1-6.薄命キャラ
挙動不審なあたしを、さきほどからカルティは疑いの眼差しで見下ろしている。
薄々、感じてはいたが、あたしって、ずいぶん、カルティに信頼されていないようだ。
記憶が混乱していてよく思い出せないが、今までの行いがよっぽど悪かったのだろう。
カルティは「急に起きたりするから……」とか口の中でブツブツと文句めいたことを言いながら、ベッドサイドに置かれていた洗面器に布を浸し、冷えた布をあたしの額の上に置いてくれた。
熱はないけど、冷たい布が額に置かれて、興奮で火照った身体にはとても心地よい。
(ちょっと、雰囲気が違うような気もするけど……間違いなく、彼は『カルティ・アザ』だ)
あたしの様子を心配そうに見ている侍従を、おずおずと見上げる。
液晶画面で見るスチルと、実体化されたときの差異でもあるのだろうか。
前世のあたしが知っている『幼少期のカルティ』は、今よりももっと、ももっと、ももっと、ももももっと、恨みがこもった暗い目をしていた。
あたしの前にいるカルティは、暗いことは暗いのだが、こう……腐女子の妄想を刺激させるほどの……闇に堕ちたような陰鬱とした暗さ……がない。
ただの根暗だ。
理由はわからない。
だけど、見過ごせない少しの違和感。
違和感を見過ごすな。
ヘビーユーザーだった前世のあたしが、今のあたしに警告を発する……。
この陰気な『侍従』は、とある乙女ゲームの重要キャラクターだ。
あくまでもヒロインが主人公目線で行動する乙女ゲーム(公式発表)なのだが、主人公の目線がないのに、美麗な攻略男性陣同士の友情やら愛憎やら、きわどいセリフやら……が、金さえつぎ込めば、わんさかでてきた。
打ち出の小槌状態で、腐女子仲間は悶絶していた。
とにかく、ヒロインよりも、攻略キャラ同士のからみの方が断然に多いが、直接的なナマナマしい描写がないこともあり、ユーザー側が勝手に想像の翼を広げて、色々なカップリングで盛り上がっているゲームだった。……ような記憶がある。
だったらいいな、という願望も若干、混じっていたが、純粋な乙女ゲームとは少々毛色が違っていた。……ような記憶がある。
肝心なゲーム名やら、本編ストーリーはまだ思い出せないが、なぜか『カルティ・アザ』のことだけはしっかりとわかる。
いや、一度、死んだ身だ。
恐れることはなにも……家に残した薄い本とパソコンの中身とブラウザの履歴が白日の下にさらされる以外は……恐れるものなどない!
強く生きよう!
こうなったら、自分自身を認め、正直に本能という直感に従って生きよう!
実際のところ……あたしは、なぜか『カルティ・アザ』の情報だけしか、思い出せない。
認めたくはないのだけれど……自分のこれからの転生ライフには、全く役に立たない、それこそ重箱の隅っこにあるようなどうでもいい情報ばかりを思い出していた。
カルティの体重とかスリーサイズを小数点以下まで覚えてて、どーやって転生ライフに活用すんのよ!
華麗なる転生スタートダッシュ……あたしは見事に転んでしまった。
腐女子度鑑定に必要な知識は後でゆっくりと整理整頓するとして……まずは、大事そうな情報を引っ張り出す。
確か、カルティ・アザの声優さんは、幼少期は、少年ボイスで有名な女性声優さんが、特別に……って、こだわるポイントはそこじゃない!
えっと……カルティ・アザは、第一部では主人公の前にたちはだかる、敵役として登場した。
いわゆる、黒幕の手先だ。
彼は妨害工作が得意で、暗殺者的な立ち位置にあって……ヒロインおよび攻略キャラたちの邪魔をしまくる美形キャラだった。
攻略キャラ並みに力の入った美麗なスチルと、ミステリアスな歪んだ微笑。それに相応しい影のある過去。
さらに、担当声優が同時期に放映されたアニメ作品で大ブレイクしたことにより、ファンが激増し、ゲームそのものも注目をあびた。
そういう要素が重なって、「これはいける!」と確信した運営は、第二部になると、カルティ・アザをメインの攻略キャラに昇格させたという流れがある。
ただ、カルティ・アザは第一部で敵役だったこともあり、幼少期のトラウマによって、かなり病んだ性格の持ち主……という設定のキャラだ。
攻略が難しいキャラベストには、カルティ・アザが必ず上位にランクインしてくる。
なぜなら、
カルティ・アザはすぐ死ぬのだ。
殺される。
勝手に死ぬ。
とにかく、びっくりするくらい、めちゃくちゃ死にまくる。
驚くほど簡単に、悲しいまでにもあっさりと、カルティ・アザは死んでしまうのだ。
病んでいるのはキャラではなく、運営の方……とまで言われたくらいである。
カルティのステータスが特別に弱いというわけでもなく、戦闘力もメインキャラたちの中では高い部類になる。
高すぎるゆえに、すぐに戦闘シーンに突入したり、裏切られたりするので、選択肢を間違うといきなり死ぬのだ。
通常のゲームなら、選択肢を間違えたら、せいぜい親密度が下がる程度なのだが、このゲームは、容赦なく、キャラを殺す……という殺伐とした仕様だった。
ただ、まあ、その死亡時のスチルも、イラスト、セリフ、ストーリーと……ものすごく凝ったもので、各キャラクター何パターンも用意されており、わざと殺して、それを集めるファンもいたくらいである。
いかに効率よくカルティの死亡時スチルを集めるには、というわけのわからないスレッドも立ち上がっていたりして、なかなかに賑わっていたのだから、ただの乙女ゲームじゃないだろう。
失敗した選択肢にまで戻るには二十四時間の放置か、『巻き戻しの砂時計』という課金アイテムが必要で、カルティファンは砂時計ストックがマストだった。
SNSでは、『カルティすぐ死ぬ』とか『砂時計カルティ』というハッシュタグがあったくらいだ。
ファンの間では、課金なくしては、攻略どころか、ストーリーさえ満足に読むことができない――生命を守れない――薄命キャラとして有名である。
カルティルートが攻略できたユーザーは、廃課金ユーザーに認定されるくらいだから、相当なものだろう。
最初に出会う攻略キャラとしては、難易度が高い……というか、扱いづらい微妙なツンデレキャラだ。
そういう苦い記憶も一緒に思い出してしまったので、攻略キャラとの出会いを素直に喜べないところが、なんとも残念だ。
ベッドの中でそのようなことを、あたしは悶々と考える。
闇を背負ったカルティは素敵だが、それはあくまでも、観賞用としてなら素敵な存在なのだ。
こうして、あたしの侍従として生きているのなら、カルティには不幸にはなってほしくないし、ゲームのように、簡単にホイホイと死んでほしくない。
だって、あたしの額に置かれた手は、偽物でもなんでもなく、生きているニンゲンの手だった。
前世を思い出すと同時に、それが思い出すための条件だといわんばかりに、あたしは、この世界は、ゲームという虚構の世界ではなく、人は人としてリアルに生きており、命は一度しかない世界である……ということを理解してしまったのだ。
さらに、この世界に『巻き戻しの砂時計』は存在しない……ことを知った。
ゲームでもない。
夢でもない。
あたしは間違いなく死んで、この世界に生きている人として、転生したのだ。
そして、カルティも生きていて、死んだらそれで終わりだ。
「お嬢様……とりあえず、お嬢様がお目覚めになったことを、今からみなに知らせてまいります」
あたしが大人しくベッドで横になっている姿を見て安心したのか、カルティにも考える余裕がでてきたようである。
「お医者様もお呼びしますから、それまでベッドでおとなしく……」
と言いかけたところで、カルティの言葉が不意に途切れた。
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