない。


そんな彼を、少女は長い間世話し続けました。食事を無理やり口にねじ込み。

お風呂にいれて、夜になったら布団を掛けて。

毎日おはようと声をかけて。


たくさん、たくさん話しかけました。

その生活が10年ほどたった頃。


彼は口を開く。



そんなことをする必要はない。僕は、君が思うような生物じゃない。僕のために何かをする必要なんて、どこにもないよ。



表情を全く変えず、吐き捨てるようにそう言いました。


少女だった彼女は、発言の内容なんか気にせず、泣いて喜びました。本当に嬉しそうでした。


反射的に、彼を抱き締めてしまうほどに。


その後彼らは、共に生活をしていきます。


裕福とは言えない生活でした。


自給自足の生活をしていた彼女にとっては、大きな負担だったでしょう。


いつしか、彼女の親らしき人を見かけることもなくなりました。


彼は、めったに家の外に出ることはなく、頼まれごとをたまにこなして、それ以外の時間は、ずっと一点を見つめて、ピクリとも動きませんでした。


そんな生活がしばらく続いた頃、彼女が彼の手を引いて、外に連れていきます。


自分から少しも行動しない彼を見かねて、彼が好きなものや、興味を持つものを探しに行くためでした。


しかし、彼はなににも興味を示しません。


その日彼女は諦めて家に帰りました。


ある日彼女は、彼に質問をします。



あなたって、何か得意なことはある?



彼女は、だれでも出来ることではなく、彼が出来ることをお願いしようとしていました。


彼は答える。



死ぬこと以外なら、何でも。



彼女は思いました。


何でも出来るなら、色々やらせてみよう!

と。


そこから彼女は、彼にいろいろなことを頼んでみました。


薪を割らせたり、料理を作らせたり、釣りをさせたり、道具を作らせたり、字を書かせてみたり、薬を作らせてみたり。


しかしながら、彼はどれも完璧にこなして見せました。


彼女は思います。


なんか、逆に出来ないことを探してみたい!

と。


その後も彼女は、彼にいろんなことをさせてみながら、最低限力を借りて、生活を続けていました。

あるとき、彼女はお願いします。



ねぇねぇ、何でも出来るなら、私が今、なに考えてるかわかる?



彼は答える。



君の心を覗くことになるけど、いいのかい。



彼女は、えっそんなこと出来るの!?と驚愕しながら、言いました。



ダメ、そういうのは無し!



彼は答える。



じゃあ、予測になるけど。

僕が当てられなかったら、少しだけ安心して、当てられたら、ちょっとだけ怖くなる。

でも、どっちに転んでも、君は笑うだろう。



いつも通り、まったく表情を変えずにいいました。

彼女は一瞬きょとんとしました。

そして、答える。



すごい。正解。

なら…さ、あなたが、死んでしまうこと以外に出来ないこと、教えて?



彼は答える。



…ずるい質問だね。



彼女は言う。



何でも出来るんだよね。

じゃあ、もちろん、この質問にも答えられるよね。



彼は、しばらく沈黙しました。

やがて、答えます。



………あるよ。



その声は、相変わらず平坦で、起伏を感じられませんでしたが、どこか悲しげでした。

彼は続けて、



誰かを、僕と同じ時間に連れてくること。



彼女は、よく分かりませんでした。


話は、それで終わりました。


その後、彼は何も答えなかったのです。


しかし、なんとなく、彼が変わったように感じました。


ある夜。


彼女が真夜中にふと目覚めると、いつもは座って、ぼーっとしている彼がいません。


どうしたんだろう、と立ち上がり、ふと窓の外を見ると、彼が1人佇んでいました。


相変わらず無表情で、まばたきひとつしていません。


彼女は、それをずっと見ていました。


神秘的な彼の姿と相まって、彼がこの世界の所有者だとも感じられるようでした。


異常に長く、灰色に近い白髪。


色を失ったような、吸い込まれるような目。


彼女は、長い間そうしていました。


しかし、ハッと気付いて、声をかけます。



…寒いよ。



それだけ、静かに言いました。


責めるでもなく、心配するでもなく、ただ、事実だけを告げるように。


彼は、ゆっくりと彼女の方を向きます。


怖がらせないように、ゆっくりと。



目が覚めたのかい。



彼は、自分が起こしてしまったのかも知れないと、申し訳なく思っているようでした。



どうして、外にいるの?



初めてでした。


彼が、自ら動いたのは。



なんでだろう。わからない。



その日を皮切りに、彼は少しずつ正気に戻っていきました。


といっても、急に笑うようになったわけでも、感情が豊かになったわけでもありません。


相変わらず表情は変わらず、声も平坦なままでした。

しかし、



おはよう



彼女が起きるよりも少し早く、薪を割るような音がするようになります。畑の様子を見に行き、何も言わず道具を直し、夕方になると火を起こしました。



最近、ちゃんと起きてるよね

自分から外に出てるよね。



彼女は言います。

その度に彼は、小さくうなずくだけでした。


季節は巡る。

時間は早く過ぎていく。

彼にとっては本当に短い間だったでしょう。

彼女は今にも息を引き取りそうです。

彼は無表情に、質問をしました。



どうして助けたのか。



彼女は答えました。



あなたは、考える力があって、人を気遣うことが出来て。優しい心を持っている。大丈夫。あなたは紛れもなく人間だよ。ちょっと他の人と違うだけ。

私はただ、困っている人を助けただけ。

絶望に飲まれていた人を、救いたかっただけなんだよ。



彼は、その言葉を否定しませんでした。


肯定もしませんでした。


ただ、ほんの一瞬だけ、彼女から目を逸らしました。



…そうか。



それだけ言って、彼女の方を見る。


彼女は、苦しそうに息をしながら、笑っていました。



ねぇ。



彼女が、かすれた声で呼ぶ。



あなた、名前はなんて言うの?



彼は答える。



…わからない。

忘れてしまった。


「ふふ。見つけた。あなたが出来ないこと」


「君は、何て言うんだい」


「私?私はね、ニイ」


「そっか」


「ねぇ、あなたの名前、私がつけてもいい?」


「…いいよ」


「じゃあね……」


彼女が、天井を見つめている。

…もう、ほとんど焦点が合っていない。


「セイ」


「…あぁ」


「どう?」


「…ありがとう」


「そっか」


それが、彼女の、最後の言葉だった。


ふと、自分の頬を触る。


…あぁ。


私は、泣いていたのか。


泣けたのか。


彼女の呼吸が止まる。


世界は変わらない。朝は来て、風は吹いて、小鳥たちが楽しそうに歌っている。


しばらく、彼女の傍を離れなかった。


布団を直して、彼女の手を握ってみたりした。


体は既に軽くなっていて、温度を感じられなかった。



埋葬を行った。


スコップで自ら穴を掘り、埋めた。


どこの世界だったか。


こんな方法だった気がする。


小さな墓標を立てる。



家に帰ってきた。


初めて、ベットで横になってみる。


天井を見つめる。


ニイは、幸せだっただろうか。



私は、ニイが生きていたときと同じように生活した。


薪を割り、畑を見守って、火を起こす。


気持ちの整理をする時間が必要だったのかもしれない。



ふと、夜中に空を見上げる。


「私は…」


言葉が詰まる。


私は、なんなのだろう。


人間だと、彼女は言った。


優しい心を持っていると。


考える力があると。


「私は、セイ」


彼女がくれた名前。


なぜ死ねないのか分からないけど。


なぜ無限の時を生きているか分からないけど。


「セイ」


「…セイ」


私は歩き出す。


次の朝が来るまで。


次の世界に呼ばれるまで。


死ねないまま。


人であることを、手放さないまま。

こんな人が、どこかにいても、不思議ではないと思いました。

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