14.占い
圏外島生活三日目。
波の音と鳥の声で目を覚ます。
届いていた焼き立てのトーストを食べて広場に出ると、昨日までなかった光景が目に飛び込んできた。
ちょっとしたパラソルの下に机が置かれ、その上にはカードと水晶玉。机の横には立て看板が立っていて、太い字で 「マリアの占い部屋」 と書かれている。
広場の掲示板にも同じポスターが貼られていた。
「金運、恋愛運、人生相談なんでもマリアにおまかせ!」――そんな宣伝文句が目を引く。
ポスターをじっと眺めていると、後ろから
「おはよー!」
と声をかけられた。振り返るとりりあがこちらに歩いてくる。
「昨日のやつってこれかー! なるほどね、占いやってもらいたい! すずもいこ!」
りりあは嬉しそうにパラソルの下で準備をしているマリアと智也の方へ駆け寄っていく。そんなりりあの後をすずも小走りで追いかけた。
机の向こう側では、マリアがカードを並べ、智也が横でノートを片手に座っていた。
りりあが近づくと、マリアはにっこり微笑む。
「あら、昨日のお嬢さんたちじゃない! 趣味でカード占いや水晶占いをしててね。せっかくだから島でもやろうと思ってマリアの占い部屋を立ち上げたの。昨日ポスターを作ってたら、この坊やに見つかっちゃって。で、どうせなら記録もできるしってアシスタントをお願いしたの♡」
智也は少し照れたようにノートを掲げて見せる。
「自分のノートの内容も濃くなるしマリアさんの助けにもなるしwin-winの占い部屋ってことだよ」
「へぇー、面白そう!」
りりあは興味津々で椅子に腰かける。
「早速やってみる?」
「えー、いいんですかー♡私が第一号のお客さん?」
「そうよー♡なんでも聞いてね」
「こっちが言うより先にもう座ってたしする気満々だったでしょ」
智也は小言を挟む。
「すずも隣座って! 一緒に聞こ」
りりあは自分の隣の椅子をトントン叩きすずを座らせた。
「じゃあ、早速! あなたの名前と年齢、占ってほしいことを教えてちょうだい♡」
「はーい! 大谷りりあ、17歳。恋愛運について占ってほしいです♡」
「17歳のりりあ恋愛運ねー♡ちなみに、今気になってる人はいるのー?」
マリアがカードをめくりながら聞く。
りりあは顎に指を当てて考える素振りをした。
「推しはこの島にいるけど、推しと好きな人は違うからなー。神の存在だから私と付き合ってほしいなんておこがましいし。今はいないかも。私の運命の王子様はどこにいるんですかー?」
マリアはカードを揃えて、水晶玉に軽く手をかざす。
「りりあ、あなたはまだ若いからね。運命の王子様にはまだ出会えてないわ。でも、一年以内に彼氏ができるわよ♡」
「えっ、一年以内に!?」
りりあがぱぁっと顔を輝かせる。
「でもね」
マリアは真顔になる。
「あなた、恋愛で最近しんどい思いをしたわね。それが少し足を引っ張ってるの。あなたの素直で天真爛漫なところは魅力だけど、ときに仇になる。ただ、そのままのあなたが一番よ♡」
その言葉に、りりあの瞳が潤む。
「……当たってるー。しんどい思い、したんです」
声を震わせながら少し涙ぐんだ。
智也は横で黙々とノートを走らせていたが、ちらりとりりあを見て口を挟む。
「……あんま恋愛に人生振り回されないようにしなよ。恋愛なんてちょっとした洗脳みたいなもんだから。運命の相手なんて、理想の国のおとぎ話だよ」
「はぁ? アシスタントは黙ってて!」
りりあは涙を拭いながらムッとする。
「絶対モテないでしょ、そういうこと言う人! 運命の相手はいますー!」
マリアは「まぁまぁ」と笑って手を広げた。
「はい、占いはここまで。代金は……今のところ無料よ♡」
りりあは大きく頷き、「また来ます!」と明るく宣言し、隣のすずに
「すずもやってみなよー!」と勧める。
すずは苦笑して首を振る。
「私はいいかな。あんまり自分のこと深掘りされたくないし」
りりあが「えー!」と頬をふくらませていると、後ろから声がした。
「なんか面白そうなことやってるねー」
振り向けば、山本誠がにやにやしながらこちらに歩いてくる。
「占い? へぇ、どんな感じか僕も見てみたいな」
「誠さんもしてみますか?」
智也が尋ねた。
「やってもらってもいいかな?」
「もちろんよー♡ なんでも聞いてちょうだい! お嬢ちゃんたち席を譲ってあげてー」
りりあとすずは椅子から立ち上がり、少し後ろに下がってその様子を見守ることにした。
腰かけた誠に、マリアがにっこり微笑む。
「名前と年齢、占ってほしいことを教えてちょうだい♡」
「山本誠。53歳。人生について占ってほしいです」
「人生運ね♡」
マリアはカードを切りながら軽く問いかける。
「ちなみに奥さんやご家族は?」
誠は一瞬だけ間を置き、さらりと答える。
「いやぁ、いないんですよ。ずっと一人で」
「えー、意外!」
りりあがぱっと声を上げる。
「なんかバリバリ仕事できるサラリーマンって感じで、絶対モテそうなのに」
誠は小さく笑い、肩をすくめる。
「ありがとね。でも、出会いがあんまりなかったんだよね」
シャッ、シャッ――軽やかな音がパラソルの下に響く。
マリアは目を閉じて一呼吸置き、指先に神経を集中させると、慎重にカードを一枚ずつめくっていく。
カタン、と机に置かれるカード。
りりあとすずは、息を呑むようにその様子を見守っていた。
智也はペンを構え、ノートを開いたまま視線を外さない。
そして、カードの中央に「死神」が現れる。
「……死神?!」
りりあが目を丸くして声を上げる。
マリアは一瞬だけカードに目を落とし、それから穏やかに笑みを浮かべた。
「確かに不穏なカードね。でも、死神は“転機”を意味するカードでもあるの。誠さんはこれまで、ずいぶん苦労してきた人生だったんでしょうね。でもね――死神は“再生”の象徴でもあるのよ。一つの時代が終わって、新しい時代が始まった。そう、第二の人生ね」
誠はカードを眺めながら、ふっと口元を緩める。
「確かに……この年齢まで生きてくると色々ありますよ。でも、今はここ最近で一番楽しいし、“第二の人生”って感じがしますね」
マリアはさらにカードをめくり、目を細める。
「……それにね、人柄のところには“リーダーシップがある”“正義感が強い人”って出てるわ」
「正義感……」
誠はわずかに間を置いて、曖昧に笑った。
智也が横でペンを走らせながら顔を上げる。
「正に誠さんですねー。いつも場をまとめてくれるし」
「いやいや」
誠は片手を振り、笑ってごまかすように答えた。
後ろで見ていたりりあは「かっこいー」と小声で呟き、すずは無言のまま、そのやり取りを静かに見守っていた。
「誠さん、モテてきた人生でしょ?」
マリアがニコリと顔を寄せて言う。
誠は胸を張って――というよりはおどけて肩をすくめ、軽く笑う。
「まあ、それなりには?」
マリアはカードをぱたんと閉じながら、からかうように続ける。
「今お相手がいないのも、モテすぎたがゆえなのかもねー。選びすぎちゃったとか♡」
「確かに!私も結婚するなら誠さんみたいな人がいいもん。独り身なのがびっくり〜」
りりあも前のめりになって言った。
「いやー、嬉しいなぁ」
誠は得意げに胸を押さえ、ちょっと照れた笑顔で応える。
「島でこんなに言ってもらえるとは思わなかったよ」
すずはにこやかにその様子を見ていた。
智也はノートに何かを書き込みつつ、
「誠さん、その調子で島の理想の旦那さん枠確立していきましょう」と小声で付け加え、場はさらに和やかになった。
誠の占いが一通り終わると、誠は腕を組みながら感心したように頷いた。
「いやー、この占いすごいわ。また来ますねー」
そう言いながら、スッとポケットから紙幣を一枚取り出し、机の上に置いた。
「ちょっと!いらないわよー!」
とマリアが慌てて手を振る。
「無償も申し訳ないですから。じゃあ次は無料でお願いしますね」
誠は爽やかに笑いながらそう返した。
「かっこいー!」りりあが思わず声をあげる。
誠の占いをしているうちに少しずつマリアの占い部屋の周りに何をしているのかとギャラリーが集まってきていた。
「次は私を占ってください!」
「僕もお願いします!」
住民たちが次々と声を上げ、マリアの机の前にはちょっとした行列ができていた。
智也は慌ててノートをめくりながら「記録が追いつかない……」と苦笑する。
すずとりりあは椅子に腰かけて、その賑わいを楽しそうに眺めていた。
広場には笑い声が絶えず、和やかで明るい空気が広がっていった。




