第七話「交錯する幻影」
ハルキは、スマートフォンに届いた奇妙なメッセージを何度も見返していた。
《旧校舎・夜・再び“扉”が開く。来るな。》
送信者は不明。しかし、その冷たくもどこか不安を誘う調子は、白石リクのものだと感じられた。なぜ彼は自分たちに危険を知らせようとしているのか? そして、「扉」とは一体何を指すのか?
一方、サクラは自室の鏡の前で立ち尽くしていた。昨夜、旧音楽室で見た“ぼやけた人影”。その声に感じた覚えのない既視感。そして今、鏡の中には、自分ではない何者かの影が、かすかに映り込んでいた。それは昨日の人影よりもやや鮮明で、長い黒髪と、どこか悲しげな瞳を持っていた。
サクラがそっと手を伸ばすと、鏡に映る影も同じように手を伸ばした。触れようとした瞬間、影はまるで溶けるように消え去った。
夜。ハルキは一人、旧校舎へと向かっていた。リクの警告は頭の中で何度も繰り返されたが、あの音楽室で感じた異様な気配、聞こえた歌、そして幽影の言葉。それらの繋がりを解き明かさずにはいられなかった。サクラにはメッセージのことは伝えなかった。彼女を巻き込むのは危険かもしれないと思ったからだ。
旧校舎に近づくと、夜の静寂を破るように、かすかな旋律が聞こえてきた。それは、昨日の音楽室で聞いた、哀しげな歌声に似ていた。ハルキは慎重に校舎内へと足を踏み入れた。
人気のない廊下は冷たい空気に満ちていた。音楽室の扉の前に立つと、歌声は昨日よりも不安定で、痛々しく響いていた。扉をゆっくりと開けると、部屋の中央に、昨日の“ぼやけた人影”が立っていた。その周囲には、金色の光がかすかに脈打っている。
「やはり、来たか」
背後から、不意に声が聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは白石リクだった。彼の表情はいつも通り無表情だったが、その瞳の奥には、わずかながら安堵の色が宿っているように見えた。
「あの影は……一体何なんだ?」
ハルキは幽影を指さして問いかけた。リクは静かに首を振った。
「あれは……この世界の“歪み”が生み出した、記憶の残滓のようなものだ。特に、強い感情や記憶が集まった場所に現れる」
「記憶の残滓……?」
ハルキが繰り返すと、幽影が不規則に言葉を発し始めた。
「カナリア……檻……痛み……解放……」
その言葉の一つひとつが、部屋の空気を震わせているようだった。
その時、サクラが音楽室の扉の前に現れた。ハルキが来てしまったのではないかと心配になり、後を追ってきたのだ。幽影の姿を見た瞬間、彼女の顔色はさらに青ざめた。
「やっぱり……あの声だ」
サクラは震える声で呟いた。その瞬間、幽影が鋭く二人の方を向いた。そして、今までよりもはっきりとした言葉を発した。
「……還して……私の……歌を……」
その言葉が部屋に共鳴した瞬間、不規則に揺れていた金色の光が一気に強く輝き始めた。そして、その光の中から突如として、複数の冷たい鎖が現れ、ハルキとサクラ、そして幽影を同時に拘束した。