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#圏外島  作者: はるかぜ


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16/18

16.過ぎて見える輝き

 圏外島生活四日目。


 午前十時ごろ、すずが広場に顔を出すと、待ってましたと言わんばかりにりりあが駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ、昨日の二人、まだ気にならない? 今日も本屋行こ!」


 勢いに押され、すずは苦笑しつつ頷く。二人で再び本屋へ足を運んだ。


 中に入ると、昨日と同じ落ち着いた雰囲気が広がっていた。けれど、凪の姿は見当たらない。代わりに、一階のテーブル席では浪人生の村上悠馬が赤本を広げ、真剣な顔で問題を解いていた。


 二階に目をやると、昨日と同じように慎也が漫画を片手に座っている。りりあはすぐさまカウンターにいた金髪店員のところへ行き、声をひそめた。


「ねぇ、今日は凪来てないの?」


 すると、店員は無言で紙を取り出し、さらさらと書いて差し出した。


《さっきまでいたけど、慎也さんと入れ違いくらいで出てった》


 りりあは目を輝かせ、すぐにその紙に追記する。


《じゃあ、二人は会えてないの?》


 店員は再びペンを走らせる。


《会えてない》


「ふふーん、やっぱり! 慎也、雰囲気的に本好きそうな感じじゃないし、絶対凪目当てだよね」


 りりあがにやけながらコソコソ言うと、店員はすかさずペンを走らせた。


《人の恋愛にそんな首突っ込むな。もしかして二人が見たくて今日も来たとかじゃないよな?》


 その問いかけに、りりあは即答した。

「もちろんそうだよー! だって面白そうじゃん!」


 店員はやれやれと首を振り、また紙に書く。


《読む気ないならさよなら》


「えー、せっかく来たんだから読みまーす。この空間好きなんだよね」


 りりあはすずの腕を引っ張り、嬉しそうに言った。

「じゃあ、いこー!」


 すずは苦笑しつつ頷き、二人は棚の奥へと歩いていった。


 りりあとすずが本を探しに行く途中で一心不乱にノートへ書き込みをしている悠馬の姿が目に入った。

「なんか難しそうなの解いてるねー。なにこれー?」

りりあが興味津々に身を乗り出す。


悠馬は手を止め、ちらりと視線だけを向ける。

「……赤本」

短く答える声には、集中を乱された苛立ちも、会話を続ける気配もない。


「へー、勉強熱心だねー」

りりあが無邪気に感心して笑うと、悠馬はペンを回しながら淡々と続けた。

「浪人生だから。」


その一言にりりあは目を丸くする。

「えっ、浪人生がなんでここ来てるのー?」


「……家だと集中できないんだよ。気づくとスマホ触っちゃうし。だから、スマホない環境で勉強したくて。勉強のために応募した」

声は静かだが、その表情には揺るがない決意が浮かんでいた。


「えらーい!」とりりあが屈託なく笑う。

だがすずは慌てて彼女の腕を引いた。

「邪魔しちゃだめだよ、そろそろ離れよ。悠馬さんごめんなさい」


  二人が席を離れると、すずはふと足を止めた。胸にずしりと現実がのしかかってくる。

「……私も勉強しないと。受験生なこと、忘れてた。」


 ぽつりと漏らした声は自分でも驚くほど重く聞こえた。

 りりあが振り向くと、すずは苦笑いを浮かべていた。

 親に何も言わずに突発的にここへ来た。そのせいで、進学のことも受験勉強のことも、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。


 すずは本を探しながら考える。今は高校が夏休みに入る直前の時期。あと一週間もすれば長い夏休みが始まる。受験生にとっては勝負の夏。きっと同級生たちは今ごろ、予備校に通ったり、学校で過去問を解いたりしているのだろう。

(……良くも悪くも、私は現実から目を逸らしすぎていたのかもしれない。)


 すずはそう心の中で呟き、胸の奥に小さな罪悪感を覚えた。現実から目を逸らしたからこそ、この夢のような生活は居心地が良かったのだろう。けれど、向き合わなければいけない時は、必ずやってくる。


 二人とも読む本を見つけて昨日の席に座ると

「……私も、勉強しないとな。」

とすずがぽつりと漏らした。りりあはすぐ横に腰をかけ軽い調子で返す。


「えー、いいじゃん別に。一生ここにいればさ、受験とか就職とか考えなくてよくない?なんか“いつでも抜けられる”って言われたけど、“いつまでいられるか“も言われなかったし、だったら一生住めるんじゃない?」


 りりあの言葉は冗談めかしているのに、妙に本気にも聞こえた。


「私はさ、一旦は涼くんがここにいる限りはいるよ。居心地もいいし」

りりあはにこっと笑う。


 目まぐるしく過ぎていく非現実的な日々。すずはその渦中で、忘れていた現実のことをふと思い出した。

――今ごろ、両親もきっと怒っているだろう。同級生たちだって「なんでいないんだろう」って不思議に思っているに違いない。


 胸が重くなっていく。そんなすずの顔色を見て、りりあが身を乗り出してきた。


「すず、顔が暗いよー。考えすぎ考えすぎ!」

 軽やかな声が図書館の静けさに響く。


「私は受験なんてしないし、インフルエンサーとしてやってくから関係ないけどさ。すずはそういう悩みもあるんだねー」


 にこにこと笑うその無邪気さに、すずは思わず目を伏せる。能天気なりりあが、少し羨ましかった。


 漫画を返しに二階から降りてきた慎也が、ふいに二人の前に立った。

「ごめん。聞き耳立てるつもりはなかったんだけど……話が聞こえてきて」


 突然の声にすずはハッとして振り返る。

「うるさかったですか? すいません……」と慌てて頭を下げた。


「いや、そうじゃなくて」慎也は穏やかに笑った。

「俺も受験の時は結構しんどかったし、将来どうしようかなって今でも悩んでるけどさ、こういう悩みも今の時期だからこそだし、五十歳過ぎた頃に振り返ったら、むしろこんな風に悩める今がキラキラして見えるって思うのを伝えたくて」


 その言葉にすずの胸がじんわりと熱くなる。


「現に俺もまだ若造だけどさ、こうやって浪人生とか、現役の高校生が受験で悩んでたり、赤本解いてる姿見ると懐かしいし、将来に向けて頑張ってる君たちが本当にキラキラして見えるよ。過ぎ去ったあとで気づく輝きってあるんだよ。何者にでもなれる今だからこそ、悩みが尽きないんだろうなと思う」


「かっこいー! 名言!」

 りりあがすぐさま両手を叩いて感嘆の声をあげる。


 すずも、胸の奥にまっすぐ届くものを感じていた。横目に見れば、悠馬の手も止まり、さっきまで走らせていたペンが机の上に静かに置かれている。


 すると、カウンターから金髪店員が口を開いた。

「俺なんてさ、大学行ったけどやりたいことやってる気がしなくて、このまま就職してとかつまんない人生だなって思って中退してここ来てんだよ。受験は頑張ったのにね。こういうのもいるからマジで人生どうにかなるよ。慎也さんの言う通り俺にも君たちがキラキラして見える」

 肩をすくめながらも、どこか照れくさそうに笑う。


「えー! 大学行ってたんだ!」とりりあが驚いたように目を丸くする。

「それ、どういう意味? 失礼だろ?」店員は笑いながら軽く突っ込んだ。


 そのやりとりに微笑みが広がった瞬間、黙っていた悠馬がぽつりと口を開いた。

「俺なんて五浪目だよ。一浪で大学入ったけど、滑り止めで行きたかった学部じゃなくてさ……結局やる気なくして辞めた。それでまだ浪人続けてる」


 真っ直ぐ前を見据えたままの横顔は、少しだけ影を帯びていた。

「そんな俺からしたら、現役はもちろん、一浪だって十分キラキラして見える」


 重たい空気が一瞬漂ったが、慎也が柔らかく言葉をつなぐ。

「小中高は、ある意味そのまま行けばいい感じにルートがある。でも大人になると急にいろんな人生のルートが分かれる。大学行く行かないもそう、どこに行くか、何になるか自由。今まではある程度の道があったから道から外れるのがすごく怖い。周りから外れるのが怖い。でも、人生に正解なんてないんだよ」


 そして、こちらを見渡しながら微笑む。

「もちろん勉強するに越したことはない。けど、ここに来る決心をした時点で、もう普通とは違う“面白い人生”を歩み始めてるんじゃないかな?」


「心配してくれる親御さんだったり周りの考え方を無視し過ぎるのもよくないけどね。自分の人生、一度きりの人生なんだから悩んでなんぼだよ」


 慎也は最後に「また来ます」と金髪店員に声をかけ、爽やかな笑顔をみんなに振りまくようにして図書館を後にした。


 残された空間には一瞬の沈黙が落ちる。誰もが心の中で、彼の言葉を反芻していた。


 その沈黙を破ったのは、りりあだった。

「かっこよー……いい男だわ」


 ぽつりと漏らした声は、静かな余韻を壊すどころか、逆に温かさを加える。

 そして小さく肩をすくめて、りりあは続けた。

「ここに凪がいればなぁ」


金髪店員が

「マジで何でもかんでも恋愛に繋げようとするな」

と突っ込んだ。





 


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