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●2022年7月

2022年7月15日(金)


東京の感染者数が一万六千八百七十八人。第七波が本格的に始まった。

BA.5という新しい変異株が主流になっているらしい。感染力が強いけれど重症化率は低いとか。

でも巨人の選手たちが七十六人も陽性になったというニュースにはさすがに驚いた。

もうどこにいても誰がかかってもおかしくない。


今日は真夏日で気温が三十五度を超えた。この暑さの中でマスクをつけているのは本当に辛い。電車の中でマスクを外している人も増えてきた。


午前中のオンライン会議では、夏の撮影スケジュールについて話し合った。屋外ロケはコロナ感染リスクと熱中症リスクの両方を考慮しなければならない。撮影時間を短縮し、頻繁に休憩を取ることになった。


スタイリストの田中さんからは「モデルさんがマスクの跡で頬に赤い線ができてしまって、メイクで隠すのが大変」という話も出た。コロナ禍特有の新しい悩みだ。


昼休みに近所のコンビニに行くと、店員さんが汗をかきながら働いていた。マスクをしてレジ業務をするのは本当に大変だろう。お疲れ様ですと心の中でつぶやいた。


そんな中、ベランダで夕涼みをしていると、また彼女に会った。


「こんばんは」

私の方から勇気を出して声をかけてみた。


「……こんばんは」

彼女の声は低く、少しハスキーで落ち着いていた。


「すごい感染者数ですね」

「ええ、本当に。でももう、ただの数字にしか見えませんね」

彼女の言葉に私は頷いた。


「お隣さんはお仕事、大変じゃないですか? リモートワークですか?」

「私はフリーランスのイラストレーターなので。ずっと家ですよ」

やっぱり。あの絵の具の匂いは彼女のものだったのだ。


「雑誌のお仕事とかもされるんですか?」

「ええ、時々。主に書籍の装画が多いですけれど」

「そうなんですか! 私、雑誌の編集者なんです。ファッション誌の」

思わぬ共通点に私の声が少し弾んだ。


「まあ、奇遇ですね」

彼女はくすりと笑った。その笑顔がとても可憐で、私はまた心臓が高鳴るのを感じた。


「私の名前は水野葵です。よろしくお願いします」

「こちらこそ。月島雫と申します」


月島雫さん。

その名前がまるで美しい物語のタイトルみたいだと思った。


### 2022年7月30日(土)


全国の感染者数が二十万人を超えた。過去最多だ。

でももう驚くこともない。数字に麻痺してしまっている。


今日は朝から電気工事があった。エアコンの調子が悪くて、業者さんに来てもらったのだ。作業員の方は防護服のような格好で汗だくになりながら作業をしてくださった。

「こんな暑い中、大変ですね」と声をかけると、「慣れましたよ。でもマスクは辛いですね」と苦笑いを浮かべていた。


午後は雫さんとベランダで話をした。彼女は今、ある小説の装画を描いているという。

「どんな小説ですか?」

「恋愛小説です。でも今時の軽いものじゃなくて、昔ながらの純文学に近い感じの」

「素敵ですね。私も読んでみたいです」

「出版されたらお見せしますね」


彼女と話していると時間を忘れてしまう。絵の話、本の話、音楽の話。教養の深さに感心するし、物事を見る視点がとても興味深い。


「葵さんはどんな音楽がお好きですか?」

「ジャズとクラシックが好きです。雫さんが時々弾いているピアノ、とても上手で聴き入ってしまいます」

「ああ、聞こえてしまっていましたか。すみません」

「いえいえ、とても素敵で癒されています」


夕方、コンビニで夕食を買って帰る途中、値上げの張り紙がまた増えているのに気づいた。弁当、惣菜、パン、全てが二十円から五十円値上がりしている。レジで千円札を出すと、以前なら数百円のお釣りがあったのに、今はほとんど戻ってこない。


家計簿を見返すと、六月から食費が月に一万円近く増えている。給料は変わらないのに出費だけが膨らんでいく。ボーナスも昨年より減額された。


でも文句を言っても仕方がない。みんな同じような状況だろう。工夫して乗り切るしかない。


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