17.ラジオ体操
圏外島生活五日目。
朝八時。聞いたことのない軽やかなBGMが島中に響き渡り、すずは目を覚ました。
「……なに、この音楽」
不思議に思いながら、届いた朝ごはんを食べ終え、外に出る。
すでに広場には同じように首をかしげる人々が集まっていた。
「すずちゃん! おはよー。朝の音楽なんだったんだろうね」
凛が駆け寄ってきた。周辺には一悶着あった少年や山本誠、スーパー店員の小山晴人、森川小春、高橋涼など見知った顔が集まっている。
(見慣れた顔も多くなってきたなぁ)
続々と人が集まりざわついている広場の中央には、マリアが立っていた。
その姿はいつも通り完璧で、笑顔も抜け目ない。
「みんな驚いたかもしれないけれど、のんびりしすぎてても覇気がないからね! スタッフに頼んで、毎朝八時にこのBGMを流してもらうことにしたの♡」
マリアは明るく両手を広げて言う。
「それと、ここでラジオ体操的なのも毎日やる予定だから、ぜひ来てね♡ 特にそこの坊やとか成長期は規則正しい生活をしないとね!」
と言いながら少年を指さした。
「は? 坊やじゃねぇし、勝手に決めんなよ!」
少年は眉をひそめ、ぶっきらぼうに言い返す。こころなしか顔も赤い。その反応を面白がるように、その隣にいた凛がニヤニヤしながら肘でつついた。
「言われてるでー、坊やくん」
「やめろって!」
少年が凛の肘を避ける。そのやり取りを見ていたすずはその二人の様子がまるで姉と弟のように見えて、少しだけ頬が緩んだ。
そんな中、空気を切り裂くように、ひときわ明るい声が響いた。
「いいねー! 俺、毎日来ます!」
マリアがそちらを振り向くと、底抜けに明るい笑顔で手を挙げているのはスーパー店員小山晴人だった。
「元気いいわねー! ありがたいわー♡」
「ラジオ体操、毎日やってたんで!」と晴人。
「毎日やってたの?」と凛が尋ねる。
「うん! 俺、事故で両親なくなっててさ。だから養護施設で育ったんだけど、そこでは朝は絶対ラジオ体操だったんだよねー」
「……そうなんだ」と凛は目を伏せるが、晴人は太陽のような笑顔を崩さずにニコニコしていた。
「この話するとみんな申し訳ない顔してくるんだけどさ、両親にはめっちゃ愛されて育ったし、仕方のない事故だったみたいらしいし周りにも恵まれてるし俺は幸せだよ。そんなしんみりされた方が困る」
凛は一瞬、言葉を失ったように黙り込んだが、晴人のあっけんらんかんとした笑顔に肩の力が抜けたように小さく笑った。
照りつける陽の光が晴人の笑顔に反射して、まるで周囲まで明るく照らしているようだった。
マリアはそんな晴人に向かって
「素晴らしいわ♡ 人にはいろんな過去があるけれどそれでも今の人生を楽しんで笑っていられる明るいあなた素敵よ」と笑いかけた。
「ありがとうございます!」と晴人は満面の笑みを返す。
近くで腕を組んで話を聞いていた山本誠が、ふっと口角を上げた。
「いや〜、まぶしいねぇ。俺もそのポジティブさ、ちょっと分けてほしいくらいだよ」
晴人は照れくさそうに後頭部をかきながら笑った。
「えー、誠さんだっていつも明るいじゃないですか!」
「いやいや、俺は口だけ元気なタイプ。中身は結構ドロドロだよ」と冗談めかして笑う誠に、周りの数人もつられてくすっと笑う。
マリアが「あなたも充分眩しいわよ♡」と冗談っぽく言うと、誠は肩をすくめて「そりゃどうも」と返した。
そんな二人の軽口に、重くなりかけた空気がふっと和らいだ。
「でも、何かあったら俺に相談しろよ。不安なこともあるだろ」
誠が晴人の肩に手を置くと、
「わかりました! 頼りにしますね! お父さん!」と無邪気に晴人が笑った。
「そこはお兄さんがいいなー。でもお父さん的存在に俺がなってもいいならなるよ」と誠が無邪気に笑う晴人に優しく笑いかけた。
すずはそんな二人を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
そのとき、少し遅れて明るい声が響いた。
「なになに〜? 何やってるのー?」
りりあが息を弾ませながら広場に駆け寄ってくる。
マリアがぱっと振り向いて、にこにこと手を振った。
「おはよう♡ ここでね、毎朝ラジオ体操をする予定なの。朝、音楽も流れたでしょ? あれも毎朝やるのよ♡ よかったら来てね!」
りりあはあくびをかみ殺しながら苦笑する。
「えー、さっき起きたばっかだから音楽聞いてなーい。朝ほんと苦手なんだよね〜。でも……涼くんが来るなら、時々来ようかなー」
周囲にはまた小さな笑いが広がり、広場の朝はさらににぎやかになっていった。
りりあはきょろきょろと周囲を見回したかと思うと、突然ぱっと目を輝かせた。
「あ! 慎也いた!」
少し離れた場所で、慎也が数人と笑顔で談笑していた。
すずは苦笑しながら尋ねた。
「もしかして……りりあちゃん、まだあの二人の恋愛気になってるの?」
「もちろん! 私、気になって気になって、夜寝る前とかずっと考えちゃってたレベルだもん!」
「人の恋愛なのによくそこまで感情移入できるね……」と、すずが呆れ気味に言うと、
りりあは勢いよく首を振った。
「いやいや! だってこの二人が結ばれたら、めっちゃロマンティックじゃん! 慎也の気持ちも気になるし〜!」
そこへ、凛が興味津々な顔で近づいてくる。
「なになに〜? なんか面白そうな話してるじゃん」
りりあが嬉しそうに身を乗り出した。
「この島でね、もしかしたらカップルが生まれるかもしれないのー♡ しかも、けっこうロマンティックな流れなんだよね〜」
凛の瞳がキラリと輝く。
「えー、いいじゃん! 誰と誰?」
りりあは嬉しそうにハートの形を作って言った。
「あそこにいるムキムキ慎也と、三上凪ちゃんでーす♡ 実は二人、高校の同級生なの!」
「えーっ! 同級生がここで再会!? しかも意外な二人! 面白いね!」
「でしょー?」
二人はどんどん盛り上がっていく。
りりあの熱い視線に気づいたのか、少し離れた場所にいた慎也が眉をひそめ、不思議そうにこちらを見た。
りりあは嬉しそうに小さく息を弾ませる。
「あ、気づいた!」
そして、ためらいもなく手招きした。
「こっちこっち!」
すずは思わず声を上げた。
「え、呼ぶの!?」
慎也は戸惑いを隠せないまま、それでも律儀に小走りで近づいてくる。
「どうしたの? 俺に用?」
りりあは真剣な表情で一歩前に出た。
「そう! 直球に聞きます!」
その勢いに凛が慌ててりりあの口を手で塞ぐ。
「いやいや、ちょっと待って! ど直球すぎるわ!」
りりあは muff muff と言いながら抵抗し、必死で喋ろうとしている。
凛は苦笑いを浮かべながら、慎也に頭を下げた。
「ごめんなさい慎也さん、気にしないでください。ちょっとテンション上がっちゃってて……」
慎也はそんな二人の様子を見て、困ったように眉を下げながらもどこか楽しそうに笑う。
「いや、逆に気になるんだけど。何の話してたの?」
凛の手を振りほどいたりりあが、勢いよく叫んだ。
「慎也さんって、凪ちゃんのことどう思ってるんですか!」
一瞬、周囲の空気が止まった。
「ちょ、ちょっと!!!」
すずが慌てて止めようとするも、時すでに遅し。凛もあちゃーと言ってため息をついた。
慎也は目を丸くし、数秒固まった。
そして、見る間に頬がじわりと赤くなっていく。
「……なんで急に?」
声がかすかに裏返る。
りりあはキラキラした目で前のめりになる。
「えー! だって気になるじゃないですか! 高校の同級生なんですよね!? ここで再会とか、まるでドラマじゃないですか!」
その勢いに、慎也は視線を泳がせ、頭をかきながら苦笑した。
「いや、まあ……久しぶりに会って、びっくりしたのは確かだけど……」
そこでふと、眉を上げてりりあを見る。
「っていうか、なんで同級生ってこと知ってんの?」
りりあは悪びれもせずににっこりと笑った。
「凪から聞いたんです!」
その言葉に、慎也は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに柔らかく笑った。
「……そうなんだ」
その声にはどこか懐かしさのようなものが滲んでいた。
凛が小声ですずに言った。
「これ……ガチであるんじゃない?」
すずは思わず息を呑み、小さくうなずいた。
りりあは、そんな二人の反応に気づかず、キラキラした目で慎也の方を見つめていた。
「俺のことなんか言ってたの?」
と慎也が聞くと、りりあはにやりと笑って即答した。
「そんなに大したことは言ってないけど、尊敬してる的なこと言ってましたよー♡」
「ほんとに?」と、慎也が聞き返すと、りりあは得意げにすずの方を振り返った。
「ほんとですよー、ね、すず!」
すずは反射的に頷いた。
「うん、言ってました」と小さな声で答える。
慎也はそれを聞いて、ふっと肩の力が抜けたように微笑んだ。頬にかすかに赤みが差しているのを、りりあの目は見逃さなかった。
「そっか……」と慎也。照れくさそうに目を伏せたその表情は、いつもの落ち着いた彼とは少し違って見えた。
「やっぱり慎也って…」りりあがそう口に出した時、遠くの方から誰かの声が伸びてきた。
「慎也ー!」
呼びかけは軽やかで、どこか急かすようでもあった。慎也は振り返り、少し申し訳なさそうに眉を上げる。
「ああ、呼ばれてるから行くわ。ごめん」と言い、軽く会釈して歩き出す。
「えー、まだまだ聞きたいこといっぱいあるのにー!」
りりあは背中に向かって大きく叫んだ。
慎也は振り返り、少しだけ手を上げてから去っていった。
すずは二人のやり取りを見ながら小さく息をついた。りりあの無邪気さ、慎也のほんのり覗く動揺。凛が隣でこっそり目を細め、「やっぱり結構ありそうだね」と小声で囁くのを聞いて、すずもつられて微笑んだ。
広場には涼や晴人たちの笑い声が遠くから響いてくる。小さな出来事が積み重なって、この島の時間はゆっくりと、しかし確かに色づいていった。




