3-12.王子様が摘んだ花は
「コラ、レーシア! 先生の邪魔をするんじゃない!」
慌てるライース兄様をデイラル先生は「よいのですよ」と優しい声で制止する。
「フレーシアお嬢様、わたくしがこの絵本を読めばよろしいのですかな?」
「はい! いますぐにです! お祖母様のごびょうきとそっくりなおはなしです!」
「ほう……。それは……」
あたしから絵本を受け取ると、デイラル先生はゆっくりとページをめくっていく。
最後まで読み終わると、デイラル先生は、とあるページを開いたまま、あたしに絵本を返してくれた。
そのページは、王子様が青い花を摘んでいるシーンだ。
デイラル先生は「よいしょ」という掛け声とともに、膝を折り、あたしの目線にしゃがみこむ。
そして、王子様が持っている花を指さした。
「フレーシアお嬢様、驚きました。この物語りにあるお姫様の状態と、氷結晶病の症状はとても似通っていますね」
「ですよね! ですよね!」
「絵本がですか?」
ライース兄様が絵本を覗き込む。
「デイラル先生! この青いお花の名前はなんというのでしょうか? このお花が、お祖母様のごびょうきをなおす、とっておきのおくちゅりになるとおもいます!」
「……………………」
デイラル先生は腕を組んで沈黙する。
「フレーシアお嬢様、残念ですが、これは絵本であって、薬学事典ではございません」
「どういうことですか?」
「この絵では、どのような薬草なのか、判別できません」
「うそです!」
いやいや、ゲームではお医者様がばしっと、宣言してましたよ?
もしかして、ゲームの医者はデイラル先生そっくりさんの、別の医者だったの?
ショックのあまりその場にへなへなと座り込むあたしを、デイラル先生は不安げな眼差しで見つめる。
「まあ、この花の絵の特徴からすると、おそらく、絵本に登場している花は『バーニラーヌ』の花かと思われます」
「バーニラーヌ!」
そうだ!
そうだった!
バなんとかっていう花は『バーニラーヌ』っていうんだった。
このイベントをプレイしてたとき、ものすごくバニラアイスを食べたくなったのを思い出した!
「バーニラーヌのお花がお祖母様のごびょうきをなおすのですね!」
あたしの嬉しそうな言葉に、デイラル先生とライース兄様は微妙な顔をする。
なんだろう。
ちょっと、嫌な雰囲気だ。
「フレーシアお嬢様、『バーニラーヌ』の花の色は、白でございます。このような、絵本のような青ではございません。ですので、この青い花は、別の花かもしれません」
「え…………」
そんなことはない。
間違いなく、氷結晶病を治す花は青い『バーニラーヌ』の花びらのしぼり汁だった。
そういう描写があった。
ヒロインが『バーニラーヌ』の花を摘み取ったときの静止画もあったけど、あれは、確かに青い花だった。
どういうことだろう……。
「変異種なのかもしれない。絵本のお話だからな」
静かになってしまったあたしにライース兄様の手があたしの背中をなでる。
「ライース坊ちゃまのおっしゃるとおり絵本のことではありますが、なにもしないよりは、色々と試した方がよいかとは思います」
「そうだな。デイラル先生のおっしゃるとおりだ。ちょうど、今は『バーニラーヌ』の花が開花する時期だ。急ぎ、取り寄せよう」
(え…………? どういうこと?)
決着がついた、と判断され、大人たちはお祖母様の部屋へと入っていく。
その中にはデイラル先生もいた。
「さあ、レーシアはお部屋に戻りなさい」
あたしはライース兄様に促され、お祖母様の部屋を離れた。
(どういうこと? どういうこと?)
ちょっとの違いはあったけど、ほとんどが本編通りのやりとりだった。
なのに、なのに、最後の最後で…………。
(ライース兄様のセリフが違うって、どいういうことなのぉっ!)
(どういうこと? どういうことなの?)
あたしは自分の部屋でぐるぐると歩き回る。
「お嬢様……」
カルティの困り切った顔がちらちらと視界に入ってくるが、あたしはかまわず歩き続けた。
――そうだな。デイラル先生のおっしゃるとおりだ。ちょうど、今は『バーニラーヌ』の花が開花する時期だ。急ぎ、取り寄せよう――
違うのだ。
そのときのライース兄様のセリフは、
――いや、待て……この青い花……。見覚えがあるぞ――
なのだ。
決して、白い『バーニラーヌ』の花をお取り寄せしようとかは言わない。ヒロインといっしょに青い『バーニラーヌ』の花を採取しようと、夜間にもかかわらずライース兄様はすぐにでかけるのだ。
たしか、『夜道は危ないので、夜明けとともに出発する』を選択すると、夜間にしか咲かない『バーニラーヌ』の青い花を見つけることができずに失敗となる。
世が明ける前に、ライース兄様が青い『バーニラーヌ』の群生地にヒロインを導き、ふたりが自力で花を発見して屋敷に持ち帰ってくるのだ。
決して、外部委託やお取り寄せにはならない。
(どこで間違ったの?)
ライース兄様は使用人に『バーニラーヌ』の花を用意するよう命令していた。
でも、白い一般的な『バーニラーヌ』の花では、氷結晶病は治らないような気がする。
レア度の高い、青い色の花というのがポイントだろう。シナリオ的に白い花だと感動が薄い。
奇病には貴重種で勝負だ。
(この頃のライース兄様は、まだ青い『バーニラーヌ』の花を知らないの?)
「ああああっ!」
突如、叫び声をあげたあたしに、カルティがびくりと身体を震わせて驚く。
ライース兄様は、放浪の旅の途中、道に迷って青い『バーニラーヌ』の花の群生地を偶然発見するんだった!
あたしが死ななかったから、ライース兄様は放浪してないじゃん!
オーマイガー! なんてこと!
領地の仕事の手伝いをして忙しいライース兄様は、領地内の視察がいいところだ。
もっとウロウロしてよライース兄様!
真面目に仕事しちゃだめだ!
なんで、さっさと家出しないのよ!
「お嬢様、そろそろ寝るお仕度をしませんか? お風呂の準備も整っています」
部屋の中でぐるぐる回り続けているあたしに、カルティが恐る恐る声をかけてくる。
「うるさいわよ!」
「ひいっ。申し訳ございません……」
あたしの一喝に、カルティは思わず首をすくめる。
(こんなときに、のんびり風呂なんて入ってられない!)
そう。風呂に入っている場合でもないし、部屋の中をウロウロしていても、青い
『バーニラーヌ』の花は手に入らない。
手詰まりなんて思いたくない。あきらめたくない。
あたしが死ななかったんだから、お祖母様だって、ゲームのストーリーを盛り上げるためだけに死ぬ必要なんてない!
あたしは絵本を胸に抱えると、部屋を飛び出していた。
「お、お嬢様! お待ちください!」
カルティの声を無視して、あたしは廊下を走る。
向かう先は書庫。
捜すのは本。
お祖母様の部屋に向かわなかったのに安心したのか、書庫にまでついてきたカルティは、黙ってあたしがすることを見ている。
あたしは本棚から一冊の大きくて分厚い本を取り出すと、床の上で広げた。
本の最後にある索引で目当てのページを確認すると、あたしはページをめくっていく。
六歳の子どもが読むには、少しばかり大きくて重い本だ。
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