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「不思議な光景?」
マリサは聞くと、ホセは頷いた。
「あぁ、爆撃機の護衛任務で敵機の襲撃を受けた時…俺は被弾していた」
その時の状況をホセは少し懐かしむ様に口にした。
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「くそっ!!」
新たに配属された戦闘機部隊にてホセは高高度を飛んでいたB-29を襲撃する敵機を見る。
『新型機だ!!』
「なんだこの雷見てぇな音は?!」
超速度で接近してくるその戦闘機は30mm機関砲四門と言う重火力を装備し、発射された弾丸は容易に爆撃機のエンジンを破壊した。
『くそっ!』
『二番、三番エンジン停止!』
『過給機ごと吹っ飛んだ!!』
阿鼻叫喚の無線を耳にしながらホセは操縦桿を動かす。
横ではエンジンが炎に包まれた爆撃機が徐々に高度を落としたり、翼が根元から折れて墜落していた。
「くそっ!なんだあの速さは!」
『新入り!後だっ!』
「っ!?」
襲撃してきた数機の新型戦闘機を前に彼は驚愕していると、彼の後ろにその戦闘機が現れたのだ。
「しまっ…」
直後、発射された弾丸が機体後部に命中すると、尾翼が吹き飛んでそのまま主翼根元に命中した。
「くそっ!!」
『ホセ!!』
そしてそのまま機体は急降下しながら回転すると、そのまま雲の下に突入してしまった。
「ちっ…!!」
主翼が千切れかけ、燃料を撒くホセの機体はバレルロールの如く回転しているのを抑えようと全力で彼は操縦桿を握るが、
「駄目…かっ!!」
機体の高度計は恐ろしいほど落下していた。
「ちっ…」
雲を抜けて、地面の薄暗い大地が見えた時、
「は…?」
高度を失った機体は魔法にかかった様に操縦桿の言うことを聞いて機体を傾けた。
「…」
突然のことに困惑したが、ともかく機体の落下が途中で終わった事に安堵し、操縦桿を慎重に動かして左右を確認する。
「(基地に帰らないとな…)」
尾翼を失い、主翼も根本が破壊されている為戦闘継続なんて夢のまた夢といった具合だった。
時間は太陽がほぼ沈む頃、方角的に基地の場所は把握できる。
周囲に敵無し、ついでに味方も無し。
自分の機体を操縦して周囲の確認を行ったが、敵の気配を感じることはなかった。
「ん?」
その時、自分はふと違和感を感じた。
「海…?」
下の薄暗い大地だと思っていた場所は紺色の水面が立っており、太陽のある方角を思わず確認すると、西だった。
ただ沈みかけと思っていた太陽は登り始めており、紺色の水面は徐々に美しい透明感あふれる色になる。
南方の海を彷彿とさせるような色合いに彼は困惑する。
「海に出ていたのか?」
思わず考えてしまうが、航続距離と飛んでいる場所を考えてもそれはあり得なかった。
「湖か?」
ホセは地図を思い返しながら呟くも、出撃した地域に川はあれど湖は無かった。
「…」
そして更に不可解な事はあった。
「潮の香りがしない…」
その海の様に広大なその場所は空を見上げる。
「っ…?!」
その時、彼の目にはそこを海の様に泳ぐ虹色に輝く水の様な透き通った鯨の様な意味ものが泳ぐ様に飛んでいる様だった。
それはとても幻想的な景色であった。
西から登った太陽は辺りを燦々と照らすと、そこでは空を飛んでいるにも関わらず無数の水の様に透明な生物が飛んでいた。
透き通った魚や鳥が虹の光を反射しながら壊れかけの戦闘機の横を飛び、羽を撫でていく。
「…」
その景色は妙に違和感がありつつも温かみがあり、それでいて妙な悪寒を感じるその景色はあまりにも非日常的すぎた。
すると下の水面に複数の影が現れると、
「っ?!」
そこから大きな水飛沫をあげて潜水艦が急速浮上した時のように透明なシャチが現れた。ただそのシャチには妙な既視感があった。
そんな不思議な景色を見ていた時、
「うおっ!?」
機体がガクンと下がってそのまま水面に突撃するように急降下を始めた。
「くそっ!!」
反射的に操縦桿を握って機体を起こそうとしたが、言うことを聞かないまま目の前に水面が現れてそのまま機体毎ホセを叩きつけていた。
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「目覚めた時、俺は白い景色に包まれていた」
彼はそう言う。
「見慣れた雲の中の景色だったが、俺はそこで足を負傷していたのを知った。キャノピーにはヒビが入り、飛んでいるのが奇跡と言われるくらいには機体は壊れていた。激痛が走って思わず悶絶しちまった」
その後、基地に一人帰還したホセは、そこで新たに配属された部隊から驚きの目を向けられながら抱えられて機体を降りた。
「その時整備士に言われたんだ。『なんでこれで飛べるんだ』とな」
その機体はデータ収集のために後方に回され、自分は病院で治療を受ける事になった。
30mmの銃弾の破壊力は凄まじく、太ももや背中に無数の傷を負い、腕も負傷していた。
幸い目や重要なバイタルは傷ついておらず。数週間で復帰できるほどだった。
だが、自分が入院中に戦争は終戦を迎えた。
「敵の新型戦闘機にやられて雲の中に消えた時、仲間は俺を死んだと思っていたらしい」
「…」
「行方不明になっていたのは丸一日。燃料計もすっからかんになって久しいのに、俺はまだ飛んでいたんだ」
ホセはその時に感じた違和感を呟く。
「あの時見たシャチは俺の知っている気配があったんだ…海の中を泳いでいるようで飛んでいる。全てが不思議だった」
「…」
そんな話をし終えると、マリサはコックピットからホセを見た。
『綺麗な世界…』
「あぁ、俺も今となっちゃあ、あそこは死者の世界だったのか、何なのかすら分からない」
そう言い海の上を飛んでるようで、海の中を泳いでいたかの様な…あそこにいた鯨や鳥は何だったのか。
「そん時、ふと聖書を思い返しちまいそうになったよ」
軽くホセは笑う。
「死んだ後の事なんて知ったこっちゃ無いが、俺は一線を超えた様な気がしてならなかったよ…」
彼はそう言うと煙草を吹く。
「さっ、話は終わりだ。寝てくれ」
彼は言うと、マリサはホセに言った。
『一緒に寝ないの?』
「はっ、それは親の特権だ。他人がそうそう見知らぬ子供と寝れるかよ」
彼は言うが、コックピットで彼女は寂しそうな目を向けて訴えてきた。
「あのなぁ…」
そんな彼女にホセは呆れる様に言う。
「お前さんはまだ子供だ。普通はこんな賞金稼ぎと空を飛ぶ事は無いんだぞ?怪しい奴には、怪しい奴がついてきちまうんだよ」
彼はそう言いマリサに説得する。
「カタギの娘が賞金稼ぎとつるむと碌なことにならんぞ?」
今までの経験をもとにホセは言うと、マリサは返す。
『一人で寝れない…』
「近くで寝てやるよ」
ホセは言うと、マリサはブランケットを持ったままコックピットを降りるとホセの横に座ってそのまま体を預ける。
「おいおい…」
ホセが言う前に彼女は静かに寝息を立てて寝入ってしまった。
「…」
有無を言わさず隣で寝る少女にホセは軽くため息を吐くと、彼女を起こさないようにゆっくりと抱えた。
「わがままな奴だよ」
彼はそう溢してコックピットに入ると、最初にホセは座ると膝の上にマリサを乗せてキャノピーを閉じると、彼はそのままゆっくりと目を閉じた。
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その時、街の小さなカフェで椅子に座ってコーヒーを飲んでいたホセはそこで時計を確認している。
マリサは格納庫に駐機した戦闘機の中で一人楽しんでいるはずだ。外に出るなと言明したので大丈夫だと信じたい。
すると彼の背中に軍服を着た一人の男が座った。
「もう中佐か…出世株だな」
「お前から連絡が来るとは驚きだ。ホセ」
その男は言うと、ホセは軽く笑った。
「死んだと思っていたか?」
「まさか…」
中佐の階級章に、新たに創設された空軍の軍服に袖を通した男。嘗てホセのペアとして訓練生時代からの友人であったロムは驚きの色を隠せなかった。
「嘗てのエースが賞金稼ぎまで堕ちるとはな」
「俺は戦争をもうしたく無いのさ」
ホセはロムに返すと、ロムは胸ポケットから一通の葉書をホセに手渡す。
「言われた通りの仕事はしておいた」
「すまん」
その葉書には小さな筆記体で綴られていた。
「しかし、これは一介の賞金稼ぎが突っ込むような話ではないぞ」
「無論だ」
そう言い彼はカップを傾ける。
「呆れたもんだ」
「国が実験を本気でしているとは…」
ホセは呆れた様に溢すと、ロムは言う。
「政治家どもがそろそろ騒ぎ立てる頃合だ」
「そうか…」
ホセはそこでカップを置くと、ロムは言う。
「お前のことも調べた。…なぁ、空軍に戻れよ」
「…」
「お前の腕なら、俺が何とかやれる」
ロムは言うと、ホセは鼻で笑った。
「生憎、俺は自分の稼ぎで生きて行くのが今の生きがいなのさ」
「しかし…」
「分かっているさ。賞金稼ぎは今後儲からんこともな」
ホセは言うと、ロムはそんな彼を憐れむ。
「だったら…」
そんな彼の言葉を遮るようにホセは言う。
「だがな、俺はやれるとこまでやるさ」
「…」
彼の宣言にロムは言う。
「これから自由に空は飛べないぞ」
「新しい航空法だろう?」
「あぁ」
国内治安の回復に兆しがあったこの国では近々新しい航空法が施行される。それによると事前にフライトプランを申請して飛ぶ必要があると言う。
「空軍だったら、好きなだけ飛べる」
「言っただろ、俺は戦争はごめんだと」
彼は言うと、ロムはそれでも言う。
「お前は…飛べなくなる事が怖く無いのか?」
ロムは聞くと、ホセは即答した。
「怖いさ」
「だったら…」
二人の口論に終止符を打つ様に言う。
「行けるとこまで行く。悪いが、空軍に戻ろうとは思っちゃいないさ」
「…」
そして彼はそのまま席を立つ。
「じゃあなロム。会えたらまた会おうぜ」
そう言って去ろうとした時、ロムは呟いた。
「死ぬなよ…戦友」
その言葉にホセは答える事なく後にした。