15.本屋の出会い
すずとりりあは、占い教室の賑わいを横目にしながら歩いていた。
「ねえ、暇だしさ、本屋行かない?」
りりあが目を輝かせる。
「いいよ。私も気になってた」
二人は並んで本屋へと向かった。
店に入ると、暖かな照明と紙の匂いがふわりと広がる。
落ち着いた空間に本がびっしりと並び、小説、雑誌、漫画、なんでも揃っている。
二階まで本棚がぎっしりで、いくつも置かれた椅子はくつろぐ人を迎え入れるようだった。
カウンターには金髪の、どこかチャラそうなお兄さんが座って漫画を読んでいる。
本屋と名はついているが、ここは無料で貸し出しができる図書館のような場所で、どうしても欲しい本は買い取ることもできる仕組みになっている。
一階の隅では、すずの隣の部屋に住む三上凪が小説を静かに読んでいた。
二階の椅子に腰掛けて漫画をめくっているのは、以前マリアの騒ぎを鎮めていた慎也だった。
「わー……いい雰囲気だね」
すずが思わず声を漏らすと、りりあは早速雑誌コーナーへ駆け寄り、ある一冊を手に取った。
「これ! 涼くんだよー!」
表紙には《大人気アイドル・涼 活動休止》と大きな文字。
りりあがぱらぱらとページをめくると、ステージ上で笑う涼の姿が何枚も載っている。
「ほんとだー!」
すずが覗き込む。
「こんなスターが同じ島にいて、しかも普通に話せてるとか夢みたいだよねー!」
りりあは興奮気味に声をあげた。
りりあが雑誌を抱えて「涼くんかっこいいー!」とキャーキャー声を上げていると、カウンターで漫画を読んでいた金髪の店員が顔を上げて、少し気だるそうに言った。
「ここ本屋なんで、静かにしてくださーい」
りりあは「あっ……す、すみません!」と慌てて声を潜める。
りりあは涼が出ている雑誌と最新のファッション雑誌を手に取り、ビーズソファにどさりと腰を下ろすと、早速ページをめくりはじめた。
すずも大好きな小説家の新作を見つけて胸を弾ませながら読み始める。
店内には柔らかな灯りと紙の匂いが満ち、優雅で落ち着いた時間が流れていた。すずはその心地よさに身を委ねながら物語の世界へと没頭する。
ふと隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。目をやると、りりあが雑誌を頭に乗せたまま、すっかり夢の中だった。
隅の方で小説を読んでいた三上凪もその様子に、思わず口元をゆるめ、小さく「フフッ」と笑っていた。
すずはそんな凪に気づき、少し照れたように声をかけた。
「ここ、良いとこだね」
凪は視線を本から外し、彼女に優しく微笑んでうなずいた。
「……そうだね。静かで落ち着く」
すずは「うん、ほんとに。家の部屋より落ち着くかも」と笑う。
二人の間に、りりあの寝息が規則正しく響いていて、その無邪気さが空気を柔らかくしていた。
二人で小声で話していると、二階から慎也がゆっくり階段を降りてきた。本を数冊抱えて返却している途中で慎也がふとすず達の方を見る。
りりあがビーズソファに寝転がり、雑誌を頭に乗せて寝息を立てているのが目に入ったのだろう。
「こんなとこで寝てるんだ。……まあ、落ち着いた空間だし、眠たくなるのも分かるけどな」
そう言って笑う。
「そうですねー」
すずもつられて笑う。
けれどさっきまで微笑んでいた凪は、すっと小説を顔の前に持ち上げ、表情を隠した。黙り込んだまま視線をページに落とす。
慎也もちらりと凪の方を見て、一瞬なにか言いたげに口を開きかけたが、結局そのまま閉じてしまった。
「また来ます」
カウンターの金髪店員にそう告げて、軽く手を振るようにして本屋を出ていった。
すずはその背中を見送ってから、隣の凪の方へ目を向ける。
「……なんかあった?」
恐る恐る尋ねると、凪はしばらく黙ったあとで、小さな声で答えた。
「高校時代の……同級生」
「えっ?! そんな偶然あるんだ」
すずは思わず声を上げる。
「確かに……ちょっと気まずいよね」
(うわー、分かる。近所のスーパーとかでも同級生に会ったら逃げたくなるし、絶対隠れるもん……)
心の中でそう呟きながら、すずは凪の横顔をちらりと見た。彼女の指先はページを押さえているのに、まだ次をめくる気配がなかった。
凪はどこか不安気な表情をして固まっている。空気が少し重くなっていたその時、隣から「……ふぁぁ~」と大きなあくびが聞こえた。
「……うわ、寝ちゃってたー!」
りりあが雑誌を頭から落とし、慌てて身を起こす。まだ寝ぼけ眼のまま二人を見て、すぐにすずの顔を覗き込んだ。
「なになに? 私が寝てる間に何か話してた?」
「さっきまで二階にいた慎也さんがこの凪ちゃんの高校時代の同級生らしくて」
すずが説明すると、りりあの目が一気にキラキラした。
「えー! 同級生? 奇跡じゃん! ここで偶然の再会とか漫画みたいじゃない?!」
ソファの上でバンッと身を乗り出し、雑誌を抱きしめるようにして大騒ぎする。
「いやいやいや……そんな大げさな」
凪は慌てて両手を振り、必死に否定した。
「でもさー! 同級生で、しかも結構男前だったよね? あの筋肉質な感じとか! これはもう恋愛イベント発生フラグでしょ!」
りりあがぐいぐい迫る。
「ないないない!」
凪は必死に首を横に振り、顔を赤くして視線を落とした。
すずは苦笑して、二人の間に割って入るように言った。
「もう、りりあちゃんはなんでもかんでも恋愛に結びつけないの」
けれどりりあは全く引き下がらない。
「だって漫画だったらさ、絶対ここから始まるの! 幼なじみとか、再会からの恋とか、鉄板イベントじゃん!」
両手をバンザイするみたいに広げて力説する。
凪は少し慌てたように首を振って、
「いや、本当に全く話したこともないし、全然性格も違うから……そういうのはないよ。……むしろ、暗すぎて人見知りすぎて嫌われてるんじゃないかなってくらいだし」
と否定する。
するとりりあが身を乗り出し、目を輝かせて言った。
「えー!? でもさ、こんな非現実的な世界で、日本中からたった100人しか選ばれてないのに、その中に知り合いがいるってもう奇跡じゃん! これって運命以外の何なの? なんとも思ってなくても、ここから恋愛に発展することだってあるでしょ! 嫌いの逆は好きだよ。もし嫌われてたとしても急に好きになることだってあるし、それが恋の面白いとこなの。諦めないで!」
「ちょ、ちょっと待って。凪ちゃんが慎也さんのこと好きって勝手に進めてるけど」とすずが慌てて制す。
「あ、そっか。凪はあの慎也って人が苦手だったりするの? 高校時代とかどう思ってたの?」
りりあが鋭く追い詰めるように質問すると、凪は一呼吸置いてから顔を上げた。
「全然、苦手なんかじゃないよ」
凪は小さな声で言う。目は真っ直ぐで、でもどこか遠くを見ているようだった。
「むしろ、あの性格……羨ましいなって思ってた。自分にないものを、いつも自然に持ってる人だって」
「じゃあ、ほら! 好きじゃん! 顔も悪くないしね!」
りりあが勝ち誇ったように跳ねる。
凪は首を横に振り、少し困ったように笑った。
「好きだなんて、私がおこがましいよ」
りりあは凪を強く見つめて言う。
「自分を下げないで! 好きって思うのは自由だし」
凪は困ったように俯いて、膝の上で手をぎゅっと握った。
「でも……ああいう人って、明るくてみんなに好かれるでしょ。私なんか、暗すぎて……」
「だからこそいいんじゃない?」と、りりあは食い気味に言う。
「正反対だから惹かれるってあるんだよ! はい、恋愛イベント成立~!」
凪は困った顔で小説を閉じると
「…私、そろそろ帰るね。…あと、ほんとにそういう好きはないよ」
と言って小走りに本屋から出て行った。
「えー! せっかくキュンキュン恋愛イベント発生したと思ったのにー!」
りりあは両手を広げて叫ぶ。
「……恋愛イベント見たかっただけでしょ、凪ちゃん困ってたよ」
すずは冷静に言った。
「さっきからうるさいなー」
金髪店員が漫画を閉じ、肩をすくめながら言った。
「あ、すいません……」
りりあとすずは顔を見合わせて慌てる。
「別に、今他のお客さんいないからいいけどさ……そこのフリフリの女の子、もう少し“配慮”ってものを身につけたほうがいいね」
店員はため息混じりに言う。
「確かに本屋でうるさくしたのは申し訳ないですけど恋愛は勢いが大事なんですよ! 行動しないと何も始まらない」
りりあは手をパタパタさせながら反論。
「……やれやれ」
店員は頭をかきつつ、ため息をつく。
「ちなみに、店員さんはさっきの二人のこと、どう思いました?」
りりあが興味津々に尋ねる。
「別に俺が突っ込むことでもないけどさ、さっきの凪さんが入ってきたとき、慎也さんも入店してきて、ちょっと様子伺う感じあったんだよね。このカウンターからだと二階も見れるんだけどチラチラ見てる感じあったし。だから多分本人が思っているような感じではないのかなー、と」
「えー! マジで!? やったー!」
りりあはまた大はしゃぎ。
「……ほんと、自由すぎるな」
金髪店員は頭を振りながらも、どこか呆れた笑みを浮かべていた。




