みじかい小説 / 042 / かつての美男子
朝、入れ歯をはめて鏡を見る。
そこには七十七になる俺の顔が映っている。
若いころは美男子で通した俺も、今ではこんなしょぼくれたじじいになってしまった。
俺はにっと笑ってみる。
目じりのしわとほうれい線が深くなっただけのように感じられて、なんだかいたたまれない。
四、五十代の頃は、自分はいつまでも若い気分でいたけれど、ここ数年でがくっと体力が落ち、体の自由がきかなくなってきた。
まず歩幅が狭まりとぼとぼとしか歩けなくなった。
それに声がかすれて言葉が出ない。活舌も格段に悪くなった。
老眼はますます強くなる一方だし、味覚も衰えてきたように感じられる。
「自分が年を取るなんて思わなかったなぁ」
と、声に出して言ってみる。
耳に入ってくる自分の声は、若い頃の張りが嘘のようにしわがれている。
「悲しいなぁ」
もう一度、声に出す。
実際、悲しいのだ。
何が悲しいって、自分の人生の主役が自分ではなくなったと感じること。
誰もこんなしょぼくれたじじいなど相手にはしてくれないだろう。
こうして老いていくのか。
こうして死んでいくのか。
俺はしばらく沈黙する。
「まぁ、いいか」
と、声にしてみる。
今までの人生、思い切り生きた。働いた。遊んだ。楽しかった。今はもう休めの時なのだ。
であるならば、ゆっくり休ませてもらおうじゃないか。
ニュースによると、今日は一日晴れらしい。
俺は薄茶色のシャツの上に黒のカーディガンをはおり家を出た。
行く当てのない散歩を楽しむ。
すれ違いざまに若い女性の二人連れから「さっきのおじいさんおしゃれ~」と聞こえてきた。
ふふ、悪くない。
もう四十年若ければナンパしたろうに。
そう思うとやはり悲しい。
しかし、こうして毎日少しずつ落ち込んで、それでも少しのうれしいことを発見しながら老いてゆくのも悪くないと思う。
空は快晴。
俺はいつもより歩幅を大きくしてのしのし歩いていく。
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