第七話:共闘
オーガが棍棒を振り上げます。
その狙う先はデファンのようです。
彼は盾を構えて受ける姿勢をとろうとしていたので慌てて声を出します。
「それは無理です! 避けてください!」
「うおっと」
急な指示で体勢を崩しながらも、デファンの回避が間に合います。
棍棒は地面に突き刺さり、周囲に亀裂を残しています。
人間が食らったら間違いなく盾ごとぺしゃんこになる威力です。
「おっかねぇ…」
「まともに食らったらおしまいです。なるべく避けるようにしてください」
「んな無茶な」
私も無茶を言っている自覚はあります。
私にはあのオーガの攻撃を避ける自信はありません。床のシミになる未来が見えます。
「あれは…」
衛兵か、それともパーティーの誰かがそう呟くのが聞こえました。
皆の目線が向かう先はオーガの更に奥、街の中心へ伸びる大通りです。
さっきまで誰も居なかったその通りに現れる複数の人影。
雄たけびを上げながら近付いてくるその集団、それを指揮している人には見覚えがあります。
片腕を失い引退した冒険者です。
彼を筆頭に、同じく引退した冒険者や武器や棒切れを手に持った民兵が続いています。
ギルドが準備していた増援が間に合ったようです。
「あいつが奴さんのボスか!」
引退リーダーもオーガがやばいヤツだと気付いたようです。
そして、この状況を認識したオーガが動きました。
時間をかけては不利になると判断したのか、後ろに下がって距離を取りこちらに突進する構えをとったのです。
避け…てはまずいです。私達の後ろには塞門刀車があります。
オーガは挟み撃ちにされる前に、強引に私達を突破するつもりのようです。
突進を選択された時点で、私達は避けれない。
そしてここで待ち構えていても、速度がついたオーガを止められるとは思いません。
策を弄する猶予もありません。
今、取れる最善手は…
「全員突っ込んでください!」
「正気か!?」
相手の速度がつく前にこちらも突撃するしかありません。
「待ってても負けます! シャルールは私とアイツの顔を狙います!」
「やろう、ペルセ」
「チクショウ!」
ルソンの同意にペルセが嘆きながらも駆け出します。
私とシャルールはお互いに、すでに走り始めているオーガの顔に狙いを定めて矢と火球を放ちます。
オーガは顔を守る為に左腕を前に掲げました。
どちらの攻撃もその腕に当たりますが、オーガの足は止まる気配がありません。
ですが奴の視界を少しでも邪魔して、腕の動きが制限できれば十分です。
「大した嬢ちゃんだな全く」
私の指揮下にないはずの衛兵も一緒になって突撃してくれました。
ルソン達がオーガへと剣や槍、棍棒で襲いかかります。
その攻撃はオーガの体に少なくない傷を与えますが、致命傷には程遠いです。
その行為ルソン達を邪魔に思ったためか、オーガが左腕を薙ぎ払います。
剛腕から繰り出されるそれは十分な威力でもって彼等を遠ざけてしまいました。
その空いた空間を埋めるように衛兵達がオーガの前に躍り出ます。
「ガァアアア!」
咆哮を上げながら、右手に持った棍棒を横に振り抜きました。
その直後の光景は、目を疑いたくなるものでした。
人が宙を舞ったのです。
4人の衛兵が一度の攻撃で近くの建物までぶっ飛ばされ、飛散した彼等の血が私の白い服を赤く染め上げます。
なんという…怪力なのでしょうか。
呆然とする私の耳に、カランという音が響きました。
目線を落とすと、衛兵の誰かが持っていた直剣が目の前に落ちています。
もう、オーガの前に立ってるのは私とシャルールしかいません。
剣を拾ってオーガに立ち向かいます。
作戦でもなんでもない、ただのヤケクソでした。
「ちょっとフィーユ!?」
シャルールの制止を無視して、オーガに走っていきます。
オーガはそんな私に棍棒を振り上げようとしますが、横から膝を棍棒で殴りつけるフォリーに邪魔をされ中断します。
オーガはフォリーを蹴り飛ばしますが、彼の必死の時間稼ぎのお陰で間に合いました。
私の剣がオーガの腹に深々と刺さり、肉を貫く嫌な感触が手を伝います。
痛みに呻くオーガが、私を突き飛ばしました。
「…っ!」
全身が痛いです。
咄嗟に出たようなただの突き飛ばしなのに、その力は尋常ではありません。
地面に打ち付けられた衝撃で息が詰まります。
剣を落としはしなかったものの、すぐには動けない。
そんな隙を逃すはずもなく、オーガが棍棒を横薙ぎに振るいます。
避けられない。
もう駄目かと目をつぶった時、違う方向からの衝撃が私の体を襲いました。
驚いて目を開けると、少年の手がこちらに向けられています。
「ルソ…」
名前を呼ぶよりも先に、彼の姿が視界から消えました。
彼が飛んでいったであろう先には、激しい音と共に崩れていく小屋しか見えません。
彼は…ルソンは…。
いえ、それを考える暇は無いはずです。
無事だと信じるしかない。
「死に晒せエエエ!」
必死の形相をしたペルセが、オーガの脇腹に槍を突き刺します。
ほぼ同時に、剣を手にしたフォリーが逆からその腹を刺しました。
オーガは棍棒を手放しますが、まだ戦う意思があるようで握り拳を作ります。
それがペルセ達へ振り下ろされる前に、火球が顔面に直撃します。
怯みながらも、黒煙を上げながらさらに動こうとするオーガ。その胸から鮮血とともに剣先が飛び出ます。
引退リーダーが追いついて背中から刺し貫いたようです。
瞳に強い光を宿しながらも、膝から崩れるオーガ。
私の目の前には、丁度その首があります。
「これで、おしまいです」
私は、首に剣を突き立てました。
「ガ…」
最後、声にならない声を出してオーガは斃れました。
「終わった、のか?」
「後は我らがやっておく、負傷者を回収してやれ」
引退リーダーが、オーガの首をとって壁上へと登っていきます。民兵も続いていき、押され気味だった壁上の制圧に加わっていきました。
壁外にオーガの首が投げ込まれてからは、一気に形勢が逆転します。
敵は勢いを失い、壁外にいた魔物は散り散りに逃げていき、壁内に侵入した魔物の掃討へと移りました。
オーガを倒した第二班は酷い有様です。
私は打撲で体が痛むし、ペルセは瓦礫で傷まみれですし、オーガに蹴り飛ばされたフォリーは血塗れでより怖くなりました。
「すまん、老体にはキツかった」
デファンに至っては最初のオーガの薙ぎ払いで気を失ったらしく、腕の骨が折れてました。
フォリーがあの時剣を持っていたのはデファンからとったからだそうです。
「デファンがいなければ、オーガはあそこで足を止めなかったと思います」
彼がオーガにとって一番大きな障害物になったからこそ、今回の戦闘で勝利できたのです。
盾役としての責務を全うした素晴らしい戦果です。
そして
「いたぞ! 生きてる!」
ルソンは、幸運なことに生きてました。
肋骨、腕、足などあちらこちら折れて出血も酷い重体ですが、死んではいません。
とはいえ、このままでは危ういので急いで治療を施します。
「そっちの傷を押さえててください、その腕は真っすぐに添え木で固定してください」
添え木で矯正せずに骨を治すと曲がったままくっついてしまう事があります。
一度に治せる場所も私の魔力にも限りがあるので、生き残りの手を借りながら他の負傷者と合わせて手当てしていきます。
「精霊術士の本領発揮です」
元々、私は戦闘後に活躍する人材なのです。
「これで…一段落ですね」
最後に裂傷を負った冒険者の腕に包帯を巻いて治療を終わらせます。
「チビ、お前ってすごいんだな」
手伝ってくれたペルセは疲労を滲ませる顔をしています。
戦闘した人がそのまま籠城戦での負傷者を手当てすればこうもなります。私も今回ばかりは疲れました。
負傷者の応急処置にとどめたというのに、もう魔力はすっからかんです。身体強化をしていたのもあって疲労倍増です。
「以前はもっと術士がいたので交代もできたんですがね」
精霊術士4人で分割しても日が暮れるまで時間がかかりました。
あの時一緒に塞門刀車を守っていた衛兵さんは、2人が帰らぬ人となりました。瓦礫から助け出された時には既に事切れていたそうです。
人が死ぬのを見るのは、辛いです。
「歴が長いってのは嘘じゃなかったんだな、今日は随分と助かった。ありがとう」
ペルセが、恥じらいつつも感謝してくれました。
側でずっと黙っていたフォリーも首肯します。
この人も割と重傷だった筈なのですが、何故か手伝ってくれてます。
「あたしも頑張ったんだけど」
「はいはい、お前には何時も助けられてるよ」
不貞腐れた声で労いを求めるのはシャルールです。
どうやらペルセとシャルールは元々同じパーティーだったみたいです。
褒めてほしそうにペルセを見るシャルールは、とても可愛らしい顔をしていました。
「なあ、チビ…いや、フィーユ」
「なんでしょうか」
ペルセが、改まって真剣な顔をしています。
「俺たちで、本格的にパーティーを組まないか?」
「…」
言葉が、詰まりました。
嬉しくないかと言われれば嘘になります。
今回のパーティーで活動するなら、今後高い評価も得られるでしょう。
きっと、楽しい冒険生活になるに違いありません。
「ごめんなさい、私には先にやるべきことがあるんです」
「そうか…」
誘ってくれたのは、とても嬉しいです。
そういう選択もありなんだと、そう思わせてくれます。
「フィーユの指示なら俺は従う、その用事とやらが済んだらまた考えてくれ」
「ありがとうございます。ペルセ」
ルソンに約束を果たしてもらうんです。
未来を描くのはその後です。
穏やかな寝息を立てる相棒の頭に、そっと手を置き頭を撫でます。
「起きたらちゃんと感謝しないとですね」
私を庇ってこんなにボロボロになったのです。
目が覚めたら、ちゃんと褒めてあげましょう。




