18.妊婦さん
圏外島生活六日目。
朝の広場には今日も多くの人が集まっていた。マリアが中央に立ち、笑顔で手を振る。
「みんな、今日も来てくれてありがとー! ラジオ体操始めるわよ♡」
涼は颯爽とラジオ体操をこなし、遠くからその姿をりりあが目に焼き付けるようにキラキラした目で凝視していた。隣では晴人が慣れた手つきで体操をしながら、誠と楽しそうに雑談をしている。二人の姿は、本当に仲良しな親子のようだった。その様子を見ながら、すずは自然に微笑む。
りりあだけでなく今日は慎也も誰かをじっと見ていることにすずは気づいた。その視線の先には昨日は来ていなかった凪の姿。二人の距離はかなり離れているが、りりあ同様慎也も周りの目を気にせずに凝視している。でもその瞳はどこか真剣で温かかった。
いろいろな人間模様が渦巻く広場の片隅、ベンチの方では妊婦の長谷川真美と、その隣で寄り添うように看護師の田辺千夏がボーッとラジオ体操を眺めながら座っていた。
「真美さん、体調大丈夫ですか?」
「今日は大丈夫そうです。せっかくの圏外島生活なのに私に付き添わせてしまって本当にすいません」
「私は大丈夫ですよ。同世代の真美さんとこうやって出会えて嬉しいです。昔から人の世話を焼くのが好きな性格なのでむしろなんなりと私に気を遣わず頼ってください!」
「本当に千夏さんがいてくれて助かってます。圏外島生活勢いで応募しちゃったのでどんな感じなのか不安だったんですけど、みなさん優しくてすごい平和で幸せな空気ですよね」
「そうですねー。あ、ラジオ体操終わったみたい」
ラジオ体操が終わり、広場には軽やかな笑い声や談笑が広がる。
「明日も来れる人は来てねー♡ 」
マリアの明るい声が響く。
「フフッ。個性も豊かでみんな伸び伸びとしてていいなー。最近あんまり笑えてなかったし幸せって何とか生きる意味とか考えすぎてたんですけどここだと何も考えずに過ごせますね。幸せってこういうことなんだろうなー。仕事のこと何も考えなくていいの最高!」
千夏は伸びをしながら言った。
「怖い人とかいたらどうしようかとか思ってたんですけどいらない心配でした。若い子が思ってたよりも多くていろんな世代の方がいて刺激になります」
二人が穏やかに話をしていたその時、真美のすぐ前に元気いっぱいの声が飛び込んできた。
「はじめましてー! あんまり見ない顔ですよね。私、りりあって言います!」
真美は少しびっくりして顔をあげ、千夏もびっくりしながら微笑んだ。
「びっくりしたー。はじめまして、長谷川真美です」
「田辺千夏です」
「びっくりさせちゃってごめんなさい。私、気になっちゃったら考えるより即行動しちゃうタイプで」
「ちょっとびっくりしたけど元気は若さの象徴だよ。私もいろんな人と仲良くなりたいし話しかけてくれてありがとう」
真美が微笑む。
「優しくてよかった、仲良くしてください!」
りりあは天真爛漫に笑う。
すずはちょっと近くでその様子に聞き耳を立てていた。
(りりあちゃんのその人懐っこさは危ないとこもあるけど羨ましいな)
「私、ちょっと体調悪くてずっと部屋に閉じこもってたの。だから久しぶりに外に出てきてボーッとしてたんだ。あんまり顔を見たことがなかったのも私がそもそもそんなに外に出てなかったからだと思う」
「真美さん妊婦さんだからね」
と千夏がそっと付け足した。
「え、そうなんだ! 確かにお腹ふっくらしてる! え、でもなんで妊婦さんがここに?」
真美は少し表情を曇らせ、言葉を詰まらせた。
「んー、まぁ、色々あって」
「この島に来てる人たちはみんないろんな事情がありそうですもんね」
りりあは周りを見渡しながら言った。
「確かに。私も仕事の人間関係が嫌になって逃げてきたよ」
千夏が答えた。
「私もネットの炎上が怖くて逃げてきました!」
「あ、やっぱり見たことあると思ったらりりあちゃんって恋リア出てた? 私看護師なんだけど、看護師の間でも結構話題になってたよ」
「はい! え、見てくれてたの嬉しい! なんかあんまりこの圏外島の人たち私のこと知らないみたいな感じで、でも炎上から逃げてきたから私のこと知らない人だらけなのも楽かもって思ってたけど、やっぱり視聴者に会うと嬉しい!」
りりあは千夏をキラキラとした目で見つめて言った。
「すごい面白かったよ。私はりりあちゃんとはやてくんペアすごい推してたから」
「えー! うれしい! あ、でもってことは私の炎上も知ってる感じですよね?」
「んー、なんとなくは知ってるけど私は微笑ましく見てたしなんでこんな荒れてるんだろーって思ったかな。そもそもこんなおばさんからすると若い子がキラキラしてていいなとしか思わなかったな」
「えー、うれしすぎる、泣きそう」
「炎上っていろんな男の子と話して、女の子とも結構バチバチしてたからみたいなやつだよね?」
「それです」
「いやでもそれがあったからこそめっちゃ面白かったしみんなが写りを気にして謙遜しあっても面白くないから本気でバチバチしててよかったよ。私が運営ならりりあちゃんに感謝するレベル」
「はぁー、その言葉きけただけですごい気持ち楽になったー」
「目立てば目立つほど批判の声もあるだろうけどりりあちゃんにはファンもたくさんいると思うよ。そのたくさんいるファンのうちの一人が私」
千夏はそう言いながら胸元に手を当てて、りりあに優しく微笑んだ。
「ありがとうございます! 大好き! 私だけがすごい良い気分になっちゃってる。なんでこんな話になったんだっけ? あ、そうだ! なんで真美さんは妊婦さんなのに圏外島に来たのかだ」
りりあはハイテンションになりながら、ずっと黙っていた真美に視線を戻す。
「真美さんのお相手さんは向こうで待ってる感じですか? 赤ちゃんの性別とかはわかってるんですか?」
真美はりりあを見つめて何かを言おうとしたが、すぐに視線を逸らした。口元がわずかに震え、呼吸も少し早くなっているように見えた。
「あんまり言いたくない感じだったら言わなくても大丈夫ですよ」
千夏が優しくフォローをする。
「言いたくないこともありますもんね!」
りりあもにこやかに言ったその瞬間、真美の瞳が潤みはじめた。
「うっ…ううっ……」
小さな声が漏れ、真美は手で顔を覆った。
「えっ!? えっと、ごめんなさい! 泣かせるつもりはなくて…」
感情が溢れ出したかのように真美の涙は止まらない。
「どうしたの?」
「何があったの?」
自然と広場にいた人々がベンチの周りに集まる。
千夏がそっと真美の肩に手を添えて「落ち着いて、大丈夫」と声をかけた。
「ねぇ、何があったの?」
晴人が心配そうにりりあに声をかける。
「えっと……その、赤ちゃんのことが気になって聞いたんだけど、もしかしたら失礼なこと聞いちゃったのかも」
りりあは頬を真っ赤にしながら、手を小さく握りしめて答える。
「いや…いや、違うの」
少し落ち着いた真美がつぶやく。
「りりあちゃんは何も悪いこと聞いてないです。私の気持ちの問題で……」
頬を伝う涙を手で拭いながら真美が言った。




