3-19.スパイスティーをいただきます
冷たくこわばっていた全身に、体温が戻り、あたしはゆっくりと閉じていた瞼を開けた。
「レーシア!」
「お嬢様!」
キミツバ攻略キャラがあたしを見ている。
まだちょっと焦点がぼんやりして定まらないが、ふたりとも涙で顔が濡れていた。
ふたりが泣いているのは、もしかして、あたしのせいなのだろうか?
「ライース兄様……カルティ……」
「レーシア!」
「お嬢様!」
ライース兄様は安堵の表情を浮かべ、カルティはわあわあと泣き始めた。
まだ寒い。
身体は冷たいし、上手く動かせない。
それでもあたしはがんばって、ふたりに笑顔を向けた。
緊張しきっていたふたりの表情が安堵に緩む。
あたしを抱きしめていたライース兄様が、さらに強くあたしを抱き寄せる。
カルティは懐からハンカチを取り出すと、チュ――ンと音をたてて鼻をかむ。
モブにすらなれなかったモブこと、フレーシア・アドルミデーラは『腐の力』で生還したのだ!
**********
「お嬢様、これをお飲みください」
カルティが熱々のマグカップをあたしに差しだす。
(まさか、またまじゅいおくちゅり!)
戦々恐々とするあたしの様子に、ライース兄様は苦笑を浮かべた。
ライース兄様はカルティからマグカップを受け取ると、それに向かってフーフーと息を吹きかける。
「レーシア、これはただのスパイスティーだ。少しだけ……薬酒も入っているが、冷え切った身体を温めるのにはこれがいい。飲みなさい。飲めないのなら、おれが飲ませてあげようか?」
「の、の、のみますぅ!」
ライース兄様が、どんな手段を使ってあたしにスパイスティーを飲ませようと思っているのかは……深く考えるのはよそう。
それよりも……。
久々の酒だ!
アルコールだ!
酒の上に『薬』がついているのが、ちょっとだけ気になるけど『酒』だ!
熱いから気をつけるんだぞ、というライース兄様の忠告を聞き流しながら、あたしはぐびぐびとスパイスティーを飲み干した。
(うっす!)
薄い! 薄い!
アルコール分はどこだ?
まじゅくはないけど、美味しくもない!
煮詰めすぎて蒸発したんじゃないかっていうくらい、ただのスパイシーな飲み物だった。
やっぱり、この世界の飲食物は、必要以上に味が濃い。
スパイスというパンチだけが効いた温かい飲み物は、冷え切ったあたしの身体を内側から温めてくれた。
世界はまだ暗い。
真夜中を過ぎたが、夜が明けるにはまだ時間がある。
泉に落ちてから、それほど時間はたっていないようだ。
あたしはすぐに助けだされ、意識を取り戻したらしい。
今回は溺れたときに、頭を石にぶつけなかったからだろうか。
それとも二回目で、水没耐性ができたとか?
目の前では焚き火が、ものすごい勢いで燃えている。
キャンプファイヤー並の炎にあぶられて、頬が熱い。
あたしは空になったマグカップをカルティに返すと、彼は安堵の表情を浮かべながら受け取った。
カルティは忙しそうに泉の周囲をウロウロしている。
薪を集めたり、焚き火の調節をしたり、馬の様子をみたり、荷物を漁ったりと、薄暗い中を目まぐるしく動き回っていた。
まだ幼いのにとても働き者だ。
あたしはライース兄様に背後から抱きかかえられるようにして、焚き火の前に座っていた。
なんだか、カルティだけを働かせているようで申し訳ない。
焚き火の近くの木の枝には、濡れた服がかけられていた。
あたしの服と、ライース兄様の服だ。
外套、上衣、下衣からはじまって、靴下や靴まで干されていた。
泉に落ちて、あたしを助けにライース兄様もすぐさま泉に飛び込んだのだから、あたしたちの服は水に濡れてしまったのだ。
濡れた身体はタオルで拭かれ、あたしは……。
そこで、枝にぶら下がっている白い薄衣に目がいく。
あたしとライース兄様の下着だ。
当然ながら下着も濡れてしまい、乾かされている最中だ。
下着……?
(ええええっ!)
な、なんということでしょう!
あたしとライース兄様は素っ裸です。
びっくり仰天な状況に、あたしは言葉もなく硬直してしまう。
親密度がドッカ――ン、と、アップするラブラブイベントが発生しちゃったよ!
やばい!
あたし、ピンチです!
さっき摂取したアルコール分が作用してきたのか、頬が熱くて、全身がカッカしてきた。
火を吹きそうなくらい熱い。
冷静になろう。
とにかく、まずは、落ち着こう。
状況把握だ。
なにも着ていないあたしは、カルティの外套にくるまれ、さらにその上からふたり分の毛布で厳重に包まれ、素っ裸なライース兄様に抱っこされ、ライース兄様も毛布にくるまっていた。
毛布バンザイだ。
着替えまでは用意していなかったようだ。
そうだよね。
こんな場面で水没事故が発生するなんて、誰も思ってもいなかっただろうからね。
いや、よく毛布を用意していたと思うよ。
これがなかったら、あたしとライース兄様は……考えるのはやめよう。
そういえば、カルティは外套を着ていたはずだけど、着ていない。あたしが使ってしまったからだ。
ごめんカルティ。
秋の夜は冷えるから、寒くないだろうか。
あたしは、ポッカポカなんだけどね。
(ひ、人肌で温めるとかじゃなくてよかった……)
こういう水濡れ、もしくは、雪山遭難イベントといえば、肌と肌で温めあうのがお約束ではなかったのか?
残念だ。
とても残念で遺憾だ。
なぜ、泉に落ちたのは、カルティではなく、あたしだったんだ――!
この理不尽な状況にひとり悶々としていると、カルティがあたしたちの方にやってきた。
「若様、青いバーニラーヌの花は、これくらいでよろしいでしょうか?」
カルティが持っていた麻袋を差しだすと、中には青い花の植物が十数本入っていた。
そ、そうだった。
ドキドキイベントですっかり吹っ飛んでしまったけど、あたしたちは青い『バーニラーヌ』の花を探しに来たんだった。
あたしは青い『バーニラーヌ』をぶちっと引き抜いたが、カルティは土ごと採取したようだ。
働き者のうえ、仕事が丁寧だ。
土の匂いに混じって、とても甘い香りがする。
というか、ついにカルティは青い『バーニラーヌ』の存在を認めたようだ。
「そうだな。とりあえず、これだけ持ち帰ってみよう。根こそぎ採取などはしていないよな? 青い『バーニラーヌ』の株はまだ残っているよな?」
「はい。若様のご指示どおり、残しております。咲き終わったものもありましたが、蕾状態の株もまだありました」
蕾の花もあるということは、最低でも青い『バーニラーヌ』の花は、数日間は採取可能ということか。
「カルティは屋敷に戻って、青い『バーニラーヌ』の花をデイラル先生に渡してくれ」
「わかりました」
「おれとレーシアは……服が乾いたら……戻る」
あの微妙な間は、「この状態で服は乾くのだろうか」と思ったんだろうね。
あたしも思ったよ。
しかし、ライース兄様、カルティができる子だからって、まだ八歳の男の子になかなか過酷な命令をだすよね。
この夜道をひとりで屋敷に戻れって……。
目印があるから、迷わず戻れるとでも思っているのだろうか。
そして、カルティもカルティで、なんの疑問も持たずに頷いているよ。
このふたり、やっぱり、只者じゃない。
「……戻ってきましょうか?」
声にはだされなかったが、頭には「着替えの服を持って」とあったにちがいない。
カルティは屋敷に戻って、さらにここに戻ってくるつもりらしい。
お読みいただきありがとうございました。
お気に召しましたら、
ブックマーク及び、↓下部の☆☆☆☆☆を押していただけるとやる気がみなぎります。




