第五話:想起
「ウィザ姉、私もお酒を飲んでみたいです」
「ん~フィーユにはまだ早いかなあ? なあポワン」
「だな、この国じゃちっこいやつに酒は飲ませちゃいけないって法律があるんだぜ」
「そんな法律聞いたことないですよう」
「最近できたんだ、なあオレイユ?」
「…ああ」
「ほらオレイユもこう言ってる」
「みなさんいじわるですぅ」
お酒を飲みたいと言った私に飲ませまいと、あまり冗談を言わないオレイユすら悪ノリしたあの日も。
「おいチビそこは危ねえ、もっと後ろに下がれ」
「すみません!」
「オレイユももっとチビを見てやれ、気が付いたら前に出てんだよこいつ」
「まあまあポワン、フィーユはすぐ支援できるようにしてくれていたんだよ」
「それで怪我されちゃ元の子もないだろ! 大体テトはいつもそうやってフィーユを甘やかして…」
「はいはい喧嘩はそこまで、続きは帰ってからにしな。じゃないと両方とも丸焦げにするよ」
私がうっかり前に出てしまって怒られて、それをテトやウィザ姉がフォローしてくれたあの日も。
「フィーユは将来どんな旦那が欲しいんだ?」
「旦那さんですか…? 今は特に考えていないです、皆さんとこうしているのが凄く楽しいですし」
「こらポワン無神経なこと聞いてんじゃないの、フィーユは私と結婚するのよ」
「ウィザ、同性では結婚できないぞ」
「うっさいオレイユ」
「ウィザ姉はきっと素敵な旦那さんが見つかりますよ」
「フィーユに振られた…」
「珍しくウィザが落ち込んでるな」
「テト、あれをどうにかしてくれ。うるさくてかなわん」
「僕に投げられても困る」
楽しかった日々が、充実した光景が。
もう二度と手に入らない。
死んだ人が生き返ることはない。
ついこの前まであった景色が、ずっとずっと遠い出来事のように感じてしまいます。
私の今まで生きていた人生が音を立てて崩れていくような。
正直に言ってしまうと、足を止めてしまいたいです。
全てに目を背けて何も考えずにベッドに籠もっていたいです。
ですが、そんな事をしてしまえばもう立ち直れない。
私は進むしかないんです。
お金を卸すついでにルソンの冒険者登録をしにきました。
大通り近くにあるここは酒場も兼ねており、人が多くいる...はずでした。
昼過ぎでクエストに向かった冒険者が出払っているとはいえ、それでも喧騒が聞こえるくらいにはここは活気のある場所のはずです。
それが今や閑古鳥が鳴いていそうなくらい静かです。
一体何が起きたのでしょうか。
気にはなりますが、まずはルソンの登録を済ませてもらいます。
「すみません、彼の冒険者登録を行いたいのですが」
「あれ、フィーユじゃん。テト達はどしたんね?」
受付に行くと顔なじみの職員がいました。リベルテさんです。
彼女とは友人というほど仕事外での交流はないが雑談は時折している、まさに知り合いといった関係です。
色んな国を異動してきたからか方言が混ざって変な口調をしていますが、本人は直すつもりがないそうです。
そういえばすっかり頭から抜けてましたが、冒険者ギルドにテト達は寄っていたのでしょうか。
「それは私が今一番知りたいです。ここ最近テト達は来ましたか?」
「言われてみると見てないなあ、最後に来たのはひと月くらい前かねぇ」
やはり来ていないそうです。クエストを受けたわけでもない、というのに彼らは一体どこに行ってしまったのでしょうか。
「そうですか...そういえば今日は人が少ないですね」
ルソンの手続きを進めてもらいつつ、会話を続けます。
後につかえる人もいないですし問題ないでしょう。
「あーそれね、ここの所こんな調子よ。私としては楽でええけどねー」
「なんか大きなクエストでもあったんですか?」
「うちじゃないんだけどね、なんか国が冒険者やら傭兵やらに声かけて回ってたらしいよ? なんでも魔王軍に対する追撃部隊の編制だとかなんとか。兵士も根こそぎ連れてったみたいね」
軽い口調に対し仕事はてきぱきとこなしつつ答えるリベルテ。
現在人類は攻めてきた魔王軍に対して優勢とは聞いていましたが、もう勝利目前まで来ていたようです。
時期としてはちょうど私がテト達とクエストに出かけた直後のことらしいです。
「私はよく知らないんだけどねー、ここの上層部はちょっと揉めたみたいよ? ギルドを通さずに冒険者を直接勧誘するなんてーって感じで」
「ギルドとしては嫌でしょうね」
もしかしたらテト達はそれに参加したのかもしれません。
ですがもう募集は終わっているらしく、冒険者ギルドとしては何も関与してないということでした。
「まあそんなこんなで人がいないってわけ。ほい、登録終わったよー」
「ありがとうございます」
結局のところ、ルグレに行くという目的は変わらずです。
「ルソン、私の武器を買いに行きましょう」
今の私達に必要なのは戦闘を有利に進めるための遠距離武器です。
戦いの流れを安定してこちらに傾けることができます。
最適なのはオレイユが使っていたような短弓です。
あまり命中させる自信はないですが、彼に教わって基本的な扱い方は理解しています。
ルソンが敵と対峙した時に使うつもりなので遠くを狙う必要はありません。ただ敵の方に飛んで気をそらせるだけでも効果があります。
軽くて丈夫そうな弓を購入し、負担にならない量の矢も用意しました。
荷物が増えてしまいましたがなんとか許容範囲です。
「荷物多くない? 少し持とうか?」
「大丈夫です、これらは全部私が持たないと意味ないですから」
どのみち戦闘時には寝袋などの荷物は地面に置きますし、咄嗟の対応を行うルソンは身軽でないといけません。
次は防具屋さんです。
ルソンは盾こそ貰いましたが、その身体には何の防具もつけていません。魔物は突進してくることがよくあるので衝撃を吸収する装備が必須になります。
「防具っていうとこういうのとか?」
ルソンが指さしたのは、棚に置かれたフルプレートのアーマーです。
冒険者になりたての頃は、私も防具と言えばこういうガチャガチャして如何にも重いものだと思ってました。
実際のところ刺突や斬撃にも対応出来るフルプレートは確かに優秀です。
ですが長旅をする冒険者とはあまり相性が良くありません。悪路を往くには辛く脱ぐのも誰かの手助けが必要だからです。
少数で活動しがちな冒険者よりは、どちらかというと兵士の方に向いている装備と言えるでしょう。
それに今のルソンには重すぎます。もっと軽くて動きやすい物にしなくてはなりません。
付け加えるとフルプレートはとても高いです。私の手持ちではとても買えないのです。
「ルソンならこっちの方が良いですね、比較的軽いですし動きも制限されにくいです」
刺突等の攻撃は盾で防いでもらい、吹き飛ばされた時は防具でカバーする形で行きましょう。
「すみません、これとこれで彼に合う大きさのはありますか?」
「ああ、それなら確か裏にいい感じのがあったはずだ」
「二つもつけるの?」
「はい、金属製の鎧は金銭的に無理ですが、レザーアーマーとギャンベゾンくらいは装備するべきです」
革製の鎧は斬撃や刺突にはあまり高い効果を持ちませんが、打撃には十分効果があります。
特にレザーアーマーの下に着るギャンベゾンは綿や動物、魔物の毛などを編み込んだ衝撃に強い衣服です。
これらを着込んでおけば前衛として最低限働けます。
「それとこのアームカバーをください」
戻ってきた店員さんに追加の注文をします。
これは弓を撃ったときに弦が腕を傷付けるのを防ぐ意味があります。
コレがないと運が悪ければ手首などを切ってしまい戦闘で役立たずになります。
一部の弓は身体強化を前提として弦がとても硬く作られていたりします。
手元が狂えば全力で引いた糸の束が高速で腕に当たるのです。
一度それで負傷した冒険者を治療したことがありますが、あれはとても痛そうでした。
弦が手首の半ばまで食い込んでいたのです。
そうならないためにも、この防具は必須です。
「全部だと結構な額になるけど、大丈夫かい?」
「問題ありません。これでお願いします」
冒険者になるには防具が必須といっても過言ではありませんが、その金額は簡単に出せるものではありません。
特に地方出身が多い冒険者では質屋に借金をして中古を買いそこから稼ぐのが一般的です。
レンタルもやっていたりしますが、破損すると追加料金を取られたり一日当たりの貸出料が割高だったりとあまり好まれていないのが現状です。
ですが、私はこれでも実力のある冒険者パーティーの一員だったんです。
他に使うこともありませんでしたから、これくらいを一括で支払うくらいはできます。
買ったばかりの新品の防具を早速装備するルソン。
剣に盾に防具と、見た目だけなら一端の冒険者らしくなってきました。
「ありがとう、絶対いつか返すから」
「期待してます、頑張って強くなってくださいね」
さて次はルグレの近くへ向かう乗合馬車がないか確認です。
そう思い防具屋さんの外へ出たときでした。
甲高い鐘の音が響き渡ります。
「え、何?」
その意味を知らないルソンは突然の音に驚いていますが、これは良くありません。
カンカンカンと短期間で響く鐘の音は、冒険者ギルドが出している音です。
その意味は。
「魔物の襲撃が来るみたいです」
街に魔物の襲撃が起こる、非常事態の警報でした。




