3-16.六歳児のやらかし
あたしは驚いて、手に握っている布片を見つめる。
当たり前だが、修復不可能なくらいにズタズタになっている。
あたしのイメージでは三十センチ長さに用意したリボンだと思っていたのだが、六歳児の加工品は……ちょっと胸がえぐれてしまいそうなほどズタボロな布片となっている。
リボンなのか、布をちぎったのか微妙な形のものもある。
布を裁断するんじゃなくて、ドレスを分解して切り刻むのだから、ちょっと難易度が高かったのだ。
そういうことにしておこう。
六歳児ゆえのクオリティだと思いたい。
決して、壊滅的なぶきっちょキャラではないことを祈ろう。
「レーシア! 装飾は? 胸と首回りと腰回りに輝石が使われていただろ? あれはどうした?」
「ゴミばこにすてました!」
あたしは、ちゃんとお片付けもできるのですよ?
「なにい! 捨てただとおっ!」
この世の終わりのような顔をするライース兄様。
逃げのカルティがセンチュリーの陰に回り込み、あたしたちの視界から消える。
「あの石は小粒だが、最上級のデルディアモンドが使われているんだ! 一粒が、爺やの三か月分の給料だ!」
「…………?」
デルディアモンド? もしかして、あのスパンコールみたいな、ちっこい光る粒のことだろうか。
爺やの三か月分の給料と言われても、いまひとつピンとこない。
ちょっと、ちょっと! そんな高価なモノを成長期の子どものドレスに使うかな!
あの暗い衣裳部屋で、自己主張の激しかった光り輝くカワイイドレスを思い出す。
そういえば、あのドレス……の、もうちょっとオトナっぽいデザインをゲームで見たような?
「あああああっ!」
「ようやく、自分のしでかしたことが理解できたかっ! 令嬢が己のお披露目のときに着用するドレスを切り刻むとは、前代未聞だ! わたしは父上たちに……叔父上たちにどう説明したらよいのだ! これは誤魔化せないぞ」
ライース兄様の説教は耳に入ってこない。
カッシミーヤ国産の光り輝く夜会用のドレス。
そう、それは、第一部のエンディングで、ライース兄様からヒロインに贈られるドレスだ。
そのドレスをまとって、ライース兄様とヒロインは王宮の庭でダンスを踊るのだが……。
そうか、そんなに高価なドレスだったんだ。
ライース兄様は天を仰いだ後、あたしの手からカッシミーヤ国産の光り輝く布を奪い取る。
「布はこれだけか?」
「いえ。ポシェットの中にまだたくさんはいっています」
あたしはピンクのポシェットをパンパンと軽く叩く。
「裁断してしまったものは仕方がない……」
とか言いつつ、ライース兄様の声は震えている。
「カルティ!」
「はいっ!」
「急げ! 急いで、青い『バーニラーヌ』の花が咲いている場所に向かうぞ」
「いえ、若様、わたしが見たのは青い花であって、あれが本当に青い『バーニラーヌ』の花かどうかは……」
「カルティが言いたいことはわかっているから安心しろ。とにかく、それも含めて確認しに行くのだ。さっさと用事を片づけて、一刻も早く屋敷に戻り、ゴミ箱の中から一粒でも多くのデルディアモンドを回収するぞ!」
「え? あ? はい。わかりました」
ライース兄様! 目的がすり替わってませんか?
しかも、顔がめちゃくちゃ必死です。
カルティが急いでセンチュリーに飛び乗り、左の旧道に進む。
しばらく進むと、道の幅がどんどん狭くなり、路面が荒れてくる。
利用する者が少ないのだろう。道は草が生えていたり、腐りかけた木が倒れていて、行く手をふさいでいたりする。
さらに、うっそうと茂る木が、月明りを遮り、遠くまで見通すことができない。
歩みがどうしても遅くなる。
カルティとあたしがそれぞれ魔道具の携帯ランプを持ち、ライース兄様が布を枝に結んでいく。
今にも途切れてしまいそうな道を馬が進む。暗い中、森が迫ってくるようだった。
用意した布の残りが少なくなってきた頃、ローマンとセンチュリーが急にそわそわしはじめた。
耳をピクピクさせ、鼻をすんすん言わせている。気のせいか、歩みが少し早くなったようだ。
馬たちはずんずんと進んでいき、藪の中へと入っていく。
「おい! センチュリー! そっちはだめだ」
カルティが慌てて手綱を引くが、センチュリーはそれを無視してずんずん進んでいく。
どうしても行きたい場所があるようだ。
ローマンの様子もなんだかおかしい。
ライース兄様は手綱を緩めると、センチュリーの扱いに困っているカルティに声をかける。
「カルティ手綱を緩めろ。ここはセンチュリーの好きにさせてみよう。ただし、警戒は怠るなよ」
「は……い」
自由になったセンチュリーは、さらに藪の中を突き進んでいく。乗り手のことを考えているのか、歩みはとてもゆっくりである。
ローマンもためらうことなくセンチュリーの後を追っている。
どれだけ藪の中を進んだだろうか。
そろそろポシェットの中のカッシミーヤ国産の布がなくなるという段階で、不意に景色が開けた。
「あ、この場所は……」
「わあ――っ! すごいですぅ!」
「着いたのか?」
藪が途切れ、ぽっかりとした空間があたしたちを出迎える。
目の前には小さな泉があり、その周囲には白い花がいっぱい咲き乱れている。
さらには、ふわふわと光るものが浮遊していた。
これぞファンタジー!
ファンタスティック!
とてもロマンチックで幻想的な光景だ。
ファンタジーゲームの背景としておススメ絶景の場所だ。さぞかしシナリオも盛り上がるだろう。
ちょっぴり花の甘い香りも漂っている。
カルティが馬を降り、ライース兄様が帯をほどく。
カルティとライース兄様に手伝ってもらって、あたしは地面に降り立った。
ちょっと、ちょっとだけ、お尻が痛くて、脚がガクガクする。
あたし頑張ったよ!
カルティがローマンとセンチュリーの世話をしている間、あたしとライース兄様は池の周囲を観察する。
この景色はゲームで見た景色だ。
この場所で間違いない。
さすがにここと同じ場所がもう一か所ありまして……とかいう意地悪展開はないだろう、と信じたい。
でも、咲いているのは青じゃなくて、白い花。
白い絨毯のように広がっている。
夜の闇の中で少し青白い色に見えなくもないが、青い花じゃない。
「野生のバーニラーヌの花だな」
ライース兄様が足元の花を観察する。
感情のこもっていない淡々とした声が、あたしの胸を深くえぐる。
「見事な光景だな」
確かに、びっしりと咲き誇る白い花は見ていて壮観だ。
前世でいうなら「映える」とかいって大騒ぎになりそうなスポットだ。
ローマンとセンチュリーがムシャムシャとバーニラーヌの花だけを食べ始める。
そういえば、植物図鑑に、野生のバーニラーヌの花は馬の好物だと書かれていた。
道に迷ったカルティがここにたどり着いたのは、バーニラーヌの花の匂いに馬が引き寄せられたのかもしれない。
これだけ咲いていたら食べ放題だね。
お腹を壊さない程度に、白い花なら食べてもいいからね。
「青い『バーニラーヌ』の花は……」
ライース兄様の言葉を振り切り、あたしは泉の方に向かって駆けだした。
「レーシア! どこに行くのだ!」
いきなり走りだしたあたしに驚くライース兄様。
「ライース兄様! 青い『バーニラーヌ』の花をさがします。きっと、ココのドコカにさいているはずです!」
「レーシア! 青い『バーニラーヌ』の花は夏だけに咲く花だろう」
「ライース兄様! そんなこと、しょくぶつずかんには書かれていませんでした! きっと、まだ、どこかでさいています! ぜったいに、さいています!」
あたしはあきらめない。
最後まであきらめるもんか。
もしかしたら、遅咲き、狂い咲きの花があるかもしれない。
あたしは地面にしゃがみ込むと、青い花を捜し始める。
「…………わかった。夜明けまでだ。それまで、ここで捜してみよう」
「はい!」
大きな溜息を吐きながらも、ライース兄様はあたしの隣で同じように花を捜し始めた。
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