3-17.花を捜すひとたち
馬の世話を終えたカルティも、花探しに加わった。
あたしたちとは反対方向の場所を捜すよう、ライース兄様が命令する。
どれだけの時間を捜しただろうか。
そろそろ真夜中になるのではないだろうか。
三つある月が真上に移動している。
ふわふわ漂う光はさらに数を増し、泉は月光を浴びて銀色に光り輝いている。
花探しがなければ、じっくりとこの光景を楽しみたいところだが、そんなことをしている暇はない。
今晩中に青い『バーニラーヌ』の花を見つけないと。
きっと、ライース兄様はもう一日ここに留まって花探しをするとは言わないだろう。
夜が明けたら屋敷に戻ると言いだすに決まっている。
白い花の陰に青い花が隠れていないか、必死になって捜す。
蕾の状態の『バーニラーヌ』もあったが、それも白い蕾だった。
「レーシア、疲れていないか?」
「ライース兄様、あたしはダイジョウブです!」
「レーシア、眠くはないか?」
「ライース兄様、あたしはダイジョウブです!」
「レーシア、お腹は空いていないか?」
「ライース兄様、あたしはダイジョウブです!」
「レーシア……」
「ダイジョウブですっ!」
という調子で花探しが続く。
あたしは立ち上がると、軽く伸びをする。そして腰をトントンする。
ホントウは、とっても疲れているし、すごく眠い。
良い子な六歳児は、そろそろお休みの時間だ。
だけど、頑張る。
あたしは再び地面にしゃがみ込むと、今度は別の方角を向く。
じりじりと前進しながら、周囲の花をチェックする。
目に見えているのは、白い花。
白い花。
白い花。
白い花。
白い花。
青い花。
白い花。
白い花。
白い花。
(え…………?)
目を擦って、もう一度、同じ場所を見る。
白い花。
白い花。
白い花。
白い花。
青い花。
白い花。
白い花。
白い花。
(あ、あ……っ!)
「あった――! ありました――!」
あたしは両手を天に掲げる。
万歳!
腐女子の神様! あたしはやりましたよ!
これでお祖母様の死亡を回避できます!
ありがとう! 腐女子の神様!
「え? レーシア?」
「お、お嬢様?」
あたしの目の前には、青い『バーニラーヌ』の花がひっそりと咲いている。
「あ、あっちにも青い『バーニラーヌ』の花がさいています! やりました! ありました! お祖母様! これでお祖母様のゴビョウキは、絵本のとおりにキレイサッパリなおりますっ!」
あたしは嬉しくなって、目の前に咲いている青い『バーニラーヌ』の花に手を伸ばす。
六歳児の視界は狭い。
夢中になるとそれだけしか目に入らない。
「バカ! レーシア! いつの間にそんなところにぃっ! 動くな! それ以上は動くな! 動くんじゃないっ!」
「おじょうさま――! だめですっ!」
「カルティ! レーシアを止めるんだぁっ!」
「おじょうさま――――!」
ふたりの叫び声を聞き流しながら、あたしは青い『バーニラーヌ』の花を引っこ抜く……が、抜けない。
六歳児はあまりにも非力だ。
ので、もう一度、力と気合いを込めて強く引き抜く。
腐女子の煩悩は全てを制する!
ぶちっっ!
抜けた!
青い『バーニラーヌ』の花が抜けた!
「やったぁ!」
芋ほり大成功な気分である。
あたしの手には、青い『バーニラーヌ』の花!
ものすごい勢いで駆け寄ってくるライース兄様とカルティに、あたしが採取した花を見てもらおうと立ち上がる。
と、不意に左の足がずるりと滑った。
「え――?」
身体が大きく左側に傾く。
「え――!」
「レーシアぁぁっ!」
「おじょうさまぁぁぁぁぁっ!」
ライース兄様とカルティがあたしに向かって手を伸ばす。
が、全く手が届かない。
あたしはそのまま大きくバランスを崩し……。
ずるっ。
ドボン!
ブクブクブクブク……。
「またかぁっ! レーシアがぁっ!」
「あああっづ! またっ!」
「レーシアが落ちたぁっ!」
「お嬢様が落ちてしまわれたぁぁぁっ!」
ふたりの悲痛な叫びは、泉に落ちたあたしには届かない。
あたしは、再び、冷たい水の中に落下してしまったのである。
森の中の……初秋の泉の水はとても冷たかった。
身体が一瞬で硬直し、心臓がびくりと震えあがる。
冷たい水が、鼻や口の中に入ってくる。
呼吸ができない。
身体が重い。
ガバガバ。
ゴボゴボ。
今度は猫でも四葉のクローバーでもない。
青い『バーニラーヌ』の花をしっかりと握ったまま、モブにすらなれなかったモブ、フレーシア・アドルミデーラは、再び溺れる人となってしまったのである。
ブクブクブクブク……。
**********
「カルティ! 火だ! もっと火をおこせ!」
「は、はいっ」
「毛布はこれだけか? 着替えはないのか?」
「はい。申し訳ございません。まさか、このようなことになるとは思ってもいなかったので、お着換えまでは……」
「そうだよな。まさか、こんなことになるなんて……。くそっ! とにかく、火だ!
薪をくべろ!」
ライース兄様の怒鳴り声と、カルティの焦ったような声が聞こえる。
寒い。
とても寒い。
寒くて、寒くて……なにも考えたくない。
ライース兄様とカルティの声が遠くで聞こえるが、なにを話しているのかよく聞き取れない。
「レーシア! レーシア! しっかりしろ! 目を覚ませ!」
「若様! わたしの外套をお嬢様に」
「ああ。ありがとう」
「薪が足りません。捜してきます」
「頼む!」
「レーシア! レーシア!」
狂ったようにあたしの名を呼ぶ声が、頭の中で反響する。
手や足の先がどんどんしびれ、冷たくなっていく。
寒い。寒い。
どうしてこんなに寒いのだろう。
暖かい場所を必死に捜す。
それはすぐ近くにあるというのに、うまくつかみとることができない。
だめだ。ひきずりこまれる……。
ゆっくりと、ゆっくりと……あたしの意識は底の方へと落ちていった。
**********
「まだ寒いですね――」
ひょろりと背の高い男性が、私に微笑みかける。
優しそうな眼差しに見つめられ、私の中にほんわりとしたものが広がる。
眼差しだけでなく、外見も、気質の方も優しくて穏やかな人物だと思う。
メールや電話、リモートでの打ち合わせばかりで、こうして実際に会うことは珍しい。
私は少し緊張していた。
「ええ。寒いですね」
私はそう答えながら、彼にぎこちない微笑みを向ける。
冷たい空気に触れて、頬がつっぱったような感覚を覚える。
暦の上ではそろそろ春だというのに、まだまだ夜は冷え込む。
吐く息が白かったのには驚いた。
さっきまで温かかった店内で食事をしていたので、この温度差は身体にこたえる。
冷たい風が頬を撫で、私は思わず震えあがった。
「本日はごちそうさまでした」
彼が私に向かって丁寧に頭を下げる。
アルコールは苦手なんですよ、と言って、二杯目を断った彼の顔は、ほんのりと赤らんでいる。
彼は自分にかまわず飲んで欲しいと言ったが、それを「はいそうですか」と真に受けて酒をぐいぐい飲むほど私は若くない。
純粋に料理と会話を楽しむ、穏やかな時間になった。
まあ、会話といっても、ふたりの共通点といえば仕事になるので、会話のほとんどが彼に発注した仕事の反省会みたいな状態になってしまった。
仕事の延長みたいな状態で、いきなり趣味の話とか、互いのプライベートの探り合いとかはやりたくない。
共通の仕事で共有できる話題。
その中には苦い思い出もあり、というか、ほとんどが苦々しい、苦労話や愚痴になってしまった。アルコールの力を借りずとも、ここまで話が盛り上がるとは……。どれだけ彼に迷惑をかけていたんだ、と私は反省してしまう。
お読みいただきありがとうございました。
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