第二話:不安
「ところでどこに向かうの? フィーユ...さん」
ルソン君は少し遠慮がちにさん付けしてきました。
私の方が年上なので自然なことですが、冒険者としてはあまりよくありません。
背中を預け合い共に冒険をする仲間同士に遠慮があってはいけないのです。
なので私もこれからは彼を呼び捨てにします。
「フィーユでいいですよ、ルソン」
心の距離が開いているほど、いざという時信じられなくなってしまいます。
「わ、わかった................フィーユ」
ルソンはたっぷり間を置いてから私の名前を呼びました。
こういうことに慣れていないのか、顔は私からそらしています。
この位置から見えるのは彼の真っ赤になった耳だけです。
その姿を見ていたら少しだけ笑えそうな気がしました。
「はい。まず私達が向かう場所ですが、アミチという街に行こうと思ってます」
「アミチ?」
そこは、かつて私達が拠点にしていた街でした。
城壁があって、商店も冒険者ギルドもあってなんでも揃う場所でした。
「私達はそこで活動していたんです...ウィザ姉達がいるならきっとそこにいるはずなんです。冒険者ギルドもありますから、そこでルソンも冒険者登録しましょうか」
「わかった」
今はそのアミチに向かうために、街道を目指してあぜ道を歩いています。
できれば日が暮れるまでに宿駅へたどり着きたいですが、このあたりの道はあまり整備がされてなくてごつごつした岩が所々に落ちています。
私はまだしも旅が初めてなルソンにとっては荷物を背負って歩くのも大変なはずです。
休憩を挟みながらとなると着くのは日が傾いてからになるかもしれません。
「ねえ..フィーユ、このあたりも魔物が出るんだよね」
「そうですよ、このあたりのはあまり強くないですが私達にとっては強敵です」
討伐依頼のあった強い個体以外は野生動物程度の強さしか持っていません。
武器を持った人が複数人で戦えば勝つことができます。
ですが、私達は二人しかいません。
しかもルソンはまだ実践経験がありません。剣こそ持っていますが鍛錬でしかそれを振ったことがないというのです。
いざ戦闘になったら経験豊富な私が支えなくちゃいけません。
「もし魔物が出たら僕がフィーユを守ってあげる」
腰に携えた剣を叩いてにやりと笑う彼の顔には慢心がありました。
その笑顔に、少し嫌な予感がしました。
ルソンの横のすぐ近くで鳴った、乾いた枝がぱきりと折れる音に心臓が跳ねました。
「なに?」
ルソンも音に気付いたようで、茂みの方を向いています。
見えたのは枝でした。
いえ、正確には"枝のように見える角"です。このあたりに生息している鹿型の魔物がそこに居ました。
普通の鹿にはない模様と鋭利な角を持つ魔物はこちらを向いてジッとしています。
これは良くありません。
魔物が相手を前に止まっているのは隙を伺っている時しかありません。
「ま、魔物...っ!」
「ダメですルソン! ゆっくり下がってください、隙を見せたら突っ込んできます」
咄嗟に指示を出しますが、ルソンの頭には入っていないようでした。
慌てて剣を抜こうとしてあろうことか目線を剣に向けてしまったのです。
その時私の体が動いたのは奇跡といっても良かったです。
精霊術で身体能力を強化しつつ、ルソンを掴んで横に飛びました。
そのおかげで、間一髪の差でルソンの胸元を狙っていた鋭利な角を避けることができました。
「うっ...ルソン、立ってください! そして相手から目を離さないでください!」
「ごめん!」
無理やり立たせて剣を向けさせます。次はきっと守れません。
魔物の角が私の左腕を切っていたようで、鈍い痛みと血が流れる感覚がしました。
普通に動かす分には大丈夫ですがもう一度ルソンを抱えて飛ぶのは無理でしょう。
彼には何としてでもこの魔物を倒してもらわないといけません。
魔物は既にこちらへ向き直っており、今にもとびかかってきそうな状態です。
「剣を相手の顔に向け続けてください。そうすればすぐには来ません」
「わかった」
テトがいつもやっていたことです。こうするだけでけん制になります。
ルソンが時間を稼いでいる間に、彼にも身体強化をかけます。
しかしこの状況は私達にとって不利です。
このままではけん制はできていても攻撃ができません。
角を持つような魔物が相手の時は、隙をついていない限りこちらからしかけるのは分が悪いです。
しかも私は負傷していて、前衛は経験の浅い少年一人。
魔物も馬鹿じゃありません。こっちの体力が尽きるまで睨み合いくらいしてきます。
どうにか隙を作ってルソンに切り込んでもらう必要があります。
(私が...どうにかしないと)
焦る思考をなんとか抑えてできることを考えます。
(精霊術ではどうしようもない...私が投石してもルソンが攻められるほどの隙は難しい......)
...あ
一つ、思い出しました。
——フィーユ、もしも悪い男があんたに近づいたらこれを地面に叩きつけるんだよ
ウィザ姉が持たせてくれた護身道具。
遠い国の珍しい、大きな音のなる玉でした。
急いでそれを荷物から取り出して握りしめます。
「ルソン、これから大きな音を鳴らすので合図をしたら切りかかってください」
「だ、大丈夫なの?」
不安そうなルソンの声。
ですがここは信じてもらうしかありません。
「私を、信じてください」
「...わかった」
護身具を思いっきり振りかぶります。
「今!」
「うおおおおお!」
ルソンが動いたことで魔物も反撃の構えをしました。
このままではルソンが角に刺されてしまいますが、その前に私の投げた玉が地面に勢いよく叩きつけられます。
直後。地面が揺れ、空気が震えるほどの轟音が鳴り響きました。
魔物は反射的に飛びのき、その角をルソンから逸らします。
一方で勢いのまま切りかかるルソンは、無防備になったその首に剣を走らせます。
勝負は一瞬でした。
首の半ばまで剣が食い込んだ魔物はビクリと体を痙攣させて倒れこみます。
ルソンも体制を維持できず荒い息のまま魔物にかぶさるように倒れます。
爆音を間近で聞いてしまった私も、その場にへたり込みました。
ルソンが何かを喋っているようでしたが、耳がおかしくなってしまったのかよく聞こえません。
ですがその口元は「勝った」と言っているように見えました。
しばらくしても魔物が動く気配はありません。
私達の初陣は、辛勝でした。
結局、宿駅にはたどり着けなかったので森の中で野営することにしました。
晩御飯は今日倒した魔物のお肉です。魔物といっても動物とほとんど変わりありません。毒が無ければ大抵は食べることができます。
冒険者の初陣のお祝いとして、初めて倒した魔物を食べる風習もあるくらいです。
しかし、初陣に勝利したルソンの顔は明るくありません。
「ごめん、勝手なことして」
私の指示に従えなかったこと、そのせいで私が怪我をしてしまったことに対して罪悪感を覚えているようでした。
ですが謝るべきは私の方です。
「私の方こそごめんなさい、もっと早く魔物について伝えるべきでした」
初心者に魔物との戦い方を教えられなかったのは私の責任です。そのせいで余計なリスクを背負うことになりました。
あの護身具もウィザ姉が師匠からもらった一個だけだと言っていたので、もう二度と手に入ることはないでしょう。
「傷、大丈夫?」
「大丈夫です。あの後すぐ治療したので、これはただの汚れですよ」
幸いそこまで深い傷でも無かったので、戦闘後すぐに治しました。スッパリ切れていたおかげで傷跡も残りません。
「今回の戦いでは反省することが多くあります。まずは魔物に気付くのか遅すぎました」
「目の前だったもんね」
本当はあの距離で魔物に遭遇すること自体がいけないことなのです。
パーティーの中で五感に優れた仲間が近付かれる前に察知するのが鉄則でした。
今までその役目は耳の良いオレイユの役目でした。
彼の聴力は凄まじく、何メートルもの先にいる鼠の走る音すら聞き分けてくれたのです。
「これは山や森などを歩き慣れてる私がやります」
オレイユがいない今、次にそれをこなせるのは私です。
「急な接敵ではまず前衛が真っ先に魔物との間に入る必要があります。これはルソンの役目ですね」
「うん、頑張る」
不意の遭遇に対しては剣士よりも戦闘準備の早い格闘家が対応するのが推奨されていました。
元々はポワンが担当していたことです。
「攻撃はどうするの?」
「敵をけん制しつつ、他の前衛や武器を持つ後衛職が攻撃を仕掛けます。これは…どうしようもないので、その時対応できる方にしましょう」
魔物にけん制ができたら、テトのような剣士が隙を伺ったりしつつ切り込むか、ウィザ姉のような魔法使いが安全な距離から攻撃します。
二人しかいない以上、私かルソンのどちらかが対応するしかありません。
「最後に前衛を支援し負傷者を癒すのが術士…私の役目です」
前衛には身体強化をかけて、誰かが怪我をしたら癒すのが精霊と契約した精霊術士である私の役割でした。
治療ができる精霊術士は重要な存在です。居るだけでパーティーが長期間活動できます。
戦闘で負傷しても短時間で戦線復帰ができます。
本来人間では太刀打ちできない魔物にも力比べができるようになります。
「フィーユ?」
...尚更私を追い出した皆の気持ちがわかりません。
私は必要とされていたはずなんです。
考えれば考えるほど何か特別な理由があったのではないかと思ってしまいます。
あの賢いテトが術士の補充ができない辺境の村で、私を置いていくような愚かな事をするはずがないんです。
「…今日はもう寝ましょう、最初の見張りは私がやりますのでルソンは先に寝ててください。交代の時に起こします」
「...わかった」
だから何としてでも理由を聞かなくてはなりません。
でなければ、私は前に進めない。




