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飛行機乗りの夜間飛行というものは半分自殺行為である。
爆撃機のように遥か高高度を飛ぶならまだしも、攻撃機などの地上スレスレを飛ぶような航空機で夜間飛行を行おうものなら即座に森林の木々や市街地の防空用の対空砲塔に激突して即座に死亡だ。
「…」
深夜の格納庫、そこでホセはコックピットの中で眠っている一人の少女を見る。
先ほど夕食で重たい料理を食べさせたからが、満腹と飛行の疲れで直ぐに眠ってしまった。
「仕方ねぇか…」
少女はコックピットで寝ることを所望しており、実際幸せそうに寝ている。
こんな状況で起こすのも野暮というものなので、仕方なくホセは機体の足元に座り込む。
「…」
安全のため、キャノピーを開けたまま彼は格納庫の外を見る。
そこには煌びやかな満天の星空が広がっており、夢を見る子供がいればあの星を間近で見たいとはしゃぎたくなるような光景だった。
「(いずれはあの星を直接拝みに行くような時代もあるのだろうな…)」
今の合州国は連邦と対立関係に存在し、互いに技術競争を開始している。
噂では連邦は宇宙開発に力を入れており、先の戦争で互いに倒した国の技術者を使ってロケットの開発を進めていると言う話だ。
「(必要は発明の母ってね…)」
曲がりなりにも戦争前は士官学校に進学できる頭は持っていたので、今の状況がどんなものなのかは出ている情報だけでも理解できる。
だんだんときな臭くなってきた情勢ではあるが、しがない賞金稼ぎには関係のない話であった。
コンコンッ「ん?」
するとキャノピーをノックする音が聞こえて顔を向けると、そこでは毛布をかけられていたマリサが少し眠たげな顔でホセを見た。
「眠れないのか?」
聞くと、マリサはホセに聞き返した。
『何をしているの?』
「俺か?」
聞かれた彼は少し間を置いた後に少し格納庫の外の景色を見る。
「人生の振り返りだな…」
彼は言うと、胸ポケットから煙草を取り出す。
そして火をつけると、そこでマリサが聞いた。
『おじさんはなんでパイロットをしているの?』
「え?」
いきなり聞かれた事にホセは若干驚く。
基本的な事であるが、意外と直ぐに答えを出すのは難しい問題だった。
「…難しいな」
『どうして?』
「色々な理由があるからな」
『理由…?』
よく分からない様子で首を傾げたマリサにホセは少し微笑んだ。
「何、大人ってのは色々と屁理屈をつけて行動するのさ」
『…よく分からない』
「ああ、もう少し君が大人になったら理解すればいい」
ホセは軽く頷きながらマリサを見上げると、彼は言う。
「まぁ、とりあえず寝なさい。明日も早いぞ」
『…何か飛行機のお話をしてくれたら。寝れる』
「お話?」
少女の要望にホセは少し考える。
子守唄的なものかと思いながらホセはマリサを見る。
『おじさん、昔は強かったんでしょう?』
「…はははっ、君には全てお見通しか」
ホセは諦めた様子で少し懐かしげな表情を浮かべる。
「ちょいと重いが、聞けるか?」
マリサは頷くと、ホセはゆっくりと少し昔話をし始めた。
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数年前
旧大陸 西部戦線上空
厚い雲が点在する空域の中を数機の編隊が飛んでいた。
『イイィィイイヤホォォォォゥウウウ!!』
最新の戦闘機のP-51で編成されたその部隊は少し興奮気味に無線で叫んでいた。
『叫ぶな馬鹿者』
そんな無線である男が突っ込む。
『しかし隊長、新型機が最初に納入されたんですよ?』
『元々俺たちはP-47だぞ?なんで戦闘機が納入されるんだよ』
『知るかよ。おかげで俺たちもエースだ!!』
そんな事を言いながら八機の編隊は雲を縫う様に地面を見ながらホセが無線で言う。
「隊長、そろそろ予定地点です」
視界の先で進軍している味方部隊を確認し、降下して進軍中の戦車部隊を見ると、彼らは銃を片手に歓声を上げていた。
「頼むぞ!飛行隊!」
「俺たちの分も残しておけよ!!」
そんな事を言いながら彼らは通り過ぎていった編隊を見送る。
「ゲッ、アイツらホワイトソックスかよ」
そんな中、編隊のマークを見た部隊長が呟いた。
「え?ホワイトソックスってあの?」
「嘘だろ…」
「マジのエースじゃねぇかよ!!」
部隊の名を聞き、兵士達は驚いていた。
ホワイトソックス隊は今次戦争中でP-47に乗って近接航空支援で多大な戦果を上げてきた一流の部隊であった。
噂では一旦攻撃をするとどんな場所であろうとその場所は更地になるなどと言われていた。
「俺たちの分ちゃんと残しておけよ!!」
編隊の消えていった空に向かってそう叫ぶと、遠くから爆発音が聞こえた。
「くそっ、もう始めやがったかよ…」
「総員戦闘準備!敵は近いぞ!!」
対空砲火の機関砲砲弾が空をミシン縫いしている様を見ながら陸軍部隊は速度を上げる。
バシューバシューッ!
翼下に懸下されたロケット弾が発射され、森の中で隠れていた敵戦車隊に攻撃を加える。
『ヒュ〜、もう撃ち返してきやがった!!』
『各機ペアを取れ!散会しろ!』
隊長のハルバースタが言うと、同僚のチニーが返してロケット弾を発射する。
『Shit!!』
しかし新型のロケット弾は一週間しか訓練を積んでいない自分達では到底百発百中と言える腕前ではなかった。
『これならサンダーボルトに乗り換えりゃあ良かった!!』
『愚痴を言うなチニー』
それを宥めるのは彼のペアのメルリーであった。
『ロケット弾は十発だけだ!無駄撃ちするな』
ハルバースタは言うと、六挺の重機関銃の引き金を弾く。
発射された弾丸は隠れていた対空戦車に複数命中すると射手や機関砲をズタズタに破壊して沈黙する。
「…っ!!」
地上攻撃をしている最中、ホセはその気配に勘付く。
「敵だ!」
『何っ!?』
『何処だ?!』
するとホセの機体の側を銃弾が掠めた。
「ちっ…」
直後、四機の黒い影が通り過ぎて地上付近で旋回する。
『敵機!四機二時方向!!』
「俺が行く!」
『頼んだ!』
ホセの機体はロケット弾を装備しておらず、部隊の護衛として戦闘機を駆っていた。
「行くぞロム」
『任せろ』
そしてホセはペアを組んでいる仲間のロムに合図を送ると、四機の戦闘機に高速性を生かしたドッグファイトを仕掛ける。
蝶のように舞いながら味方部隊攻撃の妨害をし、一人がロムの機体にしがみ付くように追いかける。
『来たぞっ!』
「了解だ」
機体の影が見えるほどの超至近距離での戦闘、速度を生かしたヒットアンドアウェイ戦法は最近の敵戦闘機の性能向上により、機関銃の引き金を引く時間は出撃するたびに減っている。
「っ!!」
なのでこの珍しい好奇にホセへ引き金を弾くと、発射された六梃の重機関銃のおかげで主翼の根本から煙を吐いた後、そこから炎上。慌ててパイロットが脱出しようとしているのを確認するとホセに無線が入る。
『こちらも終わりだ!今から向かう!!』
一瞬地上を見ると、煙の上がる森の中を先ほどの機械化部隊が進軍を始めており、敵部隊と交戦に入っていた。
「そろそろ増援が来るぞ…!!」
『ちっ、俺たちは今から地上部隊の援護だ。着いてこい!』
ハルバースタは言うと他の機体も三機の敵に攻撃を加えながらホセは常に敵の増援を警戒していた。
「っ!!来た!」
昔から目は良いと自覚していたホセは、持ち前の視力で襲撃しようとしてくる急降下爆撃機を視認した。
「敵機八時!六機いるぞ!!」
爆弾を腹に抱えていた爆撃機は薄く張られた雲をうまく使って既に急降下態勢に入っていた。
「くそっ!!」
『間に合えっ!!』
ホセとロムは機関銃の引き金に手をかけると、急降下中の機体の主翼を吹き飛ばして二機を炎上させる。
『くそっ!敵だ!』
『行け!速度を上げろ!』
『もう遅いぞ!!』
急降下中の爆撃機はほぼ無防備の姿を晒すこととなり、後部銃座もそれほど仰角が取れないのでホセの襲撃には速度で振り切るしかなかった。
『投下!!』
そして叫ぶと、落とされた爆弾が森を進軍中の部隊に命中した。
味方ごと吹き飛ばしており、落とされた爆弾の影響で戦車が吹き飛んでいた。
『くそっ!!』
それを見ていたハルバースタは毒つくと、ペアと主に一機を仕留めてホセ達に叫ぶ。
『これ以上の損害は出すな!爆撃機を優先しろ!!』
雲を突き破るように現れた四つの影。
『くそっ!』
増援は戦闘機四機。
『増援はどうした!?』
『今向かっています!』
叫ぶと、ハルバースタは溢す。
『二十分だ!増援が来るまで逃げろ!』
『おい!味方はどうするんだ!』
『この空域で抑えるぞ!!』
そんな事を叫んだ直後、
『ぐはっ!?』
突如ハルバースタの機体に数発の銃弾が命中すると、機体は大きく炎上して堕ちていった。
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「その時、敵のエースが出てきて俺の部隊の隊長機を一番最初に墜としちまった」
「…」
ホセは煙草を手に持ちながら話すと、マリサは静かにその話を聞いていた。
「その後は滅茶苦茶だ。曇り空の狭い空域、地上スレスレの乱闘で敵味方問わず堕ちて…避けきれずに地上に激突した奴もいた」
そこで煙草の灰を落とす。
「無我夢中になって飛んだ。周りに気を配る余裕なんて無かったから、誰が堕ちたか把握できなかった」
その時、ホセから灰色の感情が出ているのをマリサは感じた。
「二十分経って味方の増援が来た時、戦場に残ったのは俺ともう一人だけだった」
『…もう一人?』
「俺のペアだったロムって奴さ。訓練所で同じだった気の合う奴だった」
そう言い彼は少し息を吸う。
『その人もおじさんみたいなエース?』
マリサは言うと、ホセは軽く笑った。
「はっ、所詮堕とした機体の数は数でしかない。戦場でエースって呼ばれる奴は何度も飛んで生きて基地に帰ってきた奴だ」
言うと、ホセは溢す。
「基地に帰った後、俺達は別の部隊に編入になった」
『会っていないの?』
「そうだな…俺達はそれ以降、一度も会うことなく戦争が終わった」
そう言い彼の脳裏には大陸から帰還する際の軍のお偉いさんの演説が浮かんだ。
『どうして辞めたの?』
「疲れちまったのさ…軍の仕事には」
ホセは言うと、天を見上げる。
「ある時、爆撃機の護衛任務を終えてクタクタに疲れきって飛んでいた時だった」
その時、彼は不思議な光景を見たと言う。