第四話:喪失
「ここが、アミチの街か」
「そうですよルソン...さあ、いきましょう」
初めて見る都会に周囲をキョロキョロしているルソンの手を引いてさらに足を進めます。
「ちょちょ、早い早い」
彼の静止も聞こえないふりをして、いくつもある路地のひとつに入っていきます。
露店の集まる大通りからふたつ程離れた生活区に入り、さらに右へ左へと道を曲がります。
よく立ち寄ったパン屋の角を曲がって、二つ目の建物。
この都市ではありふれた3階建ての建物。
私とウィザ姉が三階で、テト、オレイユ、ポワンが二階で。
毎朝一階のリビングに集まってどんなクエストに行くかとか、どういった道具を用意しようだとか。そんな話をしてました。
鍵がかかってるかもだとか、ノックだとかも全部忘れて勢いのままに扉を開けました。
「みんな...!」
しかし、誰もいませんでした。
「みん....な...」
扉の先に広がっていたのは。無情にも。
「どう..して......?」
全ての家具や荷物が引き払われてしまった。
もぬけの殻だったのです。
私はしばらく立ち尽くすしかありませんでした。
置いてあったはずのテーブルも。よくウィザ姉と座ってた長椅子も。
何も残されてはいませんでした。
「フィーユ」
私の肩に手を置くルソンの手を、私はどんな目で見つめていたのでしょうか。
「僕がついてる」
いつの間にか私の前に回って抱きしめられていました。
こらえていたものが目から溢れてしまいそうです。
けど、しゃっくりを上げそうになるのどを抑えてルソンと向き合います。
「私は、答えを聞くまで泣かない」
「その調子。まずはどこから探しにいく?」
目に溜まってたものを拭い、部屋を出ます。
この様子では何も手がかりは残っていないでしょう。
探すとしたら拠点の外です。
何もない建物を後にし、パン屋に向かいます。
「すみません、アムールおばさんはいらっしゃいますか?」
店先には誰もいなかったので店の奥に声をかけます。
幸いすぐ裏手にいたようでアムールおばさんが出てきました。
近所で評判の愛嬌あふれる、焼き立てのパンのようにふんわりと優しい人です。
「あら、フィーユちゃんじゃない。もうてっきり街を離れちゃったのかと思ってたわ」
「そのことで聞きたいことがあるんです」
久しぶりの再会に朗らかな笑みを浮かべていたアムールおばさんでしたが、私の表情を見るなり真剣な顔になりました。
「わかった、ここじゃなんだから入っておいで」
察しの良い人です。すぐに店を閉めてまで私達を生活スペースに通してくれました。
お得意先にだけ出す紅茶まで淹れてくれています。
「何があったんだい?」
「実は...」
全部話ました。
テト達に遠征先で追放されたこと、しばらく教会に居たこと。
ルソンと出会ってここまで来たこと。
たどたどしく喋る私の話をアムールおばさんは表情一つ変えずに聞いてくれました。
「大体事情はわかったわ...けど、ごめんね。私はあの子らが出て行った理由を知らないのよ」
「そう...ですか」
テト達はアムールおばさんにも知らせずにこの街を出ていったそうです。
この街に戻ってからすぐに荷造りを始めて早々に引き払っていったと。
一つ目の手がかりは空振りに終わりました。
「大分焦っていたことしか、おばさんにはわからないわ...力になれなくて申し訳ないねえ」
「いえ、少しでもお話を聞けて良かったです」
ほんとうに申し訳なさそうな顔をしているアムールおばさん。
頻繁にここに買い物に来ていたここにも挨拶に来ていないとなると、相当急いでいたと見えます。
「この後の当てはあるのかい?」
「よくお世話になった鍛冶屋があります。あの人ならまだこの街にいるはずです」
「そうかい、いい話が聞けるといいね」
アムールおばさんはそう言って私達にパンをくれました。
お代を払おうとしても断られました。
「次にフィーユが来た時に、笑顔を見せてくれればいいさ」
ありがたくいただきました。
久々に食べるアムールおばさんのパンは、とてもおいしかったです。
「こっちです」
街の外れの方にある、少し寂れた路地。
大通りの喧騒も遠く聞こえる中で、一際目立つ甲高い音。
金属に金属を叩きつける、鍛冶の音です。
「ここがその鍛冶屋?」
無言でうなずきます。
この辺りではこの工房しかないので、主は居るということでしょう。
換気のため開けっ放しにされたドアから中に入り、音の鳴る方へと向います。
「オネットおじさん、お久しぶりです」
おじさんは剣を打ちながらこちらをチラリとみて視線を手元に戻しました。
「ん…んん?」
そのまま作業を再開させようと腕を上げた所で、驚いた様子でこちらに向き直ります。
綺麗な二度見でした。
「おお、フィーユ…か」
いつもぶっきらぼうにハッキリと物を言う人なのですが、出てくる言葉の歯切れは良くありません。
これは、何か知っているかもしれません。
「率直に聞きます。テト達が何処に行ったか知りませんか」
この方には直接聞いたほうが早いです。嘘をつけるような性格でもないので単刀直入に話を進めます。
「来ちまったか…テト、おまえさんの考えが当たったな」
オネットおじさんはずいぶんと大きな独り言を漏らしつつ、鍛え途中の剣を炉に戻していきます。
その内容といい態度といい、手がかりは持っていそうです。
「何か知っているんですね」
しかし私の期待を裏切るように、オネットおじさんは首を横に振ります。
「詳しいことは知らん。ただ俺が知ってるのは…」
言い淀むその姿を見て凄く嫌な予感がしてしまいます。
まるで重い空気がこの部屋に満ちているかのようなそんな錯覚すら覚えてしまいます。
何故でしょうか、その次の言葉を私は聞いてはいけない気がする。
鳥肌が止まりません。
「あいつらはもう死んだってことだ」
「は」
思わず声が漏れます。
今、この人はなんて発言したのでしょうか。
死んだ
彼らが?
テト達が...?
「冗談...ですよね?」
「俺がこんな面白くもねえ冗談言うと思うか?」
信じられません。
信じたくありません。
「そんな…」
「ったくだからこんな役はやりたくなかったんだ、テトのやつ面倒を押し付けやがって...」
ぶつくさ言うオネットおじさんの言葉がうまく聞き取れません。
「他に何か知ってることはないんですか!? なんで私を置いていったのとか…何か…理由を」
「知らん」
知っててもらわないと困ります。もう他に有望な手がかりはないんです。
「知ってる筈です…知っててくださいよ……でないと私…」
何を理由に生きればいいんですか
「わかったわかった、一つだけ教えてやる」
泣き出しそうになる私を見て、オネットおじさんは頭を掻きむしります。
「ルグレだ」
ルグレ
それは隣国と程近い農村の名前です。
テトは前に故郷へ置いてきた親友がいると話をしていたのを覚えています。
「あいつの故郷らしいが、もしあんたが俺んとこに来て駄々をこねたらそこに向かわせろと言われてたんだ。これ以上は本当に知らん」
「ありがとう…ございます」
首の皮一枚で私の旅は続けられそうです。
足を止めてしまえば、終わってしまう気がしました。
「そこの坊主」
「は、はい」
ずっと横で静かだったルソンに声がかかります。
オネットおじさんの低い声に萎縮したようで、ルソンの声は少し上擦っていました。
「そこの盾を持ってけ、手慰みに打ったもんだが使えるだろう」
「え、いいんですか」
「そこのフィーユを守る為の盾だ、お前のためにやるんじゃない」
今日のおじさんはいつもより格段に優しいです。
いつもは値下げすらしてくれないのに。
「もちろんです、僕がフィーユを連れていくって約束したから」
「言うじゃねえか、そういうのは好きだぜ」
どうやらルソンは気に入られたようでした。
盾…ルグレを目指すのであれば、私達の装備を少し見直さないといけません。
決して遠くはありませんが、私達の国とルグレの先にある隣国とは仲が悪くお互いが牽制しあっている状態です。そのせいで魔物の駆除があまり進んでいません。
道中で接敵する可能性は十分にあります。
少しギルドでお金を卸してきましょう。




