08.広場のざわめき
広場に集まった百人を前に、可愛らしい声のアナウンスが響く。
「みなさまー! これから簡単にこの島の説明をしますね! 各自の部屋はこちらで決めさせていただいておりますのでそれぞれ扉の前にある名札を確認して自分の部屋をご確認ください! 女子寮、男子寮に分かれていますが、空いている部屋もたくさんあるのでここがいい! というご希望があれば、スタッフにご相談くださいね!
そして、この島特別の紙幣があります!
最初に全員に三十枚支給されます! 衣食住は無償で用意されていますが、学習、本屋、追加の食事、各々の交渉などに関してはその紙幣を使ってください!
例えば本屋の店員さんなどこの島で働くことによってその紙幣をもらうことができます!」
アナウンスが終わると、スタッフが一人一人に封筒を手渡していく。
封筒の中から出てきたのは見慣れない紙幣だった。
中央には可愛いクマのマークが印刷されている。
「こちらが島専用の紙幣になります。最初にお一人三十枚お渡しします」
スタッフが説明する声に耳を傾けながら、皆それぞれ紙幣を手に取り、指でなぞる。
光にかざすと、透かしのように小さなクマが浮かび上がる仕掛けもあった。思わず「かわいい…!」と小さな声が漏れる。
封筒を抱えたまま周囲を見渡すと、少し離れたところで女子たちが輪を作って盛り上がっている。
(何してるんだろう?)
女子たちの輪に近づくと、ただの談笑ではないことに気づく。黄色い声が飛び交い、その中心にいたのは見覚えのある顔だった。
「あの自己紹介の時にいた子だよね?」
「涼くん? だったっけ、なんでこんな女子に囲まれてるんだろ」
凛とすずは何が起きているのか理解できず顔を見合わせる。
すると、その輪の中にいたフリルの少女が目をキラキラ輝かせながら、こちらに振り向き
「あの、高橋涼を知らないの?! 若手アイドルで一番勢いのあるCrown&Knightの人気メンバーの高橋涼だよ! 今活動休止中なんだけど休止する時はニュースにもなったのに!」
と興奮気味に話しかけてきた。
凛とすずはぽかんと口を開けて顔を見合わせる。
「Crown&Knight確かに聞いたことある!」
凛が思い出したかのように言った。
(確かにかっこいいけどアイドルだったんだ。休止のニュース見た記憶あるけどなんでそんな有名人がこんなところに?)
すずは不思議な気持ちで涼を見つめた。
当の涼本人は女子に囲まれながら苦笑いを浮かべ頭をかいていた。
「バレちゃったかー。ここではアイドルとしてではなく普通に高橋涼二十二歳として接して欲しいな」
涼は困っているようだったが女子たちの興奮はまだ収まらないようだ。
フリルの少女は
「あの涼くんと同じ島に住めるなんて最高♡」
とはしゃいでいる。
高橋涼。二十二歳。活動休止中だけど現役若手アイドルで今一番勢いのあるCrown&Knightの人気メンバー。二重で通った鼻筋に黒髪マッシュ。アイドルオーラが隠しきれてないけれど本人は普通に生活していきたそうだ……。
後ろの方でブツブツ声が聞こえてきた。
そこにいたのは現役大学生だと話していた遠藤智也。ノートとペンを持って何か書きながらブツブツ呟いている。
「何してるの?」
凛が話しかける。
「一人一人の情報をメモに書いてるんだ。人の名前間違えても申し訳ないし人間観察も好きだからね。趣味の一環だよ」
「全員分書くつもり?私たちも書いてる?」
凛が少し引き攣りながら聞いた。
「まだ名前と年齢くらいしか書いてないけど、これから新しい情報を知っていったら書いてくつもりだよ」
メガネの奥の瞳を輝かせながらなんてことないように智也は言った。
「へぇ、自分のことは書かれたくないけど他の人のは気になる」
凛が珍しく引き気味のようだ。
「まぁ、個人の主観も書いてるからちょっと恥ずかしいけど見たいなら見せてあげてもいいよ。まだまだ時間はかかりそうだけどね」
智也はノートを大事そうに抱えている。
「なんかデスノートみたいだね」
凛が智也に聞こえないような声ですずに囁いた。
広場で黄色い声援を浴びて困ってる人、ベンチに座ってボーッとしてる人、早速街を探索しに行ってる人、人間観察してる人。それぞれのこの島での生活がスタートしたような空気が漂い始めている。
まだまだ何が起こるかわからないけれど圏外島は確かに存在した。
そして様々な思いを抱えた百人も集まっている。
どのような生活が待っているのかすずはワクワクしていた。