2022年12月
2022年12月5日(月)
中国で「ゼロコロナ政策」への大規模な抗議活動が起きているらしい。
天安門事件以来の規模だとか。
もう世界中がこの生活に疲弊しきっている。
拓也と別れた。
彼から切り出された。
「他に好きな人ができた」と。
薄々感づいてはいた。
悲しかったけれど、涙は出なかった。
私たちの関係はもうずっと前から終わっていたのだ。
カフェでの会話は三十分程度だった。彼は申し訳なさそうな顔をしていたが、どこかほっとしたような表情も見えた。束縛から解放された安堵感だろうか。
「コロナ禍で、お互い変わってしまったよね」と彼は言った。
確かにそうかもしれない。でも本当は、私たちはもともと合わなかったのかもしれない。コロナ禍がそれを浮き彫りにしただけで。
「これまでありがとう」と最後に言われた。
「こちらこそ」と答えた。
お互いに演技をしているような別れだった。
帰り道、なぜかすっきりした気持ちになっていた。終わってほしくなかった関係の終わりを、どこかで待っていたのかもしれない。
その夜、ベランダで一人泣いていると、隣からそっと声がした。
「……大丈夫?」
雫さんだった。
私は彼女に全てを話した。
彼女は何も言わず、ただ静かに私の話を聞いてくれた。
そして一通り私が話し終えると、こう言った。
「辛かったわね。……良かったら、これ飲まない?」
仕切り板の下に小さな隙間があった。
そこから彼女が差し出してくれたのは温かいマグカップだった。
ホットワイン。シナモンの甘い香りがした。
私たちはそれぞれのベランダで、壁一枚を隔てて同じホットワインを飲んだ。
温かい液体が冷え切った私の身体に染み渡っていく。
涙がまた溢れてきた。
でも今度の涙は温かかった。
「ありがとうございます……雫さん」
「どういたしまして、葵さん」
その夜、私は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
### 2022年12月25日(日)
クリスマス。
でも一人で過ごしている。昨年までは拓也と一緒にケーキを食べて、ささやかなプレゼント交換をしていた。今年は静かなクリスマスだ。
朝からコンビニでクリスマスケーキを買った。一人用の小さなショートケーキ。値段は去年より百円高くなっていた。コンビニの店員さんも「お疲れ様です」と言ってくれた。きっと一人でケーキを買う人が増えているのだろう。
午後、雫さんと話をした。彼女も一人でクリスマスを過ごしているという。
「寂しくないですか?」と聞くと、「慣れましたよ」と笑った。
「でも今年は少し違います。葵さんがいてくださるから」
その言葉に心が温かくなった。
「私の方こそです。雫さんがいなかったら、もっと寂しいクリスマスになっていました」
夕方、彼女が「ささやかなプレゼントです」と言って、小さな包みを隙間から差し出してくれた。開けてみると、手作りのブックマークだった。水彩で描かれた美しい花の絵に、私の名前がカリグラフィーで書かれている。
「素敵! とても嬉しいです」
私もお返しに、デパートで買った紅茶のセットを渡した。
二人でそれぞれのベランダでケーキを食べた。壁越しだけれど、一緒にクリスマスを過ごしている気分だった。この小さな幸せが、今の私にはとても大切だった。
### 2022年12月31日(土)
今年最後の日。
コロナ禍三年目の大晦日。オミクロン株で始まった一年だった。第六波、第七波、そして今は第八波。数え切れないほどの波を経験した。
経済的にも厳しい一年だった。ウクライナ侵攻による物価高、歴史的な円安、止まらない値上げラッシュ。家計簿を見返すと、食費だけで年間十万円以上増えている。
でも悪いことばかりではなかった。雫さんとの出会いがあった。拓也との別れは悲しかったけれど、それが新しい関係の始まりでもあったかもしれない。
紅白歌合戦を見ながら、この一年を振り返っている。テレビの中では華やかな歌と踊りが繰り広げられているが、現実は地味で質素な生活だ。でもそれも悪くない。本当に大切なものが見えてきた一年だった。
午後十一時頃、雫さんと今年最後の会話をした。
「今年は葵さんとお知り合いになれて、とても良い年でした」
「私もです。来年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
年越しそばをひとりで食べながら、来年はどんな年になるだろうと考えた。コロナは落ち着くだろうか。物価は安定するだろうか。雫さんとの関係は深まるだろうか。
カウントダウンが始まった。
5、4、3、2、1…
新しい年の始まり。