第八話:疑義
シュルシュルと包帯を外していく。
血に汚れたそれらを洗濯籠に放り込んで、傷の具合を確認します。
「…うん、大丈夫そうですね」
「ありがとう、もう動けそうだ」
自由になった腕を動かし具合を確かめるルソン。
街の襲撃から2日。魔力が戻っては精霊術を使い傷を癒やした甲斐もあってすっかり元気になりました。
外傷はあまり派手ではなかったのもあり、傷跡にもなってません。
「無理はしないでくださいね、まだ本調子じゃないんですから」
「ほんとうに、よく無事だったと思うよ」
彼が一命を取り留めたのはオーガが横薙ぎを選んだことで横向きに飛んだことと、その先が木造の小屋だったこと、そして何より防具が吹き飛んだ衝撃を吸収してくれたのが大きいです。
どれか一つでも欠けていたら、ルソンは助からなかったでしょう。
「明日には移動しようか、ルグレだっけ?」
「そうです。今日はギルドに行って準備とリハビリをして、明日出発しましょう」
「はいこれこの前の報酬2人分やねー」
緊急クエストの成功報酬として、ズッシリと重みのある袋を渡されました。
ほぼ強制参加であった為にその分報酬が上乗せされてるのでしょうか。普段の討伐クエストよりもかなり多いです。
「オーガ討伐の功労者として色付けてあるさね、後はちょっとしたギルドからの詫びってことで」
「お詫び、ですか?」
「そうそう、あの時大急ぎで準備したやん? ほんとはもっと早くに襲撃に気づけたはずなんよ、んで後で調べたら隣国の大きな砦を攻めた集団がこっちに流れてきたんやて」
準備の良さに対して規模が小さかったのは、直前に別の場所で戦闘していたからだったのですね。
その時の消耗で頭数が減っていたのでしょう。
「けどこの国のおえらいさんがその情報止めとったみたいでなあ。皆に負担強いたってことでギルドマスターから上乗せのお達しがあってん」
「話を聞いてるとギルドは何も悪くないような…」
むしろ被害者なのではないかと思うのは気のせいでしょうか。
「あの人は冒険者に甘いからねえ、いいから受け取っとき」
くれるというならありがたく受け取るとしましょう。
そう納得しお金を仕舞おうとした時、リベルテさんが周りを確認しながら私に耳打ちで。
「んなわけで、最近この国の情勢があんまり良くない、貴族達がきな臭い動きを見してるから早いとこ別の国に移ることをお勧めするで」
周りに聞こえないくらいの声量でそう忠告してくれました。
「ご忠告、ありがとうございます。リベルテさんはどうするんですか?」
「ま、私は着の身着のまま風のまま。なんくるないさね〜」
この街随一の自由人であるリベルテさんなら、何があっても生き残りそう。
そう感じさせられるオーラがあります。
「おお、フィーユにルソンじゃないか」
帰ろうとした矢先に声をかけられました。
振り返ると後にはデファンが立っています。
「デファン、腕の方はもう大丈夫ですか?」
「まだちと痛むが、動かすぶんには問題ない。おまえさんのおかげだ」
装備をしていないことから彼も報酬を貰いに来ただけのようです。
「そんな大したことはしてませんよ」
「謙遜し過ぎはいかんぞ、ワシとこの街を救った英雄じゃないか。もっとそれを誇るといい」
誇る…私には難しいです。
私は、私にしか出来ないことや与えられた役割をがむしゃらにこなしているだけです。
もっと努力すればよかった、あの時こうしていれば。
そういうことばかり考えてしまいます。
「話はペルセのやつから聞いた、何やら訳ありの旅をしとるようじゃの」
「はい、ルグレまで行くんです」
「ルグレか…そうか…」
何か思うところがあるのか、デファンは顔に影を落とします。
「深くは聞かん、じゃがワシにできることであれば力になるからな」
「ありがとうございます」
もし、またアミチの街に戻ることがあれば、その時は頼りにさせてもらいましょう。
「ルソンも世話になったな、フィーユを頼むぞ」
そういって、デファンは受付に並んでいきました。
「また、頼まれた」
「そうですね、みなさん過保護なんです」
誰も彼もが私を子供扱いします。
一応この国では大人なんですけどね。
「僕がフィーユを連れて行くって言ったのに、手を引いてもらってばかりだ」
「私の方が先輩ですからね、私の旅でもありますし」
私が勝手に進んでばかりいた気がします。
それはルソンのせいじゃないですし、私が悪いことです。
「それに、ルソンはちゃんと私のことを守ってくれてるじゃないですか」
馬車のおじさんを助けた時も、オーガの時も、私が危ない時はちゃんと助けてくれました。
「これからも期待してますよ、相棒」
街道を歩くこと数日
距離はルグレがもう目と鼻の先と行ったところでしょうか。
「止まれ」
隣国へと繋がる街道に入ろうとした所で、兵士によって止められました。
「関所?」
「いえ、そんな雰囲気じゃなさそうです」
兵士達はどこかピリピリとした空気を纏っています。
戦闘の痕跡がないことから、魔物の襲撃があったわけではなさそうです。
「通していただけませんか?」
「ならん、今この街道は封鎖中だ」
なんと、街道が封鎖されていました。
「僕達は冒険者だ、すぐそこの村にクエストで用がある」
「兵士以外は誰も通すなとの命令だ、おとなしく帰れ」
ルソンが咄嗟の嘘で食い下がるも暖簾に腕押しです。取りつく島もありません。
「戻りましょう」
「え、でも」
続く言葉を彼の腕を引っ張ることで無理やり止めます。
ここで粘っても良い結果にはなりません、不興を買えば拘束すらされそうなくらい兵士の言葉に温度がありません。
むしろそうされないだけ温情、そう感じさせるくらい殺気立ってます。
しばらく来た道を戻り、兵士から見えない所まで歩いてからようやく足を止めます。
「なあ、なんで引き返すんだ?」
「あそこまで兵士の気が立ってるのは尋常じゃありません、何かがあったんです」
普通ではありません。あれでは、まるで…
「どちらにせよあの道は使えないです。迂回しましょう」
森林地帯に入ることで封鎖を避けます。
馬車を使わない、冒険者ならではの抜け道です。
当然魔物との遭遇率も高く、迷子になるリスクもありますがそんなものは気にしてられません。
草を掻き分け見えにくい穴を避けつつも、私の頭の中は思考で一杯でした。
ここ数年の連続的な増税…多くの市民は、年々と増える税に苦痛の声をあげていました。
国の急な動員…出稼ぎの人たちも含めて、魔王軍追撃の名目で国は人を集めていました。
情報の規制…魔王軍の追撃に行ったはずなのに、その魔王軍によって前線から離れた街への襲撃を許してしまったのはなぜか。そして、なぜその情報が規制されていたのか。
魔王軍との前線と隣国との国境が近いことの関連性。
きな臭いという貴族の動き。
そして、封鎖された街道と殺気だった兵士。
「まさか」
魔王軍への追撃は…嘘。
「この国の本当の目的は…隣国との」
「フィーユ、何かいる」
…考え事をして周囲への警戒が疎かになってました。
まずはこの危険地帯を抜けることを優先しましょう。
ルソンの目線の先を見ると小道がありました。
街道ほど整備されてないことからルグレへ通じる道かと思われます。
森からその道に出て、ある方向へと向かう魔物の姿。
そして遠くから微かに聞こえる、人の悲鳴。
「魔物に襲われています、行きましょう」
「うん」




