表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/60

3-19.スパイスティーをいただきます

 冷たくこわばっていた全身に、体温が戻り、あたしはゆっくりと閉じていた瞼を開けた。


「レーシア!」

「お嬢様!」


 キミツバ攻略キャラがあたしを見ている。

 まだちょっと焦点がぼんやりして定まらないが、ふたりとも涙で顔が濡れていた。


 ふたりが泣いているのは、もしかして、あたしのせいなのだろうか?


「ライース兄様……カルティ……」


「レーシア!」

「お嬢様!」


 ライース兄様は安堵の表情を浮かべ、カルティはわあわあと泣き始めた。


 まだ寒い。

 身体は冷たいし、上手く動かせない。

 それでもあたしはがんばって、ふたりに笑顔を向けた。


 緊張しきっていたふたりの表情が安堵に緩む。

 あたしを抱きしめていたライース兄様が、さらに強くあたしを抱き寄せる。

 カルティは懐からハンカチを取り出すと、チュ――ンと音をたてて鼻をかむ。


 モブにすらなれなかったモブこと、フレーシア・アドルミデーラは『腐の力』で生還したのだ!


**********


「お嬢様、これをお飲みください」


 カルティが熱々のマグカップをあたしに差しだす。


(まさか、またまじゅいおくちゅり!)


 戦々恐々とするあたしの様子に、ライース兄様は苦笑を浮かべた。


 ライース兄様はカルティからマグカップを受け取ると、それに向かってフーフーと息を吹きかける。


「レーシア、これはただのスパイスティーだ。少しだけ……薬酒も入っているが、冷え切った身体を温めるのにはこれがいい。飲みなさい。飲めないのなら、おれが飲ませてあげようか?」

「の、の、のみますぅ!」


 ライース兄様が、どんな手段を使ってあたしにスパイスティーを飲ませようと思っているのかは……深く考えるのはよそう。


 それよりも……。


 久々の酒だ!

 アルコールだ!

 酒の上に『薬』がついているのが、ちょっとだけ気になるけど『酒』だ!


 熱いから気をつけるんだぞ、というライース兄様の忠告を聞き流しながら、あたしはぐびぐびとスパイスティーを飲み干した。


(うっす!)


 薄い! 薄い!

 アルコール分はどこだ?

 まじゅくはないけど、美味しくもない!

 煮詰めすぎて蒸発したんじゃないかっていうくらい、ただのスパイシーな飲み物だった。


 やっぱり、この世界の飲食物は、必要以上に味が濃い。


 スパイスというパンチだけが効いた温かい飲み物は、冷え切ったあたしの身体を内側から温めてくれた。


 世界はまだ暗い。

 真夜中を過ぎたが、夜が明けるにはまだ時間がある。

 泉に落ちてから、それほど時間はたっていないようだ。

 あたしはすぐに助けだされ、意識を取り戻したらしい。


 今回は溺れたときに、頭を石にぶつけなかったからだろうか。

 それとも二回目で、水没耐性ができたとか?


 目の前では焚き火が、ものすごい勢いで燃えている。

 キャンプファイヤー並の炎にあぶられて、頬が熱い。


 あたしは空になったマグカップをカルティに返すと、彼は安堵の表情を浮かべながら受け取った。


 カルティは忙しそうに泉の周囲をウロウロしている。


 薪を集めたり、焚き火の調節をしたり、馬の様子をみたり、荷物を漁ったりと、薄暗い中を目まぐるしく動き回っていた。

 まだ幼いのにとても働き者だ。

 

 あたしはライース兄様に背後から抱きかかえられるようにして、焚き火の前に座っていた。


 なんだか、カルティだけを働かせているようで申し訳ない。


 焚き火の近くの木の枝には、濡れた服がかけられていた。

 あたしの服と、ライース兄様の服だ。

 外套、上衣、下衣からはじまって、靴下や靴まで干されていた。

 

 泉に落ちて、あたしを助けにライース兄様もすぐさま泉に飛び込んだのだから、あたしたちの服は水に濡れてしまったのだ。


 濡れた身体はタオルで拭かれ、あたしは……。


 そこで、枝にぶら下がっている白い薄衣に目がいく。

 あたしとライース兄様の下着だ。

 当然ながら下着も濡れてしまい、乾かされている最中だ。


 下着……?


(ええええっ!)


 な、なんということでしょう!


 あたしとライース兄様は素っ裸です。


 びっくり仰天な状況に、あたしは言葉もなく硬直してしまう。


 親密度がドッカ――ン、と、アップするラブラブイベントが発生しちゃったよ!

 やばい!

 あたし、ピンチです!


 さっき摂取したアルコール分が作用してきたのか、頬が熱くて、全身がカッカしてきた。


 火を吹きそうなくらい熱い。


 冷静になろう。

 とにかく、まずは、落ち着こう。

 状況把握だ。


 なにも着ていないあたしは、カルティの外套にくるまれ、さらにその上からふたり分の毛布で厳重に包まれ、素っ裸なライース兄様に抱っこされ、ライース兄様も毛布にくるまっていた。


 毛布バンザイだ。

 着替えまでは用意していなかったようだ。

 そうだよね。

 こんな場面で水没事故が発生するなんて、誰も思ってもいなかっただろうからね。

 いや、よく毛布を用意していたと思うよ。

 これがなかったら、あたしとライース兄様は……考えるのはやめよう。


 そういえば、カルティは外套を着ていたはずだけど、着ていない。あたしが使ってしまったからだ。


 ごめんカルティ。

 秋の夜は冷えるから、寒くないだろうか。

 あたしは、ポッカポカなんだけどね。


(ひ、人肌で温めるとかじゃなくてよかった……)


 こういう水濡れ、もしくは、雪山遭難イベントといえば、肌と肌で温めあうのがお約束ではなかったのか?


 残念だ。


 とても残念で遺憾だ。


 なぜ、泉に落ちたのは、カルティではなく、あたしだったんだ――!


 この理不尽な状況にひとり悶々としていると、カルティがあたしたちの方にやってきた。


「若様、青いバーニラーヌの花は、これくらいでよろしいでしょうか?」


 カルティが持っていた麻袋を差しだすと、中には青い花の植物が十数本入っていた。


 そ、そうだった。

 ドキドキイベントですっかり吹っ飛んでしまったけど、あたしたちは青い『バーニラーヌ』の花を探しに来たんだった。


 あたしは青い『バーニラーヌ』をぶちっと引き抜いたが、カルティは土ごと採取したようだ。

 働き者のうえ、仕事が丁寧だ。

 土の匂いに混じって、とても甘い香りがする。


 というか、ついにカルティは青い『バーニラーヌ』の存在を認めたようだ。


「そうだな。とりあえず、これだけ持ち帰ってみよう。根こそぎ採取などはしていないよな? 青い『バーニラーヌ』の株はまだ残っているよな?」

「はい。若様のご指示どおり、残しております。咲き終わったものもありましたが、蕾状態の株もまだありました」


 蕾の花もあるということは、最低でも青い『バーニラーヌ』の花は、数日間は採取可能ということか。


「カルティは屋敷に戻って、青い『バーニラーヌ』の花をデイラル先生に渡してくれ」

「わかりました」

「おれとレーシアは……服が乾いたら……戻る」


 あの微妙な間は、「この状態で服は乾くのだろうか」と思ったんだろうね。

 あたしも思ったよ。


 しかし、ライース兄様、カルティができる子だからって、まだ八歳の男の子になかなか過酷な命令をだすよね。

 この夜道をひとりで屋敷に戻れって……。

 目印があるから、迷わず戻れるとでも思っているのだろうか。


 そして、カルティもカルティで、なんの疑問も持たずに頷いているよ。

 このふたり、やっぱり、只者じゃない。


「……戻ってきましょうか?」


 声にはだされなかったが、頭には「着替えの服を持って」とあったにちがいない。

 カルティは屋敷に戻って、さらにここに戻ってくるつもりらしい。

お読みいただきありがとうございました。

お気に召しましたら、

ブックマーク及び、↓下部の☆☆☆☆☆を押していただけるとやる気がみなぎります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ