10.ようこそ圏外島へ!
十三時。
「皆さん広場へ集まってください!」
アナウンスが再度流れ、百人が広場に集まってきた。
噴水の前に紺色で胸元にクマのマークがついたジャージを着た七人が横並びで並んでいる。先ほどからデジタル機器を回収したりいろいろしてくれていたスタッフのような人たちだ。
真ん中に立っていた男性がメガホンを持って話し始めた。
「改めましてようこそ圏外島へ!
私たちはこの圏外島での生活をサポートするスタッフです。食べ物や飲み物、本、生活必需品など必要なものは私たちが本島から持ってきます。無人島だと思われていた方も多いかもしれませんが、この島での目的はあくまでデジタル機器から離れた生活を送ることです。衣食住に困ることはないでしょう。」
隣のスタッフがメガホンを受け取り一歩前に出て、続ける。
「女性寮の裏に一つ、男性寮の裏に一つ、スタッフ専用ルームがあります。ここで交代制で常に男性一人、女性一人のスタッフが滞在しています。二日ごとに交代しますので、何か困ったことがあれば遠慮なく相談してください」
スタッフが手にしていた冊子を掲げる。
「これから、島でのルールを書いたプリントと島の地図を配ります。皆さん一人一人にお渡ししますので、必ず目を通してください!」
噴水前にざわめきが広がり、百人の参加者たちは互いに顔を見合わせた。
スタッフの一人が大きな紙袋から冊子を取り出し、列の先頭から順に配り始めた。手に取った冊子の表紙には、やはりクマのマークが描かれている。
各建物の使い方、バイト申請方法、手紙の送り方、伝言板の説明など細かいところまで全て事細かに記載されている。
「では、これから寮の鍵を渡していきます。男女別で並んでください。こちらは女性。あちらに男性が一列で並ぶ感じでお願いします」
女性スタッフの一言でざわざわ百人が動き出した。
「始まったねー!」
「なんか修学旅行思い出す」
「ワクワクしてきたー!」
みんなの気持ちは昂っている。
男性は男性、女性は女性、それぞれの列へ。
スタッフが抱えている箱の中に一人一人の名前が書かれたタグ付きの鍵が入っている。
男女共に寮は三つずつあり女性寮は手前から桜、梅、蘭。男性寮は手前から風、光、炎、という名前がついているらしい。
さっきは気づかなかったが確かに各寮それぞれの屋根の上に遠目からでもわかるくらいの大きさでその漢字が掲げられていた。
桜寮は淡いピンク、梅寮は淡い赤、蘭寮は淡い紫、風寮は水色、光寮は黄色、炎寮は黒と赤という感じでそれぞれの寮ごとで見た目も違う。中の部屋の大きさや機能は同じだが壁紙などの内観も寮によって少し違うらしい。
「寮の色が違うの不思議だったんだけどモチーフがあったんだねー」
凛が寮を眺めて言った。
先頭の人から順番に鍵を取りスタッフが名簿にチェックをいれ寮マップみたいなのを渡している。
すずはちょうど列の真ん中くらいに立っており、ちらりと周りを見渡した。男女それぞれ五十人前後。結構多い人数なのに、うまい具合に年齢も性別もばらけているように見える。
前の方から「やったー! 同じ寮だー!」というキャッキャッした声が聞こえてきた。若そうな二人の女の子がハイタッチをしている。そのうちのフリルのついた服を着た女の子は涼のことについて熱心に教えてくれたテンションが高かった子だ。
(別に住むだけだし他の寮も近いし寮同じとかどうでもいいやん)
すずは思ったが同時に胃が痛くなった。
頭に浮かんだのは中学の頃のクラス替え。
発表の日、友達同士で名前を見ては歓声を上げ合う中、自分だけは声をかけられず、取り残されるようなあの感覚。
中ニまで三人組で仲良くしていたが、クラス替えで二、一に別れた結果、一切関わることはなくなり、急に中三から友達関係を構築するのも難しくてそのままぼっちで卒業をした。
すずは胸が久しぶりにキリキリするのを感じた。
(嫌な記憶思い出しちゃったな)
頭を振り嫌な感情を取っ払おうとするすずの前に並んでいた凛が急にこちらにニコニコの笑顔で振り向いて
「私たちも同じだったらいいねー!」
と言ってきた。
胸のキリキリが治る。
凛からするとなんでもない言葉、さっきの二人を見て言っただけだろうがすずにとってはそれが大きな救いになった。
すずが心のポカポカを感じながら微笑んで頷いた時、前の方がざわついた。
女性の列に並んでいた、鮮やかなネイルに大きなピアスをしたゴージャスな見た目をした人が、スタッフに何か強い口調で突っかかっていた。
「はぁ!? あたしが男側!? 心は女なのよ? みればわかるでしょ!」
「鍵の割り振りは男性寮の方になってまして……」
女性スタッフが必死に説明するたび、その人は腰に手を当ててさらにヒートアップ。周りの子達もひそひそ声で見守っている。
「お気持ちはわかるのですが、この寮は戸籍上の性別で振り分けておりまして……」
「戸籍? そんな紙切れで人の居場所を決めるなんてナンセンス! それに男性寮なんて汗と靴下の匂いしかしなさそうじゃない! あたし、そんなとこで暮らしたら1週間で干からびるわよ!」
周囲からクスクスと笑い声が漏れ始めた。
バカにする笑いではなく、彼女の勢いに思わず頬が緩んでしまうような空気だった。
「がんばってー!」
誰かが応援なんかもしている。
「部屋は完全個室で部屋での食事やお風呂、洗濯になっているので寮にはなっていますが男性、女性寮に違いは何もないですよ。もし女性寮に用があればいつでも入って一緒に食事なんかも可能です。寮内での接触はほとんどないですし匂いも大丈夫です」
他のスタッフも集まってきて説得をしているが一貫してノー!な彼女に困っていた。
「それこそあたしが女性寮がダメな理由がないじゃない! 規則規則うるさいのよ! 心の性を尊重する時代でしょ?! 何も接触がないとかあたしはそこを心配してるんじゃないの、受け入れてもらえてないことに怒ってるのよ?!」
「ちょっといいですか?」
誰も止められなさそうな空気の中でちょうど男性の列で鍵を受け取り終わったところのがっしり体型の男が入ってきた。年齢は二十代くらいだろうか、鍛え上げられた筋肉が服の上からでもわかる。
「急に入ってすいません。さっきから見てたんですけど、大事なのは自分らしく生きることだと思うんです。心は女性なのに男性寮にいれられていることが不本意なのもわかるけれど規則はルールとして必要。僕らが男、女でわけてしまうのって、管理やルールのためであって、本当の自分の気持ちとか生き方を否定するためじゃないと思います。どこにいようと自分らしくいることが大事なんじゃないかなって」
周りが「おぉ……」と息を呑む。スタッフも思わず頷いていた。
「ここは全員が平等に暮らす場所でもあり、誰もが安全で快適に過ごせるようにするのがルールの本質でしょうがないことでもあるから、それを無理やり変えてしまうのもダメなこと。自分を否定されているようで怒っている気持ちも十分にわかるけれどここは折れないといけないとこでもある」
彼女は言葉を失った後、彼をじっと見つめていた。
「あんた、顔も声も体もイケてる上に考え方までいい男ね♡ こんな男がいるなんてこの島最高! こんな素敵な男たちに囲まれて暮らせるなら男性寮も悪くないわね♡ あたしはマリア、あなたはなんて言うの?」
「慎也です」
慎也は目を輝かせて腕を絡めてくるマリアにちょっと困惑気味だったがなんとかこの問題は解決したらしい。
ルンルンで男性の列に並びにいくマリアが途中で振り返り、
「レディーたちー! これからあたしは男性寮で暮らすけど、あたしの魅力はここでしっかり光らせるわ! あなたたちもこの島で自分らしくハッピーに可愛く生きるのよー♡」
と投げキッスとウインクをしてくれた。
(パワフルな人だなー)
嵐のような人だったが最後はみんな笑顔と拍手で見送っていた。




