11.入寮
女性の列は進んでいき、やっとすずの番が来た。
男性側はもう鍵の受け渡しは全員終わっている。
「名前を言ってからとってください、どうぞ」
女性スタッフが微笑みながら優しい声で言ってきた。
「川崎すずです」
名前を言いながら川崎すずと書かれたタグの鍵を取る。
箱を抱えたスタッフの隣にいるスタッフが名簿にチェックを入れながら
「川崎すずさん、確認しました。こちらのマップで自分の部屋をご確認ください。それでは、いってらっしゃい」
と微笑んでくれた。
マップを受け取ったら、待ってくれていた凛と部屋の確認をする。受け取ったマップは全寮どの部屋に誰がいるのかわかる感じになっていた。
「えっと‥‥。私桜寮だ」すずが言った。
「あーーー、私梅寮だー。別々だね」
凛は残念そうに嘆く。
寮なんて誰と一緒でもいいやんと思っていたすずだが寂しかった。
島に入る前から一緒にいる凛のおかげで島での不安が打ち消されていた部分もあり、離れると決まると急に緊張感が戻ってきた。
「凛ちゃん、今まで一緒にいてくれてありがとう。私一人でも頑張るね」
「なんか最後の別れみたいになってるけど隣の寮だしまたすぐ会えるよwお互い頑張ろうね! またね」
そう言い合って、二人はそれぞれの寮へと足を進める。
桜寮の扉をくぐると、そこは淡い桜色の壁紙に包まれた可愛らしい空間だった。床はふかふかで高級ホテルのような内観。
オートロックの扉を開けると、すぐにロビーのような空間が現れる。そこには自動販売機もあり、机と椅子も置かれていてちょっとしたくつろぎスペースのようになっていた。
ロビーから各部屋へ続いており、すずの部屋はニ階の205号室。
階段を上がっていくと、ちょうど204号室の扉に鍵を差し込もうとしている女の子の姿が目に入った。
「あ……」
女の子もすずの気配に気づき固まる。
黒髪のボブを少し揺らしながら、こちらを振り返る。
どこかで見た顔——そうだ、最初の自己紹介の時にいた子だ。
「三上……凪さん?」
すずが恐る恐る声をかけると、女の子はビクッと肩を震わせた。
「……っ」
口を開きかけて、すぐ閉じてしまう。言葉が出ないのか、それとも緊張で固まっているのか。
沈黙が気まずくて、すずの胸がドキドキする。
(あ、人見知りっぽい……。)
でもすずはその空気にどこか懐かしさを覚えていた。無理に笑おうとしてもぎこちなくなる、言葉を出そうとして喉で詰まる——それは、まさに自分自身の姿そのものだったから。
(……似てる。似たもの同士かもしれない)
すずは少し勇気を振り絞って、柔らかく笑みを作る。
「あの……私、205です。隣ですね」
凪の視線が一瞬だけすずに向けられ、すぐに逸らされた。それでも、小さく頷いたように見えた。
すずが205の部屋の前に行き、凪が204の鍵を開けたところで、
「よ、よろしく……」
とか細い小さな声が聞こえた。
その一言だけで顔は真っ赤になっている。
視線も床に落ちたまま。
でもすずは、その一言に胸の奥がふっと温かくなるのを感じていた。
(ああ……やっぱり似てる。言葉にするのが苦手でもちゃんと伝えようとしてくれてるんだ)
すずは安心したように笑って、そっと頷いた。
「うん……よろしくね」
その言葉に凪は小さく頷くと、204号室の扉が開き、そそくさと逃げるように中へ消えていった。
扉が閉まる音を聞きながら、すずはふっと息をついた。
(誤解されることも多いだろうけど、きっと悪い子じゃない)
少し緊張は残っているけれど、妙な安心感も同時に胸に芽生えていた。
自分も205号室の鍵を回し、扉を押し開ける。
そこには桜色の壁紙が柔らかく光を受け止めていて、フローリングの床と清潔感のある空間が広がっていた。新築の匂いがする。
冷蔵庫や洗濯機、ベッド、食器、キッチン用品、歯ブラシ、ドライヤーなど必要なものは全て揃っている感じだ。
すずは部屋の中を一歩一歩確かめるように歩き、カーテンをそっと開けてベランダへ出てみた。
風が頬を撫で、遠くの方にきらきらと光る海が見える。
「……わぁ」
思わず小さな声が漏れた。
ほんの少しだけど、水平線が覗くその景色は想像以上に美しくて、胸がじんわりと温かくなる。
初めて足を踏み入れた部屋なのに、不思議とどこか落ち着く空間だった。
ベランダからの景色をしばらく眺めたあと、すずは静かに部屋へ戻った。
ふかふかのベッドに腰を下ろし、深く息をつく。
深く息をついた瞬間、心地よさに負けて、いつの間にか眠ってしまっていた。
——チーン、と部屋に小さなチャイムが鳴る。
「……あ」
すずははっと目を覚ました。どうやら晩ご飯の時間らしい。
最初に配られたルールブックを思い出す。
毎食のご飯は部屋まで届けられ、扉横の大きなポストのような受け取り口に置かれる。
外に出なくても、中から取り出せる仕組みだ。
食事はすべて管理栄養士が監修した健康的な献立。
日替わりでスタッフとは別に料理人が食堂に来て作ってくれるらしく、もし島の住民の中に料理が得意な人がいれば、献立を送って代わりに腕を振るってもらうこともある——そうルールブックには書いてあった。
さらに、もしスーパーで食材を買って自分で調理したい時や、食欲がない時は、朝一番か前日に食堂のポストに申請を入れておく決まり。
アレルギーがある場合も、今日のうちに書いて入れておけとあった。
すずはポストを開け、置かれていた夕食をそっと引き寄せた。
今日の晩御飯はカレーライスとサラダ。
ふわりとスパイスの香りが広がる。
「……おいしそう」
思わず声に出してしまう。
スプーンを手にしながら、すずはふと考える。
この島の仕組み——食事のシステムにしても、部屋の作りにしても、細部まで整えられすぎている。
管理栄養士が用意され料理人をわざわざ毎日呼ぶこと、住民の要望を即座に反映できる仕組み……。
とても小さな共同生活施設でできることじゃない。
(……この島を作った人はいったい誰なんだろう)
まだ1日目。
いろいろなことが起きすぎて、すごく長く感じた。
個性が強くて少し戸惑う人もいたけれど、優しい人もたくさんいる。
(……なんとかなるかもしれない)
そんな希望めいた気持ちが、少しだけ胸に広がった。
食べ終わったものをポストに入れ直しまた、ベッドに寝転ぶ。今日は疲れた。瞼が少しずつ重くなり、また深い眠りについた。




