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1-9.第一モブと遭遇

 あたしが用意されたものを完飲したら、部屋の緊張した空気が、少し和らいだような気がした。


 あたしは何度かまばたきを繰り返す。

 すると、ぼんやりとした視界が徐々にくっきりとしてきた。


 まずは、フサフサした白髪に、立派な白いひげを蓄え、金縁のモノクルをかけた皺だらけのお爺さんと目があった。

 このヒトが、あたしに飲み物を飲ませてくれたのだ。


「フレーシアお嬢様、わたくしが何者か、おわかりでしょうか?」


 穏やかな老人の声に、あたしはコクリと小さくうなずく。


「デイラル先生……お医者様」


 白髪の老人――デイラル先生――はニッコリと笑うと「よくできました」と大きくうなずく。


 六歳の病人が相手なら、こんなかんじだろうか。


 ほのぼのとした空気が部屋の中に漂う。


 デイラル先生は、お祖母様の専属医師として仕えていたが、数ヶ月前からはあたしの担当医でもあった。


 病気ばかりしているあたしを心配して、お父様はデイラル先生がいるこの地で、お祖母様と一緒に静養できるよう、手配したのである。


 デイラル先生のお薬は、ものすごく苦くて飲むのは辛かったけど、王国でも五本の指に入ると云われた名医だけあって、よく効いた。


 だから、がんばって飲んだ。


 あたしは、デイラル先生の診療のおかげで、こちらで暮らしはじめてからは、病気で寝込む回数も減った。


 病気をしなくなると、体力が消耗することもなくなり、失った体力もゆっくりとではあったが、取り戻しつつあった。


 身体が丈夫になれば、それだけ病気にもなりにくくなる。


 そして、少しの時間なら、リハビリもかねて外で散歩をしてもいいでしょう……という許可がでたとたん、あたしは……池ポチャをやらかしてしまった……という流れだ。


 やっちゃった……としかいいようがない。


 この世界の六歳児の会話能力、思考レベルはどの程度のものだろうか?


 徹底した身分差があるので、教育に関しても、前世以上に格差がありそうだ。


 上流貴族ならば、優秀な家庭教師がついており、平民の子どもよりは利発であってもおかしくはない。


「デイラル先生……おこってる?」


 白ひげの老医師は、あたしの言葉に驚いたように目を細める。


 デイラル先生とは、数年前まではアドルミデーラ家の専属医として家長であるお父様とともに、王都と領地を忙しく行き来していた老医師だ。


 先代だったか、先々代だったからか、アドルミデーラ家に仕えている。


 医師としての腕も確かだが、お父様やお祖母様の支援もあって、王都にも領地にも先生の弟子がたくさんいる。


 領内にはデイラル先生が校長を務める私設の本格的な医学学校もあるくらいだ。


 つまり、アドルミデーラ領の医学の発展に貢献してきた偉いヒトだ。


 お祖母様が体調を崩して静養を決めたとき、デイラル先生も引退を決めて、お祖母様の専属医師として、今はこの地に滞在している。


 ……これは、今世におけるあたしの知識。

 ゲーム会社が発表した公式設定ではない。


 お祖母様や使用人たちが話していたことを、今世のあたしは、なんとなく覚えており、前世を思い出すと同時に理解したみたいだ。


 デイラル先生の顔を見て思い出したが、ゲームでは、アドルミデーラ家の誰かが怪我や病気をしたときとかの背景に、たまに登場している人物だ。


 名前はなく、いわゆる背景モブだった。


 第一モブ遭遇だ。


 第一モブ……いや、デイラル先生は、とても温厚で知的なお爺ちゃんである。


「フレーシアお嬢様には、わたくしが怒っているように見えますかな?」

「みえない……です」


 だから、ちょっぴり怖い。

 普通は怒るだろう。

 普段、温和なヒトほど、怒ると怖いのだ。


 これは間違いなく、説教コースだ。

 なのに、デイラル先生にそういった気配はない。


「フレーシアお嬢様は、どうしてわたくしが怒っていると思われたのですかな?」

「池におちたから……」


(あたしは、今、六歳児だ。六歳児の会話を……)


「なぜ、フレーシアお嬢様は、池に落ちられたのですか?」

「木のえだが……おれたから……」


 従兄弟の子どもをイメージしながら、思い出したことを断片的に口にしていく。


 今のところ、あたしの演技は完璧で怪しまれてはいないようだ。


「そのとき、フレーシアお嬢様は、なにをされていたのか、覚えておりますかな?」

「……子猫……」

「はい」

「子猫……を……木からおりられなくなった……子猫をたすけようとして、木にのぼって……池に……おちた……」

「元気でなによりでございます」 


 老人は「ふぉっ、ふぉっ」と、愉快そうに笑った。


 事前にカルティとライースからコトのあらましを聞いていたのだろう。


 池で溺れて七日間もたっているのだから、それくらいのことはやってそうだ。


 予想した通り、あたしの申告に慌てる者はだれもいなかった。


 デイラル先生が知りたかったのも、あたしが池に溺れた理由ではなく、溺れた前後の記憶が、あたしの中から抜け落ちていないかだろう。


「池におちたの……おこらない?」


 あたしは探るような目をデイラル先生に向ける。


 デイラル先生の向こう側には、ライースやカルティ、車いすに座ったお祖母様や、爺やなどの姿が見える。


 表情まではわからないが、デイラル先生の診察中ということで、言いたいことをぐっとこらえている気配がした。


 デイラル先生はみなからとても信頼されているようだ。

 あたしが『誰』におびえているのか、デイラル先生は察したようである。


 目を細め、再びあの「ふぉっ、ふぉっ」笑いを披露する。


 モブとは思えないほどの、存在感というか、キャラに厚みがある。

 『キミツバ』に『治療』という概念があれば、登場してもおかしくないキャラの濃さだ。もしかしたら、デイラル先生はボツキャラなのかもしれない。


「フレーシアお嬢様、わたくしは医者でございます。フレーシアお嬢様のお転婆がすぎて池で溺れたことを叱るよりも、すぐに助け出されて、適切な処置がおこなわれ……こうして、再び、フレーシアお嬢様を診察できる幸いを喜ぶのが、医者というものでございますよ」


 ずれかけたモノクルをかけ直しながら、老医師は言葉をつづけた。


「ライース坊ちゃまが、その現場、その瞬間に居合わせてくださったことは、まさに僥倖としか言いようがございません。ライース坊ちゃまがいらっしゃらなければ、フレーシアお嬢様とは、もうこうしてお話をすることはできなかったでしょう……」


 デイラル先生の言うとおりだ。


(このお爺ちゃん、さらっと軽く、重たいことをオブラートに包んでズケズケ言ってくれる……)


 あたしがプレイした『キミツバ』では、ライース・アドルミデーラが別荘に到着して、事件現場である池にたどりつくのは、もっと遅い時間だったはずである。

 確かに僥倖だ。


「この幸運を喜び、神に感謝するのが、医者の役目でございますよ」


 とはいえ、デイラル先生は、あたしをかばうつもりはないようだ。


 優しそうな顔をしていたので、あたしの味方として家族との『とりなし』を期待したのだが、現実はそんなに甘くない……ということだろう。


 家族から怒られるのなら、とことん怒られろ……という、老医師の心の声が聞こえたような気がした。


 先生にいわせたら、溺れ死んでいたら、説教も受けられなかったのだから、この幸せを噛み締め、ありがたく受け入れるように……といったところかな。

お読みいただきありがとうございました。

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