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かつて、自分は空に憧れていた。
特段これと言った理由を聞かれてもわからないが、強いて言うなら、到底辿り着けないだろう永遠の高さから見える景色はどんな物なのか見てみたいと思ったからだ。
あの蒼穹の高みにはどんな景色があるのか、一度でいいから見てみたかった。
かつて父に乗せてもらった飛行船からの景色はとても鮮明に覚えている。
遥か眼下に見える森や街、そこを移動する人はまるで胡麻粒の如く小さかった。
そんな空の中、遠くでは太陽が山々の合間の奥に隠れようとしている頃。
とある空域で数機の飛行機が空を舞っている。
『くそっ!どこまでも着いて来やがる!』
『速度を上げろ!』
二機の複葉戦闘機の無線で悲鳴に近い声が聞こえる中、一機を後ろから追いかける一機の単葉戦闘機。
『くそぉ…!振り切れねぇ!!』
後ろを見ながら汗を大量に掻き、同時に重力で顔が歪むその男の表情を光学照準器で捉えるとそのまま主翼内の12.7mm重機関銃が発砲。複葉機のエンジンと翼に穴を開けるとそのまま飛び去って行った。
『くそぉっ!やられた!!』
翼が破壊され、そのままゆっくりと落ちていく複葉機のパイロットは生き残っていた無線を広域のものに切り替えるとそこで叫び散らした。
『覚えてろ!次はテメェの番だ!ホセ・ブランカ!』
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「ひーふーみー…」
紙幣の枚数を数える銀行員、その前ではホセがその札束を見ていた。
「えぇ、こちらがドムドム兄弟撃墜の追加報酬です」
そこで掛けられていた懸賞金の分の札束が差し出される。
「流石ですねぇ、私もこれぐらい稼いでみたいものです」
「銀行員の方が儲かるんじゃないのか?」
「ご冗談を、固定給の安月給ですよ」
そう言いながら札束を一つ返す。
「今月分だ」
そして支払われた札束を受け取って銀行員は帳簿の確認を行う。
「今月でローンの支払いは完了です。どうですか、純金積立などを購入して資産を残してはいがかでしょう?」
「生憎と俺はそういうのに興味がないんだ。じゃあな」
そう言い、残った札束をコートのポケットに押し込んで男は銀行を後にしていた。
銀行を後にし、ホセは次に街のバーに入る。
店の中で男達が盛り上がる中、端の方のカウンターに座るとすぐにウェイターが聞いてくる。
「ご注文は?」
「見ない顔だな。新入りか?」
するとその問いに奥で料理作る店主が答える。
「あぁ、一昨日からだ」
そして店主は新入りの女性ウェイターに言う。
「アン、そいつは良い。どうせいつもの料理だ」
「ああ、いつもので頼む」
彼の反応を見てウェイターは何も書かずに去っていくと、店主がカウンターで座るホセに言う。
「手出すなよ。あの子は俺の姪っ子だ」
「ん?俺を知ってて言うのか?」
聞くと店主は少し笑いながら厨房から出てくる。
「念の為さ。ほれ」
そして作り置きしてあったサンドイッチの入った紙袋をカウンターに置くと、ホセは硬貨を置いて袋を受け取った。
「今日も仕事かい?」
「あぁ、」
そんな彼に店主はやや呆れたように溢す。
「仕事熱心だ。良くやるよ」
「何かと俺は金がいるんでね」
そう言い、ホセは店を後にする。
そして男が消えた後にウェイターが店主に聞く。
「おじさん、あの人って誰なの?」
「ん?ほれ、前に言ってた男さ」
「えっ?あの人が?」
ウェイターの女性は男の出て行った出入り口を見てやや唖然となった様子で見返していた。
数多の単発機や双発機などが離着陸する飛行場の一角、とある格納庫に戻ったホセに少々年老いた整備士の男が近づいてくる。
「やぁ、また出るのかい?」
「ああ、頼むよ」
「ひっひっひっ、あんたも大概働きもんだな」
その手にイナーシャ・ハンドルを握り、整備士の男はホセを見ると彼は何も言わずに自分の飛行機に乗り込む。
「回してくれ」
「はいよ」
そしてイナーシャ・ハンドルを回し始め、はずみ車が回転する音が聞こえ。その途中でホセは計器と燃料、武装の確認をする。
「点火!」
そして整備員の合図で点火プラグを入れると、格納庫に轟音が響き渡る。
そしてエンジンの回転を少し落とし、そのまま操縦桿を握って上下左右に動かし、翼の動きを確認する。
「問題なし」
ハンドサインと共に整備士の確認を終えると、ホセも合図を送る。
「よしっ、出してくれ」
そして車止めが外されると、爆音を奏でる二重反転プロペラはそのまま滑走路に出て無線で管制塔に繋ぐ。
「管制塔、こちらWH06。離陸許可を」
『こちら管制塔、WH06。滑走路04からの離陸を許可する』
シートベルトを締め、ホセは改めて操縦桿を握る。
飛行場では多くの旅客機や戦闘機が離着陸をしており、その中には着陸脚を出す六発機も居る。
「軍隊か…」
銀色の金属色が特徴的な空軍機を横目に見ながらホセはエンジンの回転数を上げる。
「さて…」
そして戦闘機は速度を上げると、尾輪が浮き上がってそのままフラップを下げて離陸していく。
28気筒の星型エンジンから来る強烈な馬力は莫大な推進力を出して空に上がった。
嘗て二度の大陸戦争が起こった。
俺が生まれた頃の話だ。世界中の空の上から星が降ってきて多くの街が破壊され、海辺では津波が起こった。
多くの人間が死に、生き残った連中も残った資源を巡って争い合った。その結末が二度の大陸戦争だ。
二回も起こった国同士の戦争は数年前に政府のお偉いさん方の話し合いによって終わりを迎えた。
無駄骨に終わった戦争の後、俺たち空軍の多くのパイロット達は一斉にクビにされちまった。
そうやってクビになったパイロットの一部は郵便局や運送業者に転職をしたりしたが、ほとんどは二度の戦争で悪化した国内の治安改善のために警察が出した懸賞金を狙う賞金稼ぎに転職していた。
飛行機が主流の今の時代、空輸される荷物を狙って空賊が襲いかかる事が多々あった。
そしてそれら空賊には懸賞金がかけられるので、賞金稼ぎを生業にする人間は多く居た。
ホセ・ブランカは第二次大陸戦争で敵機十二機を撃墜したエース・パイロットであった。
本来であれば空軍に残ることもできた彼であったが、戦争後に辞表を出して賞金稼ぎに身を投じていた。
「何処だ…」
キャノピーを閉じ、与圧服を身に纏って機体を少し左右に振って敵機を探すホセ。
今回の狙いは飛行中の輸送機を狙う空賊の対処だ。危険空域を飛行する輸送機には申し訳ないが、囮になってもらうしかあるまい。
『ジジッ』
そして広域無線に耳を傾けていると、そこで混乱した様子で叫ぶ声が聞こえた。
『こちら、ドリームベア運輸!現在空賊の攻撃を受けている!至急救援を!場所は…』
「ビンゴ」
今の時間は陽が傾き始めており、あと三時間もすれば陽が暮れて飛ぶのは相当危険になる。まともな奴は夜に飛ばない。
「うし、簡単にケリをつけてやる」
後で警察に追加報酬でも強請ってみるかなどと考えながらホセは機体を回していた。
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「くそっ!」
その時、一機のC-82が三機の空賊の襲撃に遭っていた。
「おい!また向かってくるぞ!」
上で剥き出しの銃座から重機関銃を撃っていた一人が叫ぶ。
すでに機内は血だらけの乗組員が横たわり、機体には穴が空いていた。
向かってくるのは襲ってきた三機の内の一つ、単葉飛行機は20mm機関砲を向けた時。
バンッ!
エンジン部分に数発の銃弾が命中し、一気に火を吹いて接近していた輸送機から離れる。
「何だ…?!」
すると輸送機の真横を一機の飛行機が横切る。
その戦闘機に二機の空賊は追いかけ始めると、その戦闘機は加速して上昇を始める。
「あれは…」
空賊を一機撃墜した戦闘機を見て一人がハットなる。
「あの塗装は…」
純白の塗装に黒いエンジンカウルと黄色のカウルフラップ。その特徴的な塗装は賞金稼ぎでは名前を売っているほどの人物だった。
「白鳥だ…!!」
『気をつけろ!』
『分かっている!』
その戦闘機を前に二機の空賊も警戒心をあらわにすると、コックピットから発光信号が輸送機に送られる。
「白鳥より通信!」
「何だ?」
「『そのまま近くの飛行場に降りろ』です!」
「この際仕方ないな…」
機長も今の輸送機の状態を見て軽くため息を吐くと、発光信号で返信を行なった。
「ちっ」
『ボス!俺が行くぞ!』
離れていく輸送機を追おうとすると戦闘機の銃弾が塞ぐように襲いかかり、真上から戦闘機が直下してくる。
『ブレイク!』
「畜生!」
操縦桿を引いて上昇する空賊、二機を相手に通常であれば挟み込みで勝てる相手だ。
「ぐっ、ぐおぉぉおおっ!!」
そして急上昇で掛かる重力に体全体が押し潰される感覚になり、視界の周りがやや暗くなる。
「くぅぅ…」
そしてそのまま宙返りを行って後ろから来ているはずの仲間の攻撃を待っていると、
「何…?」
一向に撃つ気配がなく、どうしたのかと驚くと宙返りをした時に白い戦闘機が下でもう一機の戦闘機を追っていた。
『ボス!』
「くそっ!今行く!」
そこで急降下し、追いかけられている仲間の戦闘機の救助に向かう。
「はぁ…はぁ…」
すでにかなり飛んでの戦闘なので疲労感が途轍もないが、ここで仲間を落とされる訳にも行かなかった。
そして高度を落とし、地面がよく見える高度まで落とした三機の戦闘機。その間に挟まれている白い戦闘機だが、
「くそっ」
シザーズで照準が定まらず、射撃を行うも全て外れていた。
すると、目の前の白い戦闘機が急に照準器に収まるような勢いで速度を落として接近してきた。
「っ?!」
それに驚いて射撃できなかった隙にエルロンロールで戦闘機スレスレの距離で下をすり抜けたホセは真後ろを取ると、射撃して機関銃の弾丸を翼に命中させ、その戦闘機は燃料を吹いて地面にゆっくり落ちていった。
『ボス!』
「馬鹿!」
一機堕ちたことに驚く部下に無線で怒鳴ると、真上を白い戦闘機が飛んで行って再び今度は37mm機関砲を発射。
大きな弾頭は片翼を一撃で粉砕し、そのまま地面に軟着陸させた。
「くそっ!!」
そして地面に砂埃を立てながら胴体着陸をした戦闘機の中、空賊のボスは恨めしく颯爽と飛び去っていく戦闘機を見上げていた。
好評だったら続くかも知れません。